Ep.25 屋上〜Rooftop of Pentagon〜
雪が目を覚ますと、既に時刻は十時二十二分であった。どうやら、前日の夜、食事が遅かったために寝る時間まで遅らせたのがまずかったのだろう。時計を見たが、目覚ましはとっくに鳴り終えてしまっているらしかった。
「寝すぎた……」
頭をコンコンと叩き、まだ寝呆けている頭を強引に動かす。
これ以上寝ると、今日の夜寝られなくなってまた翌日の朝起きられなくなる、という負の連鎖が起こるだろう。生活が夜型になってしまっては困るし、身体にも毒だ。
「えっと、朝ごはんには遅いし昼には早いし……どうしようかな」
ベッドの中で身体を半分起こし、これから何をするか考えてみる。軽食か、あるいは昼まで待つか――。
いや待て、それよりも気になることがある。
「あれ、ノエルさーん……?」
不思議に思った雪が耳を潜める。自分以外の発している物音が一切していない。呼吸音もだ。
ベッドを出て二段ベッドの上――すなわち、ノエルの寝場所を確認してみる。想像通り、そこにノエルの姿はなかった。
――妙だ。普段であれば、雪の方が先に起きる。ごく稀にノエルが先に起きることもないわけではないが、それでも起きた途端に雪を起こしにかかるはずだ。となれば、雪を起こす前に誰かに連れられていったのだろうか。
雪は急いで着替えると、ディーナの部屋へ向かった。
ノエルが連れられていったとしても、現在居住棟にいるのは六人のみ。そのうち三人――当事者であるノエル、雪、そして現在医務室から動けないアーリーは連れて行った候補から抜くから、残りは三人。であれば、同室にいて互いの行動を大体把握できているはずのディーナとイリスのペアに聞けば大体分かるはず。それで情報が得られなければウィルが連れて行ったということだ。
雪がディーナの部屋の前に立つと、まるで待ち構えていたかのようにドアが開き、銀色の髪の少女――ディーナが顔を出した。
「……何ノ用ダ」
「ノエルさんが、今朝起きたら、あの、布団が、空っぽで――」
急いで伝えたいのだが、言葉が纏まらない。いわゆる軽度のパニック状態である。
「落チ着ケ。モウ少シ私ニモ理解出来ルヨウニ話セ」
「えぇっと……あの……っ」
息を吸い、吐く。だんだんと頭の中の考えがはっきりとして来るのを待ち、雪はもう一度話を始めた。
「……ノエルさんが何処にいるか知りませんか」
「知ラン」
即答である。連れて行ったとしたら、彼女ではないだろう。となればイリスかウィルか。
「タダ先程、階段ヲ上ガッテ行クノハ見タ。確カ一人ダッタ筈ダガ」
「え、一人……?」
いや、そんなわけがない。
もしそれが真実だったとすれば、彼女は一人で何処かへ行ったということだ。彼女がそこまでする理由など、雪には全く心当たりが――
いや、ある。昨日の、雪に明かさなかった例の『予想』だ。可能性があるとすれば、あれしかない。
「……探してきます!」
「オイ、待テッ!」
ディーナの制止を振り切り、雪は走り出した。別にどこにいるという予感は無かったが、動かなければ何も始まらない。何より、心の内に湧き出す負の感情が、彼女の足を動かした。
階段を駆け上り、武装庫の扉を開ける。
勿論、そこにノエルの姿はない。だが――
「あの武器も……無い……」
昨日作ったばかりの、あの武装がどこにも見当たらない。何処かに移動してあるかとも思ったのだが、どうやら持ち出されているようだった。
胸騒ぎがさらに大きくなる。
不安感。そんな言葉では言い表せないような負の感情が、彼女の胸を埋め尽くす。
と、武装が置いてあったあたりの地面に、何やら紙が落ちているのに気がついた。そこには、『屋上にいます』の文字。乱雑さ加減から見て、間違いなく、ノエルの筆跡だ。
「屋上……!」
ぎりり、と歯を食い縛り、ドアの方に身体を向ける。
