Ep.31 幕間〜Intermission〜
「さて、そろそろか」
時計をちらりと目の端に入れつつ、眠そうな目をした青年が言う。
茶色でボサボサの髪、緑色のTシャツ、そして動きやすそうな薄手の長ズボン。現在はその上に一枚の薄い上着を羽織っていた。
「ウィル先輩も来るんっすよね。久し振りっすよー、あの人に会うの」
煙草を吹かそうとポケットに手を入れかけた青年の隣に、一人の少年が駆け寄る。
「……お前にゃ会いたくないって言うかも知れねぇぜ。色々困らせてたろ」
「それとこれとは別っす。どうせ断られても会いに行きますから」
メンドくせえなお前――と青年が呟きつつ、左手に用意したライターに指をかけてガチリガチリとボタンを押す。少し風が強いためか、やたらとついた火がすぐに消えてしまっているらしい。
三回ほど繰り返してようやく火が安定してきたのを見て、隣の少年が口を開いた。
「にしてもズルいっすよ一人だけ。アルバート先輩、こないだ会いに行ったらしいじゃないっすか」
「隊長の特権だ。っつうか未成年者が喫煙者の近くに寄んな、肺ガンで死ぬぞ」
ほらどっか行け、と少年に向けて手をヒラヒラと振るアルバート。
少年は仕方なくその場を離れようと後ろを向き――再び、くるりと振り返って言った。
「んじゃ、最後に一個だけ良いっすか」
「……何だ、まだなんかあんのか」
「まあ、私事なんすけど――ウィル先輩の今いるチームって、可愛い女の子とかいたっすか?」
「居ねえよ。糞餓鬼が一人いたのは覚えてるけどな」
「そっすかー。ちょっと残念っすね」
露骨に残念そうな顔をする少年。確かに女と隔絶した部隊に所属している以上期待するのも無理はないが、それにしても美人との出会いまで欲するというのは如何なものか。
「ま、んじゃオレは美人記者でも探して放浪してますよー。お出迎え頑張って下さいっす」
「……ああ。任せろ」
スキップで離れていく少年から目を逸らしつつ、アルバートは咥えていた煙草に火を点けた。
* * * * *
「へぇ、あのアルバートさんも来てるんですか」
エリア22へと降りたって数分の後。
雪達一行は待ち合わせまでの余り時間を過ごすため、何組かに分かれて付近の散策をしていた。
「ああ、うん。僕の方から連絡したら、こっちで合流することになって。向こうももう到着してるみたいだよ」
「へぇ。というか、まだ連絡取れるんですね。あの雰囲気からしてもう絶交な感じかと」
「うん――っていうより、あの時にもう一回連絡先教えてもらったんだよね。ホントは」
断られるかと思ったけど意外と向こうも乗り気でね、と楽しそうに話すウィル。
以前と比べ、過去の話をすることに少しは躊躇いがなくなっているのだろうか。
「確かこの辺りに居るって事だったと思ったけど――あ、いたいた」
ウィルが百数十メートルほど先にある不思議な形のオブジェの方を指差す。ぼんやりとだが、人影があるようにも見えなくもない。だが、それが誰かまでは、雪には流石に判別できなかった。
「よく見えますねー、私の目じゃ全然見えないですよ」
「視力が良いのだけは自慢だからね。っていうか、正確に言えば顔は僕にも見えてないんだけど」
つまり、服装や雰囲気で判断しているということのようだ。いくら同じチームだったとはいえ、さすがに驚きである。
――まあ、他に例がないほど彼の服が特徴的な服装だというのはあるのかもしれないが。
などと言っていると、向こうも雪たちに気がついたらしく、歩み寄ってきた。
次第に顔が見えてくる。――間違いなく、見覚えのある顔だった。
「……結構待ったぞ」
舌打ちしながら、近づいてきたアルバートが言う。
――だが、そう言っている割には疲れている様子はない。ここから一メートルほどの距離で、ポケットに手を突っ込みながら気だるそうにこちらを見つめているだけだ。
「ごめんね、遅れて。久し振り――で、良いのかな」
「そんなに長ぇこと会ってないわけじゃねえだろ」
「そっか。まあ、いいや」
中身のない会話をするウィルとアルバート。
しかし、以前の様子と比べれば、これがいかに平和な会話なのかが手に取るように分かる。
「で、そっちの小さいのは誰だ」
「小さい……えっと、私ですか?」
「お前しか居ねえだろ。以前に顔は見たことある筈だが、名前が出てこねえ」
すまねえな、と言いつつアルバートが申し訳なさそうに頭を掻く。
――名前など出てこなくて当然だ。以前会った時には名乗っていないのだから。
「あ、ええと、芹沢……雪、って言います」
「セリザワ――日本人か。珍しいな」
アルバートは興味なさそうにそう言うと、再びウィルの方に向き直った。
「さて……会ってすぐで悪いんだが、今から行かなきゃならねぇ場所がある。付いてくるか?」
「もちろん時間はあるし、付いて行っても構わないけど……行きたい場所かい?」
「ああ――正確に言えば、行く必要のある場所、だ」
ほら行くぞ、と言いながら何処かへ歩き出すアルバート。
――その背中にはどこか、悲しそうな雰囲気が漂っていた。
* * * * *
ほぼ同じ頃。何故か単独で行動することになっていたノエルは、企業の宣伝ブース付近を、いつものように騒々しく歩いていた。
「さあて、ようやく単独行動! 行きたい場所は沢山あるし、特に今回は何より一人っ! 誰にも邪魔されずに行きたいところに行って見たいものが見られる!」
周りから怪訝そうな目で見られるのも気にせず、堂々と独り言を言い続けるノエル。
何故こんな危なっかしい人間に自由行動させることになったかというと、概略すれば「一人だけ余ったから」である。雪とウィル、ハンナとアーリー、ディーナとイリスとなればもう、残っているのは一人だったのだ。
「まずは企業の新武装ブースにでも行こっかなー、それとも場所の下見? はたまた有名人探しとか――」
ふふふ、とノエルが不敵な笑みを浮かべる。
ここまで大規模の軍主催イベントとなれば勿論、かなりの有名人が来る。軍のお偉い方だけでなく、テレビ番組などでレポートしに来たコメディアンやら俳優やらアナウンサーやらもいたりするのだ。適当にぶらぶらと歩いているだけで偶然出くわす可能性も高い。
だが、ノエルの考えはそのさらに一歩上だった。
「ふふふ……SNSでも使えば、何処に誰がいるのかすぐに分かっちゃうからねぇ。情報が入るまで、色々見て回りますかね、適当に」
そう言いながら、きょろきょろと周囲を見回す。
人影はもちろんある。だが、そこまで人だかりはない。大体の場合、人が集まっている場所に有名人はいるはずなので、それを見つけるのが一番手っとり早い方法なのだが――
「ま、そう簡単には見つかんないかねぇ……まあ、仕方ない。取り敢えずは行きたい場所に行こっと」
そう言い、ノエルがまた歩き出す。
ふふーん、と、どこで聞いたかも分からないような鼻歌を歌いながら。
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