Ep.30 移動〜The Transfer〜

 人型との戦いが終わり、数週間が経った頃。ノエルと雪は、自分たちの部屋で荷物を纏めていた。


「ユキ。ノエル。準備は出来たか!」


 雪達の部屋の扉が勢い良く開くとともに、そんな言葉が飛び込んできた。

 ――一応言っておくと、声の主はアーリーである。怪我は既にほぼ完治しているとはいえ少し張り切りすぎな感はあるのだが、それも彼女自身が「身体が鈍っているのだからこのくらいで丁度いい」と言っていたので少しくらいなら構わないのだろう。

 まあ、時折出す呻き声にどきりとさせられる事はあるのだが。


「私は出来ましたけど――ノエルさんがまだです」

「……置いていきたいところだが、そうもいかないからな。急がせてくれ。ウィルも他の三人も待ってる」


 ハァ、と溜息をつきながら、アーリーが部屋を出て行く。

 とはいえ、急がせてくれと言われたところで、雪にはどうにも出来ない。彼女を動かすのは、意外と苦労が要るものなのだ。

 雪がちらりと部屋の中の方――ベッド脇に目を向ける。ノエルは、いまだ巨大な荷物達と格闘中だ。


「ノエルさーん。まだ出来ないんですかー?」

「ちょっと待って、あとちょっとで鞄に全部入りそうだから」

「向こうの宿舎に日用品はあると思いますから、要らないものは置いていってくださいね」

「へいへーい。了解ー」

 

 了解、と言いつつも堂々と愛用の枕をキャリーバッグに入れようとするノエル。

 馬鹿なのか、それともいわゆる『枕が変わると寝られない』というやつだろうか。


「……それ、要ります?」

「絶対に必要だねぇ。何たって、荷物の緩衝材としてかなり有用だからね」


 ――まさかの第三の選択肢である。

 というか、だったら枕でなくても良いのでは――いや、そこに突っ込むのは野暮というものか。そもそも、こんなことで一々突っ込んでいては何時になっても荷物の整理が終わらない。

 彼女本人はいつも通り飄々としているが、実はこんな感じのまま一時間ほども整理中なのだ。


「いい加減にしないと、置いて行きますよ」

「あと三分だけー」

「……ホントに三分だけですよ。まったくもう」


 もう既に同じ会話を五回はした筈だが、アーリーの言っていた通り、まさか本当に置いて行くわけにはいかない。

 何故なら、五人全員、ここを離れる必要があるのだ。全く同時に、移動する必要が。


「水分……いや、糖分も補給できるように甘い物も……」

「別に、向こうで買えるものは持ってかなくても良いんですよ。ただ大規模演習に参加しに行くだけですし」


 そう。大規模演習への参加――その大義名分のためには、彼女が必要なのである。


* * * * *


 それから暫く経って。

 ようやく準備を終えたノエル達を乗せた輸送車は、軍用高速道路を制限オーバーで突っ走っていた。

 ちなみに、運転席と助手席にアーリーとウィル。後部ユニット部分に残りの五人が乗っている。アーリーが運転手なのは勿論、運転の上手さ下手さではなく、米国でこのサイズの車を運転できる免許があるのが彼女だけだという理由である。


「――いやはや、まさかあれから一時間もかかるとはねぇ」

「なに他人事みたいに言ってるんですか。そのせいでこっちがどれだけ待ったと思ってるんです」

「一時間じゃん。たった今言ったじゃん」


 ばっかじゃなーい、とノエルが嘲笑う。やはり、彼女には皮肉というものが通用しないようだ。


「……それより、ホントにあの武器で演習に出るつもりなんですか?」

「あ、話題変えた」

「それはもういいですから――で、もう一回聞きますけど、その辺りどう考えてるんですか」

「いいんじゃない? まあ初見殺しって感じだけど、それ以外は普通の武器だし」


 ――あれのどこが普通の武器なのだろうか。背負ったタンクから強酸を噴射する武器など、アレを除けば聞いたこともない。というか、雪には想像したことすらない。よく思いついたものだ。


「アレ、って何かしら? ちょっとだけ聞かせて欲しいのだけれど構わない?」


 唐突に、雪たちの斜め前の席から横槍がすっ飛んできた。


「あ、ハンナさん知りませんでしたっけ。 アレ、っていうのはノエルさんの強酸噴射機のことですね」

「強酸噴射機……珍しい武器ねえ。私の知る限り、使っている兵士はいなかったはずだけれど……」

「まあ、手作りですからねー。初めて見た時はもうビックリしましたよ、ホントに」


 雪の返答を聞き、ハンナが少し考え込む。何を考えているのかは雪には分からないが、おそらく外見の様子でも思い浮かべているのだろう、と思うことにした。


「……あ、そうだ。そういえばハンナさんの武装って何なんです? そういえば見たことないです」

「確かにそうね。まあ、あの彼女に比べれば珍しくもなんともないわ。ただの無反動砲よ」


 ハンナが顔を上げて、笑いながら答えた。

 ちなみにただの無反動砲とは言っても、対サテライト用の改造が施されたものである。火力は残しつつ、より命中精度と初速に特化させた形だとでも言えば分かりやすいかもしれない。


「無反動砲、ですか。いちいち充填とか面倒くさくないんですか?」

「普通の人なら、そうかもしれないわね。とは言え、私はもう慣れたのだけれど」

「慣れたって……そうそう慣れるなんて出来るんでしょうか」

「元々、私の戦い方に丁度良かったのかもしれないわね。一対一はしない主義だもの」


 確かに、一対一で面と向かって戦うのでなければ、十分に充填の時間は確保できる。丁度良かった、というハンナの意見もあながち間違いではないのだ。

 ふと雪が隣を見てみると、そこにはぐっすりと眠りに落ちているディーナとイリスがいた。

 ――別に時差などはないのだが、そもそもよく寝る二人だから仕方がない。


「……少し、うるさかったですかね」

「ん? なんか言った?」


 雪の小さな独り言に反応して、逆側にいたノエルが雪の顔を覗き込んでくる。正直、邪魔で仕方がない。


「ノエルさん、寝てる人のことも考えてくださいよ。あんまり大声出すと起きちゃいますから」

「あ、寝てるんだ、そこの二人。にしてもよくこんな狭い所で寝られるねぇ。私じゃ無理だ」

「そもそもノエルさん、昨日準備もせずに爆睡してたじゃないですか。そりゃ寝れませんって」


 はぁ、と雪が溜息をつく。


 そんな会話を続ける彼女達に構うことなく、ごとり、ごとり、と車は走り続ける。

 時折の金属音と車が軋む音が響いていた車内に、少しずつ、外から喧騒の音が混じり始めた。

 エリア22――演習の舞台である東海岸南部の都市は、もう目前まで迫っていた。

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