Ep.27 回答〜Answer〜
「全滅だよ、全滅。っていうか、正確には私が残ってたんだけれど。それでも十五分の十四だからねぇ。ほぼ同じかな」
ノエルが顔を傾け、ケラケラと笑う。
部隊の全滅。
それは即ち、撃滅すべき敵に防衛戦を突破されるということにほぼ同義だ。
「……敵は、どうなったんですか」
「倒したよ、残った私が。もちろん、かなり苦戦したけれど。全員の装備を取っ替え引っ替えに使って、やっと勝ったんだ。労多くして功少なし、ってやつかな――まあ正直、使いにくいのもあったんだけれど」
「そう、ですか」
本人の言い方は軽いが、想像してみるとおぞましい光景に違いない。
周囲に仲間たちの死体が幾つも転がる中、その死体たちから武器を剥ぎ取りつつ、圧倒的な強さと威圧感を持った敵と戦う――いや、そんな簡単な言葉では片付けられない。それこそまさに、『本人にしか理解出来ない感覚』というものなのだろう。肌で感じなければ、分からないのだ。
「さて、このくらいで大体の話は分かったかな。あと何か知りたいことは――」
「あの、武器を改造した理由がまだいまいち分かってないんですけど……」
「あ、そだね。言い忘れてた――まあ、簡単に言えば人型に対して、より使いやすいようにした、ってことだねぇ。それだけ。その他は何かあるかい?」
「いえ、これ以上は特に」
「そっか。また何か聞きたかったら言って貰えば……まあ、言えないこともあるとは思うけれど」
ノエルは、再び雪から目線を外した。
と、次の瞬間、周囲に突然サイレンの音が鳴り響く――無論、敵襲だ。
「おや、意外と早かったねぇ……さて、答え合わせの時間といこうか」
ノエルは、ニヤリと微笑を浮かべた――まるで、自らの答えが正解であると、知っているかのように。
* * * * *
「……今回は、厳しくなるかもしれないよ」
屋上から戻った二人を待っていたのは、ウィルの放ったその一言だった。
「厳しく――それって、どういう事ですか?」
雪が尋ねる。とはいえ彼女にも、先ほどの話でなんとなく、予想はついていた。
「人型サテライト――って、知ってるかな?」
「……知ってます。さっき聞きました」
「さっき聞いた?」
「ああ、いえ。何でもないです」
ノエルに「他言無用だよ」と言われていたのを思い出し、黙り込む雪。
だが、先ほどあんな話を聞いたばかりなのだ。嫌でも顔には出てしまう。
「やっぱり
ノエルが自慢げに胸を張る。最初に預言したのはイリスなのだが――
「……あれ、ウィルさん。イリスちゃんは何処なんです? ディーナさんも居ないみたいですけど」
「ああ、ディーナは待機だよ。アーリーとイリスちゃんの保護もあるし、緊急時に支援を要請する役目もあるし――人型相手じゃあ、長距離砲は支援にもならないしね」
確かに、大型であればあるほど当たる可能性が高まる長距離大口径砲ではあるものの、人サイズを相手に狙うのはそうそう簡単なことではない。そもそも、素早い小型の敵相手ではすぐに避けられてしまうのが関の山だ。
「だから、厳しい――と」
「三人で一体なら普通は充分なんだけどね。相手が人型だから」
「分かります。確かに三対一でも厳しいかもしれませんね」
いくら育成中のルーキーだけだったとはいえ、十五対一でも既に危ない橋なのだ。それを三対一でやろうというのだから、普通の戦い方ではどう考えてもまともにやり合うことはできないだろう。
「となると、僕が考えるにやっぱり効果的なのは『ゲリラ戦』じゃないかな」
「ゲリラ戦――ですか?」
ゲリラ戦。またの名を遊撃戦とも呼ばれるその戦法は、圧倒的に優位な敵戦力に対して奇襲攻撃を行い、敵が攻撃の準備を整える前に姿を隠すことで、局所的な勝利を手にすることができる可能性がある作戦だ。通常の場合、それは基本的に非正規部隊が行うものではあるが、かといって正規部隊が使用してはいけないわけではない。それに、今の場合であればむしろ使わざるを得ないだろう。
「今回は敵が一体だけって所も考えて、一度の攻撃で全戦力を投入する。問題は、相手の防御力なんだけど……」
「さすがに三対一なら三方向から攻撃できるわけですし、防御装甲だって人型ならそこまで分厚くはできないはずですから、私は大丈夫だと思いますけどね」
