Ep.21 独白~Monologue~

「数年前――つまり、まだイギリス陸軍にいた時の僕は、怖いもの知らずの頭の悪い新人だった。そのせいで上官たちからは、規律を守らない失礼なやつだ、なんて言われてばかりだったんだけど。それでも、時たま目をかけてくれた部隊はあったんだ。でもやっぱり数か月で脱隊。『規律を守れないなら、お前なんて必要ない』って。酷いよね。まあ、当然なんだけど。

 ……そんな時に声をかけてくれたのが彼、アルバートだったんだ。彼はね、僕の事を見つけるとすぐ『ウィリアムだな? お前が必要だ。一緒に来い』なんて言ってさ。その時はまさか部隊に呼ばれたなんて思わなかったから、迷わず付いていったんだけど。彼、その時はまだ実績も何も無かったからさ」

「つまり、その時から不思議な人だった、と」

「うん。まあ、でも今ほどじゃあなかったよ。ごく普通の野望のある青年、って感じだったかな」


 確かに、服さえ普通にしていれば、ごく普通と言われても想像できなくはない。あくまで外見だけだが。

 むしろ、彼――アルバートは、風格がありながらそれを一切感じさせていなかったのだ。通常、隊長クラスの人員ともなれば自然と緊張感が出るものだが、彼にはそれがなかった。おそらく、元々は軍の上層に置かれるような教育をされて来たような人間ではなかったのだろう。


「その瞬間から、地獄が始まった。飛行機に乗せられてアメリカに連れて行かれて、見た事もないパワードスーツについて数時間延々と講義を聞かされて、その上即日で演習に参加。今思えば、拷問もいいとこだったよ。

 で、結局使いこなせなくてほとんど動けずに、演習は惨敗。僕以外のメンバーもほとんど新人だったとはいえ、相手にあそこまで一方的にやられたのは僕も初めてだった。初めて屈辱的っていう言葉の意味を知ったよ」

「……辛かったんでしょうね。そんな状況じゃあ、嫌にもなりますよ」

「うん。でも、上手く動かせる様になってからは楽しかったよ。負けた日から毎日練習して、数日経った頃には素早く動かせるようになってた。まるで自分の身体みたいだったよ。

 それからしばらくして、僕たち機械化歩兵隊は、エリア3に配属された。まだその頃はエリア3への侵攻はほとんど無くて、一ヶ月に一回くらい。だから、安心して試験的に運用することができたんだ。メンバーも初心者ばっかりだったし、配属場所としては丁度いいはずだった。

 ――でも、それが仇になった」

「仇?」

「そう。ユキちゃんはここの状況しかわからないから、あんまりピンとこないかもしれないけど」


 ウィルがゆっくりと息を吸い、吐く。


「……民間人が居る市街に、敵が攻めてきたんだ」


 衝撃で雪の顔が引き攣る。確かに、エリア12での迎撃は人のいない旧市街がメインではある。そのため、まさか敵が攻めてくるような場所にまだ人のいる市街が存在しているとは、雪も思ってなどいなかった。


「意味がわからない、って顔だね。まあ、誰でもそう思うだろうけど」

「市街地、っていうのが予想以上で……」

「今じゃ、戦闘のための場所が提供されてるエリアが殆どだからね。僕らのいたエリア3が珍しい状況だったんだけだよ。

 ――さて、話に戻ろうか。その事件が起こったのは、僕が機械化歩兵隊に配属されて一年と数ヶ月が経った頃だった。今でも覚えてる。土砂降りの雨だったよ。まるで今日みたいにね。

 その時に攻めてきたのは巨獣型が二体。いつもよりは量が多かったけれど、それでも倒せない量じゃなかった。迎撃を市街地で行うことに決定した時、僕らはそこに人がまだいるなんて思ってなかったんだ。なにせ、上からの情報だと、『避難は完全に終了済み』って言われてたんだからね」

