Ep.22 離別〜Parting from the past〜

 ウィルが用意を終えて外へ出ると、そこには、アルバートが雨の中で立っていた。その傍には、地面に突き刺さった鋼色の大剣。恐らく、二メートルほどはあるだろう。


「来たか。遅ぇぞ」


 雨の中、アルバートがニヤリと笑う。雨の中でも、その身体は一切濡れていない。周囲を搭乗型パワードスーツの装甲板が覆っているからだ。


「逃げなかっただけ褒めてやるよ。どっちにしろ結果は同じだがな」

「それはどうかな。武器の大きさや火力の差が必ずしも勝敗には結びつかないって、君が言ったんだよ」

「……そうだったか。覚えてねえな」


 嘘だ。覚えていないわけがない。ウィルは覚えていた。何故なら、その言葉は――


「僕が初めて君と同じ部隊で戦ったとき、君が言ってくれた言葉だ。僕は覚えてるよ。ずっとね」

「…………」


 アルバートが無言で目をそらす。舌打ちをしたようでもあったが、その音は降りしきる雨の音にかき消されてしまった。

 

「……無駄話はこの辺にしよう。時間が無いんだ」


 数秒の静寂ののちに、アルバートが口を開いた。


「うん。じゃあ、始めようか」


 ウィルが雷火を構え、アルバートが大剣を地面から引き抜く。

 お互いに、手加減をするつもりはない。下手をしたら、相手の命を奪う覚悟さえ出来ているだろう。実際の武装を使用するということは、そのレベルの事なのだ。


「ほう、刀か。あの武器じゃ無いんだな。珍しい」

「あれじゃ、君と一緒に戦ってた時と同じ動きしか出来ないからね。君が、僕の動きのクセを覚えてない筈が無いと思ってさ」

「ハッ、随分と用意周到だな。だが、賢明な判断だ」


 パワードスーツの腕が軋み、携えられた大剣が持ち上がっていく。


「――行くぜ」


 次の瞬間、大剣がウィル目掛けて振り下ろされる。

 だが、この程度の速度では当たる訳がない。ウィルはやすやすと斬撃を回避すると、パワードスーツの左腕に刃を突き立てる。だが――


「無駄だ」


 アルバートのその言葉とともに、雷火の刃がスーツの装甲に弾かれる。

 そんな馬鹿な。ウィルの顔が驚愕一色に染まる。まさか、斬撃に特化した形状の刀でも傷一つつかないとは。以前とは比べ物にならないほどの防御力だ。


「ハハッ、進歩してるのが自分だけだとでも思ってたつもりか? 残念だったな」


 アルバートの煽りがウィルの心に突き刺さる。確かに、こちらだけが成長している訳がない。向こうだって、前線に投入されるレベルの兵器なのだ。性能の向上はあって然るべきだった。


 アルバートが再び、右手に持った大剣を振るう。縦斬りではまた避けられると思ったのか、今度は横向きに薙ぎ払うような斬り方だ。

 ウィルが慌てて雷火で攻撃を受け止め、いなす。だが、あまりに武器の大きさが違いすぎたのか、腕がビリビリと痺れた。


「……ッ!」

「痛ぇか。まあ、そうだろうな。全部で数百キロもある大剣と、せいぜい数キロの刀。楽に防御出来る訳が無えんだからな――っとォ!」


 再び、大剣がウィルに襲いかかる。だが、同じ攻撃を二度も食らうほどウィルとて馬鹿ではない。剣を避けて大きく跳び上がり、雷火をまっすぐに構える。夜戦の際に雪の使用した、突の構えだ。

 そのままの勢いで、ウィルがパワードスーツ左手の肩部分に雷火を突き立てる。ウィルは覚えていた。そこに装甲がないこと。設計上、装甲を関節部に設けると関節が駆動しなくなる事。そして、最も重要な回線の集まる場所が左肩部分である事も。全ては、あの時の――アメリカに連れてこられた初日に受けさせられた、講義の成果だった。


「貰ったっ!」


 スーツの左肩に、雷火がぐさりと突き刺さる。いくら薄いとはいえ金属にまで刺さるとはさすがの切れ味だが、それもサテライトの装甲を破れることを考えれば当然の事だ。

 操作回路が切断され、スーツの左腕部がだらんと垂れ下がる。だが、それ以上は何も起こらない。回路が斬れたとは言っても、あくまで左肩部のみ。右腕や脚部にまで有効なはずがないのだ。


「……それで終わりか」


 アルバートがウィルを睨みつけ、言った。その眼差しの奥にあるのは、怒りだ。

 パワードスーツが全身を大きく震わせ、ウィルを揺り落とす。雷火は、未だ左肩に刺さったままだ。


「失望したぜ。以前のお前は、もっと強かった筈だ。肉体的にも、精神的にも」


 アルバートが、地面に倒れこんだウィルを見下ろす。蔑み、失望、そして嘆き。そのどれともつかない感情が、彼の心を支配していた。


「……初めての敗北を味わった時のお前を、俺は知ってる。あの時のお前は、もっと勝利に貪欲だった。勝つ為なら、自分の時間すらも犠牲にして訓練に明け暮れていた。だが今は違う。今のお前は、あの時よりもずっと弱々しい。――いったい何故なんだ?」