そう、普通に考えればそうなのだ。三方向から同時に奇襲を行えば、そうそう全てに対処出来るものではない。敵がどれだけ早く反応できても、同時に三方向に攻撃するには腕が三本以上必要なのだから。
だが――と、雪は前回の戦いのことを思い出した。前回の敵は多少特殊とはいえ、「防御装甲の多重展開」であったり、「触手腕の生成」のような物理的にありえないような攻撃を行ってきた。今回だって、それが必ずしも無いとは言い切れないのだ。特に、相手は見たこともない人型の敵である。何をしてきたっておかしくはない。
「うーん、大丈夫なら良いんだけど――ノエルちゃんはどう思う?」
「多分装備さえ揃ってりゃ大丈夫だと思うけどねぇ」
突然振られたノエルの方にも話が飛び火したものの、返ってきたのは当たり障りのないごく普通の回答。いつもならジョークの一つでも入れるか何かするだろうが、今回ばかりは仕方があるまい。
「あ、そうだ。ちょっと一つ気になることがあるんだけど」
ウィルが話題を変えた。どうやら重苦しい空気に気づいたから――ではなく、本当に今思い出したようだ。
「何でしょう? 何か問題でもありました?」
「ああ、うん。本当に一個だけ。一個だけなんだけどさ――」
一つだけ、というのをとにかく執拗に強調した後、ウィルはこう続けた。
「車、誰が運転する?」
* * * * *
それから数分後、雪はノエルの運転する輸送車両の中にいた。
ちなみに、勿論ノエルは無免許である。まあ、緊急時ということで許されるとは思うが。
「……やっぱり揺れますね。アーリーさん、運転上手だったんだなぁ」
「多分逆、ノエルちゃんが下手なんだよ。とは言っても、経験もなしで運転できてるだけマシだけど」
運転経験もなしとは、正直なところ恐怖しかない。実際、簡単に言えば、行き当たりばったりでやっているようなものなのだから。
「車体が重いっ! 全然スピード出せないんだけどぉぉぉ!」
ノエルが運転席で叫んでいる。ただ正直、ど素人にこれ以上スピードを出されては命が危ない。
「速度はキープでお願いしますよー、まだ死にたくないですしねー!」
「僕も同感ー!」
負けじと雪とウィルも大声でノエルに言う。
ただ、ノエルが意地になって加速するかもしれない状態なのにここまで煽れるのは、「武装が重いため、これ以上加速しないことを分かっているから」である。意外と武装というのは重いのだ。特に、今回は「三人が乗るだけ」ということと「素人が運転する」という二点を考え、小型の輸送用装甲車を使用している分、自動的にエンジンの馬力も弱まっている。
「さて、ところでちょっとユキちゃんに聞いておきたいんだけど」
「何でしょう?」
「……この武器、何?」
ノエルが隣に固定された「例の武器」を指差す。
――ちなみに言わなくてもわかるとは思うが、例の武器というのはノエルの作った不思議な新武装のことである。雪にもそれが何なのかはよく分かっていないが。
「さあ。作るのは手伝いましたけど、私もよくは聞いてないですね」
「そっか。液体が入ってるみたいだけど……爆発しないよね? ガソリンとかじゃないよね?」
「どうでしょうね。ノエルさんならやりかねませんし……」
「怖いなー。巻き込み事故とか起こさないでくれると良いんだけど」
ひえー、と震え上がるウィル。
爆発系の武装は、基本的に対サテライト戦では嫌われる傾向にある。そもそも与えられるダメージが他の武装より少ないという点もあるが、それよりも味方が爆発に巻き込まれる事故が乱発したからというのが大きな要因だ。破片が飛び散ったり範囲内にあるもの全てに攻撃が当たってしまったりする分、他の種類の武装よりも制御が難しいのである。
ちなみに、ノエルの前の武装はそんな爆発系に属する「ロケットランチャー」である。事故は起こらなかったものの、雪たちがヒヤッとする場面はいくらかあったのだ。
「まあノエルさんの事ですから、飽きっぽいですし同じタイプの武装は使わないと思いますけどね。信じるしかないですよ」
「そっか――まあ、そうだよね」
雪の言葉に、少しホッとした様子のウィル。未だ危険な武装である可能性は減っていないものの、少なくともロケットランチャーよりはマシだと判断したようだ。
旧市街までは、あと少し――雪は少し休息を取るため、そっと目を閉じた。
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