武装庫を飛び出し、そのままの勢いで階段へと駆け出す。――薬無しでこんなに走ったのは、何時ぶりだろうか。もしかしたら、数ヶ月くらい前かもしれない。
階段を飛ばし飛ばしで駆け上がると、屋上へと続く扉――鉄でできた、頑丈そうな大きな扉があった。雪はその扉を体当たり気味に開けると、周囲を見回す。
――屋上の端に、人影があった。
「ノエルさんっ!」
雪は叫んだ。
屋上の端にいた人影が振り向く。そこにいたのは間違いなく、寸分違わず、彼女――フランス空軍の元エース、ノエル・ニコラスであった。
雪の姿を見て、微笑むノエル。その身体に纏わり付くように装着されているのは、昨日一緒に作ったばかりの例の武装だ。
「……遅かったね。来ないかと思ったよ」
ノエルの髪が風になびく。どこか、何時もとは違う雰囲気だ。
物理的にだけではなく、精神的に。
「ノエルさん……何があったんですか。私を起こしていかないって、よっぽどの事ですよ」
「なるほどねぇ。さすがに気がそこまでは回らなかったよ。――まあ、起こせなかったっていうのも、あるんだけれどね」
「起こせなかった……?」
「そ、起こせなかった。これ見て何か気づかないかい?」
ノエルがくるり、と一回転する。どうやら全身に装備された武装のことを言っているらしい。
「……昨日作ったやつですよね?」
「うーんと、ちょっと違うんだよね。原型は同じ、っていうか流用したんだけども。今朝急いで改造したから、ちょっとテストしようと思って」
「で、今はテスト中だったってことですか。それで、私に見せないように? どんな装備かは知りませんけど、さすがに一人じゃ危なすぎますよ、それは」
「正確には他の武装を着けたままでも使えるのかのチェックだけどねぇ。理論上は安全なのは分かってたし」
理論上は、というのは絶対安全という意味ではないのだが。ノエルにとってその辺りはあまり関係ないようである。
「それより、そんなに息を切らせてどうしたんだい? 多分雰囲気からして私を探しに来たのは間違いないんだろうけど、まさか朝起きて私がいないからってだけじゃあ無いんだろうね。多分、昨日言ってた『予感』っていうのと繋げて不安になったんだろうとは想像できるよ。っていうか理由として考えられるの、それくらいだし」
「はあ……」
確かにノエルの言うことは間違っている訳ではない。ただ、『不安になった』がどのくらいのレベルだと思っているかは分からないが。
「確かに、私がここに来た理由はそれで合ってます。ただ、どうしてノエルさんがここでこんな実験をしてるのかが分からないんですけど……」
「だから、今朝改造したからだって言ったじゃない。聞いてなかった?」
一瞬、イラッとする雪。せっかく心配してあげたのに、全く感謝の意も無いのか。
ただ実際のところは、ノエルにとっては雪が探していようが探していなかろうが関係ないのである。まあ、雪が何故自分を探していたのか分かっていないから当然ではあるのだが。
「だ、か、ら! ちゃんと聞いてましたよ! それでも改造した理由が分からないから、今聞いてるんじゃないですかっ!」
「まあまあ、ちょっとからかっただけだってば。落ち着いて落ち着いて」
「ぐぬぬ……」
ノエルがいつもと変わらない様子なのは雪にも分かってはいるのだが、せめて、こういう時くらいは真面目に話して欲しいものだ。イライラしながら聞いても、話が頭に入ってこない。
「まあ、もう言っても構わないし、君にだけ伝えておくことにしようかねぇ。『予感』が何なのか。この武器をなぜ、急に改造することにしたのか。そして――私が、この部隊にやってきた理由を、ね」
ノエルは、いつもの飄々とした態度のまま、ニヤリと笑った。
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