Ep.26 人型〜Humanoid Type〜

「ここに来た、理由……ですか」

「そう、理由。さっき言ってた『予感』ってのを説明するのに必要だからさ。――まあ、本当は言いたくないんだけど。っていうかやっぱ言わないでおこうかなー」

「そこまで言ったなら、普通に聞きたいですよ。というか、聞かせてください」


 雪自身、その話題に興味はあった。だが、聞くタイミングがなかったのだ。


「……そっかぁ、じゃあ仕方ないや。ただし、他言は無用だよ。少しでも他人にバラすようなことがあれば――あ、まあでもいっか。割と有名な事件だったはずだし。ユキはここが初配属だから知らないとは思うけど」

「有名な?」

「そうそう。アルバート――バッさんも言ってたじゃない。私のことを『生き残り』って」


 確かに、言っていた。その時はよく意味が分からずスルーしていたが、今になって考えてみれば、かなり奇妙な言葉だ。


「生き残り……ですか」

「そう。まあ、深い話になるけどいいかい。聞きたくないなら聞かないって手も無いわけじゃないよ」

「いえ、構いません。だから、教えてください。ノエルさんの過去――前の部隊にいた時にあったこと、全部を」

「あはは、そう来なくちゃねぇ。本当に長くなるよ」


 ノエルが笑う。飄々としたいつもの彼女だ。


「私がここに来る前、対サテライト戦線で戦う兵士の短期育成用選抜部隊にいた、っていうのは知ってるはずだから割愛するけれど、まずはそこでの話から初めていいかい。何よりそこでの事を理解してもらわなくちゃあ、話を理解することも難しくなってしまうだろうから」

「――既にその喋り方で理解しづらいんですけど」

「まあ、そこは愛嬌ってことでスルーしてもらって。じゃなきゃ何も始まらないじゃない。というか君が今突っ込まなきゃ、すぐにでも話に入れたのに」


 まったくもう、と言いたげに首を振るノエル。雪にしてみれば、正直、早く話に入ってもらいたいのだが。


「前置きはもう良いですよ。言うならさっさとしてください」

「はいはい、分かったって。――で、私がいた部隊での話なんだけど。そこには、私を合わせて十二人――まあ、言ってもわからないだろうから名前は言わないけど、とにかくそれだけの人数がいた。近距離が数人、中距離は少なめで、遠距離が一人か二人。まあ、遠距離なんてそうそう何人もいらないし、そんな感じの割り振りだった。ちなみに私は中距離。ま、あのロケランをずっと昔から使ってたからねぇ。仕方ないんだけども」

「ああ、あの。そんな昔から使ってたんですね」

「まあ、実質火力じゃ最強クラスだからねぇ」


 確かに、九発全てが当たれば、大獣型でさえ一撃で沈めるほどの超火力を持つあのロケットランチャーだ。使いたくなるのも無理はない。


「――いいや、話を戻そうか。そこじゃ私は、あくまで只の一兵士だった。最初は皆、普通の銃や戦車とかそういう物の知識はあったけど、大型兵器を扱う経験は何もなかったからね。だんだんと時間が経つうちに若干、実力のある人とない人との差が開いてきた――あ、言わなくても分かるとは思うけど、ちなみに私は前者だからね」

「寄り道はいいですから、早く本題を」

「本当に容赦ないねぇ、君は――それで、集められてから一年位経った頃だったかな。その日は確か、敵が一体しか攻めて来なかったから、皆が楽勝だ楽勝だ、って騒いでたのを覚えてる。私も、いつも通りにロケランを装備して、いつも通り輸送車両に乗って、いつも通り迎撃場所に向かった。君は行ったことないから分からないかもしれないけれど、廃村みたいな場所だったかな。今の旧市街より視界が開けてる感じ、って言えば分かるかねぇ。まあ、さしてそこは本題と関係無いから、無視してもらっても構わないのだけれど。ただその場合、君があの旧市街のような場所をイメージしていた場合、若干違和感を覚える可能性があるから言っておいたという面があるからねぇ。というかそれで理由としてはほぼ埋まるかな――まあいいや、脇道に逸れかけているから、話を戻すとしようか。――そういえば脇道に逸れるって言葉、よくよく考えてみれば逸れた後ってどうやって元の道に戻ってるんだろうねぇ? コンパスでもあるんだったら別だけれど」