「情報に、抜けがあったんですか。あるいは、わざと嘘を?」

「流石にそこまで深いことは知らないけど、嘘の情報だったのは事実だよ。

 で、市街地に着いても、僕らはまさか人がいるなんて思わないから、いつも通り二手に別れた。アルバートと僕のペアと、残りの二人のペアで。

 二人で敵を捜索していると、巨獣型を一体、見つけた。勿論、僕たちはすぐに戦闘を始めたよ。いつ二体目が現れるか分からなかったからね。

 しばらく僕らが敵と戦っていたら、不意に僕は、物音に気が付いたらしい親子が建物の陰から見ているのに気が付いた。女の子が一人と、父親っぽい男の人が一人だったかな。

 その時、僕は全身の毛が逆立つのを感じたよ。正確に言えば、恐怖とはちょっと違ったんだけど。アルバートの方も、すぐに気付いたみたいだった。目を見開いて、口が音を出さずに動いてた。いや、僕も、多分そうなってたんだと思う。

 ――で勿論、敵もその親子に気付いた。その親子の顔は、今でも忘れられないよ。

 恐怖、ただそれだけだった。僕らとは違う、化け物に対する恐怖。殺されるかもしれないという、恐怖。そういう感情の全部が、顔に出てた。まあ、あれを正確には言い表すのは僕でも無理だから、想像してくれるとありがたいな。

 敵はすぐに、攻撃目標を僕らからその親子に変えた。そりゃそうだよね。硬くて強い敵と、弱くて脆い敵が目の前に出てきたんだもん。倒しやすい方を狙うに決まってるんだから。

 僕らは必死にその二人の一般人を守ろうとした。――いや、守ろうとしたのは僕だけだった。アルバートは二人を見て見ぬ振りをした。人の命より、作戦を優先したんだ」


 雪はもう、何も言えなかった。頭の中には混乱と、怒りと、他にもいろいろ混ざったような感情が入り混じっていた。


「僕だって、作戦を守るなとは言わない。でも、他人の命を犠牲にしてまで、倒すのを早めるような敵じゃなかったよ。巨獣型なら動きも遅いのが多いし、それに大きい分見つけやすいから逃げられてもすぐ見つかる。だったら、二人を保護して安全な所へかくまってからでも良かったんじゃないかって思うんだ。まあ、あくまで僕の勝手な感想だけれど。

 結局、僕は親子を守ることはできなかった。目の前で二人が、敵の弾丸に貫かれて穴だらけになっていく姿が脳に今でも残ってる。どれだけ忘れようとしても、あれだけは忘れられない。今でも後悔してるよ。『自分が他のやり方をすればよかったんじゃないか』……そう思うこともあった。僕は結局、後からしか冷静に考えられないんだよ。

 僕はその後、機械化歩兵隊を辞めた。完全に身寄りを失ったけど、それでもあそこにいるよりはマシだと思った。僕は、人よりも作戦を重視する人間の下になんか居たくはなかったからね。

 それからしばらくして、襲われるエリアの偏りが激しい地域に精鋭を集めた部隊を作る、っていう話を耳にしたんだ。それがここさ。まさか機械化歩兵隊にいた僕が選ばれるとは思わなかったけどね。そこからは今と同じ日々さ。メンバーは違うけどね」


 ウィルが苦笑いを浮かべる。思い出したくはなかったのだろう。当然のことだ。


「じゃあどうして、そのアルバートさんが今になって……」

「さあね。でも僕があの部隊を出て行くとき、彼に言われたんだ。『必ず、呼び戻してみせる』って」

「呼び戻してみせる?」

「僕、あの部隊の中でもかなりの手練れだったからじゃないかな。だからこそ、戻ってきてもらいたいんだろうね」


 本当に、それだけなのだろうか。個人的な感情も一切なく、ただ強さだけのために、わざわざ。


「――おっと、もう時間みたいだ。行ってくるよ」


 ウィルが時計の方を見て言う。雪としてはもっと話を聞きたかったのだが、時間なら仕方ない。


「そうだ、ユキちゃん。一つだけお願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「雷火、貸してくれないかな。人助けだと思ってさ」

「構いません、けど……」


 何に使う気なのだろうか。雪には、その言葉の意図はよく分からなかった。


「ありがとう。必ず勝ってくるから、待っててね」


 ウィルはくるりと身体を翻し、部屋を後にした。

 残された雪が、窓の方を見る。雨は、未だ止みそうにない。


「……大丈夫だ。奴を信じろ」


 不意に、ずっと気配を消していたアーリーが口を開いた。目はずっと外を見ているものの、雪への言葉であることは、すぐに分かった。


「本当に大丈夫なら、良いんですけどね」


 雪は目線を外に向けたまま、そう呟いた。

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