Ep.23 開発〜Development〜
「……終わったようだな」
ベッドの上のアーリーが、目をゆっくりと閉じて言った。
外は未だに雨が降り続けているものの、先程よりもやや小降りになったようだ。
「みたいですね。様子を見てきましょうか」
「いや、その必要は無い。ウィルの気持ちも考えて、ここは待つのが得策だ」
「でも……」
「大丈夫だ。それよりお前は、あっちをどうにかしたらどうだ」
「へ?」
雪が、アーリーの指差した先を見る。そこには、地面に寝転がって爆睡しているノエルの姿があった。
「まったくもう、あの人は……」
雪は、目を細めてくすりと笑った。
* * * * *
豪雨の日から数日が経った。結局、戻ってきたウィルは何も語ることは無かった。とはいえ、雪もアーリーも特にこれ以上聞きたかったことも無かったので、当然といえば当然であるが。
現在、雪はノエルに連れられ、武装庫にいた。何故かは分からないが、ディーナも一緒だ。
「ユキー、そこにあるモンキーレンチ取ってー」
「嫌ですよ、自分でとってください」
「ちぇ、ケチんぼー。ディーナは取ってくれるのに」
ノエルが頬を膨らませる。まるで子供のようだ。まあ、まだ十代なので子供か大人かと言われれば子供であるともいえるのだが。
「……で、完成したんですか? 新武装」
雪が尋ねる。話題を何気なく変えたのだが、ノエルは気づかなかった。
「もーちょい。何と言っても今までとはベクトルの全く違う武装だからね。入念にチェックしないと」
「へえ、全然興味ないです」
「自分から聞いておいてなんだい、まったく。せっかく手伝わせてあげてるってのに」
「別に手伝いたくて手伝ってるわけじゃないですし」
というか、無理やり連れてこられたのである。やる気がないのも当然のことだ。
奥では、ディーナが一人で黙々と作業をしている。彼女もまた手伝いで連れてこられたのだが、はっきり言ってその手さばきはプロ並みである。普段から自分の武装の手入れをしているからだろうか。
「……そういえばノエルさん、あんなに大量の部品や機材、一体何処から取ってきたんですか?」
雪は、ノエルの後ろにある部品たちを見つめた。二メートル以上もある部品の山。その量は、台車などを使っても一人で運べる分をゆうに超えているだろう。どう考えても、ノエル一人で集めてきたとは思えない量だ。
「え? 普通に開発棟から拝借してきたんだけど」
「……開発棟?」
「うん。行ったことなかったっけ」
雪の記憶では、そんな場所に行った覚えはない。というか、名前すら聞いたことがない。
雪が首を捻って考えていると、ディーナが不意に口を開いた。
「開発棟。ペンタゴン内ノ南部ニ存在シテイル、武装開発・敵ノ研究ヲ請ケ負ウ機関専用ノ建物。普通ニ考エレバ、我々一兵士ガ其処ヘ行ク事ハ無イ筈ダ。ムシロ知ッテイル方ガ異端ダ」
「なるほど、じゃあ多分知らないですね」
むしろ、そんな場所から自由に部品や器具を持ってこられるとは。一体どういう人脈をもっているのだか。
「……っていうか、よく考えたら私、全然ここのこと知らないままです」
「マア、私モ全体ハ知ラン。二万人程ガ働イテイルトイウノハ知ッテイルガ」
「二万人!? そんなに居るんですか!?」
予想外の数字である。まあ、もともと世界で最も大きなオフィスと言われた建物である以上当然ではあるが。
ちなみに、現状では最も大きなオフィスは西海岸にある新国防総省である。
「大半ハ非戦闘員ダガナ。ムシロ兵士ハ十数人シカ居ナイ筈ダ」
「十数人、ですか。割合じゃ少ない方なんですね」
「マア、此処自体ガ精鋭ヲ集メル場所トイウ名目デ基地トサレテイルダケダカラナ。仕方ナイ」
何やら部品を弄りながら返答するディーナ。雪が初めて会った頃よりは少しずつ心を開いてきてはいるようだが、未だに仲がいいとは言えない。ノエルとは違うベクトルで、何を考えているか分からないからだろうか。
ガチャン、と何やら部品をはめ込んだような音がしたかと思うと、ノエルが呟いた。
「よし、できた。後は使用感のチェックだけかな!」
「ノエルさん、使用感とかそういうの気にするんですね。性能重視だとばかり」
「性能あっての使用感だからねぇ。使えればいいや、ってレベルだけど」