「……話、余計逸れてますよ。っていうか脇道に逸れた後、元の道に遡って行けば良いんじゃないでしょうか」

「ああ、確かにその手もあるねぇ。――で、何の話だっけ」


 酷い鳥頭だ。いや、歩いてすらいないのだから、むしろ鳥よりもタチが悪い。


「昔の話、でしょう。もう忘れたんですか」

「まさか、ちょっと記憶から消してただけだよ。意図的にね」

「意図的にですか……」

「そ、意図的に。――ユキをからかうのはこの位にして、続きにしようか。どこまで話したかな」

「迎撃場所に着いたところまでは聞きましたけど」

「あ、そうだったね。それで到着した私達十二人は、全員が建物の陰に隠れて敵が来るのを待った。何故かは知らないけれど、遠距離担当も割合近くで待機していた筈だねぇ。まあ、実際のところディーナみたいにあんな超長距離から命中させられる人なんか居なかったから、当然っちゃ当然だけど。ちなみに何回も言うようだけど、その時皆は完全に油断しきってた。『一体だけ』って言われただけでね」


 不気味な笑みを浮かべ、雪が屋上の縁に座り込む。――とは言っても薬なしで武装を支えていたのだから、疲れるのも当然ではあるが。


「さて、ユキももう気づいたんじゃないかな。『一体だけ』とは言われたけど、『何が』とは言われてないことに、ね。あえて私もまだ言ってなかったけど」

「で、何なんですか。別に勿体ぶらないでいいですから、早く教えて下さいよ」 


 雪が急かす。彼女だって喋っている本人のペースがあるというのは理解しているのだが、何より焦らされるのは嫌なのだ。今話を聞いている場所が、風が吹き荒ぶ屋上だというのもあるが。

 はぁ、とため息をつくノエル。やれやれと言いたいかのように首を横に振ると、再び口を開いた。


「――『人型ヒューマノイドタイプ』だよ。獣型や鳥型どころか、球体型スフィア箱型ボックスみたいな希少種より更に珍しい、ね」

「人型……ですか? 正直、そこまで強くはない気もしますけど。力もそんなに強くなさそうですし」


 雪にしてみれば、むしろ大獣型ヒュージビースト鳥型バードの方が脅威である。まあ、サイズによる威圧感、というのが大半ではあるのだが。


「考え方を変えてみれば分かると思うけどなー。例えば、『機関銃を持った一般兵』と、『武道のプロ』に置き換えるとか。ちなみに人型が前者ね」

「えーっと……つまり、『対多戦に特化した万能型』と、『一対一なら驚異的な能力を持った特化型』っていう解釈で合ってます?」

「うん、ほぼ正解。正確には、獣型とかと比べると完全上位種なんだけどね、人型」


 確かに、人と獣。単純に考えても人が上位だ。それにサテライトの場合、種類によって腕力などの差が出にくい分、その格差はさらに大きくなる。変形技能を持つボックス球体型スフィア未解明型アンノウンは例外だが、それでも純粋にトリッキー差を考えない強さでランク付けするならば、人型が、上位に食い込むことは間違いないはずである。


「――さて、話の続きを始めようか。その人型ヒューマノイドタイプを見た時、余裕だらけだったはずに私達は瞬時に凍りついたよ。どっちかっていうと威圧感や恐怖、っていうよりも絶望感が強かったかな。パッと見ただけで『勝てない』って頭に浮かんだくらいだからねぇ」

「絶望感?」

「そそ。もちろん怖いのは怖かったんだけどさ、やっぱ人型してる分、殺気とか威圧感が凄くて。蛇に睨まれた蛙の心情って感じかなー。正確には人に睨まれた人だけど。ヒューマンだけど。ホモサピエンスだけど。――ともあれ、やっぱりそれは自分だけじゃなくてねぇ。周囲全員、遠距離担当も含めて冷や汗だらけな訳よ。それでもまあ、戦わないわけにはいかないってことで一応迎撃はしたんだ。でも――」

「一方的な展開、って事ですか」

「それならまだ軽い方。あの時はもっと酷かったよ。正直言うと、あのサテライト捕獲作戦――SC作戦より、ひどい惨状だったと思うねぇ。人が目の前でどんどん死んでいくんだから。まあ、一応殺されたのが全員育成中の兵士ってことでそこまで大々的に報じられたりはしなかったんだけれどね。やっぱり損失としてはそうでもないって思われたのかなー」

「それでも、結構な数のハズですよね……ところで、全部で負傷者は何人です?」


 雪は聞いた。

 いや、聞いてしまった、と言った方が正しいかもしれない。

 雪が無知だったというのもあるだろう。だが、それ以上に、次にノエルの紡いだ言葉は意外で、唐突で、そして、残酷なものだった。


「死亡者十四人――私以外、全員だよ。私たちの部隊は、私一人だけを遺して、全滅したんだ」


 ノエルは淡々と、そして薄く笑みを浮かべながら、そう言った。

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