 ウィルには、答えられなかった。明確な答えを出そうにも、正解が自分の中で安定しないのだ。


「こんな事なら、あの時、俺は全力を出してお前を止めるべきだった」

「……違う」

「何が違う? まさかお前が、昔より成長しているとでも言いたいのか?」

「……君は、僕を裏切ったんだ。信頼していたのに。誰よりも」


 アルバートの顔が曇った。


「……成る程、お前は知らなかったのか。あの時、何が起こってたのかを」

「知らなかった……? それって一体どういう……」

「……いや、知らないままで良い。少なくとも、今はな」


 どういう意味なのだろう。ウィルは、首を傾げた。だが、情報もないのに答えなど出るはずもない。

 ウィルは考えるのをやめ、前に居る人間を見た。越えられない、高い壁。ウィルにはそう見えた。何故かは分からない。だが、見えてしまったのだ。


「……でも」


 勝たなければ、いけない。仲間と約束したのだ。必ず、勝ってくると。


「僕は、君を倒す。倒して、ここに残るよ。自分のためじゃなく、仲間のために勝つんだ」


 ウィルは、自分を鼓舞するように言った。

 それを聞くと、アルバートは微笑を浮かべた。蔑みや嘲笑ではない。素直な笑顔だった。


「ああ、そうだ。俺が見たかったのは、そのお前だよ」


 再び、大剣が振り下ろされる。だが、ウィルにはもう勝利の算段があった。

 電気だ。

 夜戦の時に見た、雷のような大電流。あれをパワードスーツのバッテリーに流し込めば、過充電が起こり、パワードスーツの動きが完全に止まるはずなのだ。

 既に、雷火は回路の近くに突き刺してある。あとは、そのトリガーを引くだけだ。

 ウィルは大剣を瞬時に避けると、スーツ左肩部に突き刺さっている雷火に手を掛けた。


「電流を流すつもりか? だが、無駄だ。回路と直接、導線が繋がっていない限りは電流は流れん。小学生でも分かるレベルの話だ。今の状態で回路と刃が触れている可能性は限りなく低い事くらいはお前にも――」

「そう。小学生レベルの知識があれば、君にも分かるはずだよ。今の天気は、何だい?」

「雨……!? まさかお前ッ!」

「そう、そのまさかだよ――」


 ウィルが雷火のトリガーを引く。雷のような轟音、そして、閃光。

 『水は、電気を通す』、ただそれだけの事だった。ましてやこのレベルの土砂降りの中だ。スーツ内部にまで大量の水が流れ込んでいても不思議ではない。その事に、ウィルは気付いていたのだ。

 エネルギーの供給を失ったパワードスーツが地面に倒れこむ。もう、動く事は出来ないだろう。


「君の負けだよ、アルバート。君のスーツはもう動かない」


 ウィルが、パワードスーツに刺さった刀を引き抜いた。おそらく、雷火の方もバッテリーが切れてしまっているだろう。後で謝っておかなければ。


「ああ、俺の負けだ。俺の見込んだ通りだったよ、お前は」


 ハハッ、とアルバートが笑う。懐かしい笑顔だ。


「君は、変わらないね。昔から」

「……ああ。それだけが取り柄だからな」


 やっぱりだ。何も変わっていない。ウィルにはそれが羨ましく、そして憧れであった。

 アルバートが、パワードスーツから降りる。もう、目には怒りはない。そこにあるのは、満足感だけだ。


「呼び戻すのは、無かったことにしてやるよ。お前は、ここにいた方が良さそうだ」

「……ありがとう、アルバート。感謝するよ」


 アルバートがウィルの肩に手を掛ける。もう脚にも力が入っていないようで、手から体重が伝わってくる。

 ウィルは無言のまま、その身体を抱き寄せた。


「本当に、ありがとう。僕が今ここに居られるのは、君のおかげだよ」

「……俺のお陰じゃない。俺はただ、手助けをしただけに過ぎねぇ。現在いまを手に入れたのは、お前自身の力だ」


 今の自分を認めてくれた。それだけで、ウィルの目から、涙が溢れた。


 ひととおり涙が収まると、アルバートは耳元で囁くように呟いた。


「――にしてもお前、今のチームメイトに色々隠してるだろ。少しは信用したらどうだ?」

「なんだ、バレてたのかい」

「見てりゃ解るさ。どれだけ一緒にいたと思ってんだよ、馬鹿」


 あはは、とウィルが苦笑する。さすが、アルバートだ。人を見る目も、昔からずっと変わっていない。


「……確かに言った方が良いのかもしれない。でも、今はいいんだ。いつか、言うべき時がきてからにするよ」

「ハッ、お前らしいな」

「これが僕だからね」


 二人が、雲に覆われた空を見上げる。空の端には、青空が見え始めていた。

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