つまりは性能重視、かつある程度楽に扱えるように、ということらしい。そんな武装を個人で、設計図もなしに作れてしまうとは。いくら採算度外視とはいえ流石だ。
「……にしても今回の武装はかなり自信作だよ! 前回作ったロケットランチャーもかなり良かったけど、これはもうそれとは比べ物にならないくらい、すなわち世界の武器事情を大きく変えるくらいの大胆かつ前進的な機構を搭載した武装で、それのどこが凄いかっていうと具体的には――」
「はいはい、分かりましたからちょっと落ち着いてください」
「落ち着いてなんて居られない! ああ、今すぐにでも武装をつけて敵をバッタバッタとなぎ倒したい! でもって全世界の人々から賞賛と羨望の目で見られたいもんだよ!」
自分の欲望がだだ漏れである。もう駄目だこの人。
「ところで、今回の武装ってどういう感じなんです? ぱっと見じゃよくわからないんですけど」
雪が完成した(らしい)武装を見つめる。大きなタンクのような背負式ユニットから、消防車のホースにトリガーをつけたような謎の物体が飛び出ている、不思議な形。今まで見た武装の中で、最も異様な形状だ。
「多分、言っても理解は出来ないんじゃないかねぇ。私の独自理論だらけだから」
にゃはは、とノエルが笑う。プロの独自理論ならまだしも、彼女のそれはもはや理論と言えるような代物ではない。完全に素人である雪には、意味がわからないというレベルでは済まないだろう。
「……じゃあいいです、実戦で見てからで」
「そうしてもらえるとありがたいねぇ。サプライズ感あるし」
「要りますかね、そんな驚きって」
「ないよりあった方が良いんじゃないかい?」
確かに、それも一理ある。別に必要かと言われればそうでもないので、あくまで個人的見解ではあるが。
「さて、完成したことだし二人とも帰っていいよん?」
「お礼の一つも無いんですね。まあ、分かってましたけど」
「……なんか君、最近ちょっと言葉に毒が混じってないかい。ときどき胸に刺さるんだけど」
当然だ。雪も最近、狙って言っているのだから。むしろほぼ毎日言っているのに『ときどき』としか感じない、ノエルのその鉄の心は一体どこから来ているのだろう。
「――ところで、ノエルさんってやたら色んな知識持ってますけど、権威のある知り合いか何かでも?」
「思いっきり話変えたね。何かあるに違いないと思ってもいいのかい?」
「そう思いたいならご自由にどうぞ。否定はしませんので」
故意に言っていると分かれば、少しは態度を改めるだろうという考えである。とはいえ、どうせ今までのことを考えれば態度が変わるはずもないので、そこまで期待はしていないのだが。
「まあいいや。ちなみにさっきの問い、正解っちゃ正解かな。根本は他人から聞くけど、応用は自分でやるから正確には半々だけどねぇ」
「へぇ、なるほどです」
よくは分からなかったが、つまりは色々な地位の他人から情報を仕入れ、自分なりに繋ぎ合わせているらしい。ある意味すごい人である。
「ナア、モウ終ワッタンダロウ? 帰ッテ良イカ?」
「あー、いいよいいよー。ごめんね付き合わせちゃって。イリスの世話もあるんでしょ?」
「本ヲ渡シテアルカラ大丈夫ダトハ思ウガ……早メニ帰ッテ損ハ無イカラナ」
ディーナが不安げな顔をする。
ちなみに、彼女がイリスの世話をしているのかといえば、単純に彼女が一人部屋だったからである。特にそれ以上でもそれ以下でもない。普通に考えれば当然の決定である。
「じゃあ、戻ったほうが良いかもねぇ。あの子意外と速読スキルあるから」
「フム、ナラバ言葉ニ甘エサセテ貰ウトシヨウ。アマリ役ニ立テズ済マナカッタナ」
「いいっていいって。後は片付けとくから行ってきな」
「……アア、ソウシテモラエレバ助カル。ソレデハ私ハ席ヲ外ソウ。サラバダ」
すっくと立ち上がり、部屋を出て行くディーナ。口調は大人びているのだが、外見はむしろ雪よりも幼い。というか主に胸と身長のせいである。
「さて、終わったんなら私もそろそろ戻っていいですか。やりたいことがあるんですけど」
「だーめ。最終チェックまで手伝ってもらうからね!」
「何なんですか、その態度の差……」
はぁぁ、と雪が大きなため息をつく。
結局、最終チェックが終わったのは、それから二時間後の事であった。
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