Ep.19 仮想〜Imagination〜

「……ウィルさんを、連れ戻しに?」

「チッ、やっぱり聞いてねぇか。まあ連絡してないし、仕方ないっちゃ仕方ないんだが」


 アルバートと名乗る男性は雪から目線を外すと、雪の後ろで立っていたノエルの方をじっと見つめた。


「……お前、あの部隊の生き残りか。てっきり辞めたものだと思ってたが」

「おやおや、『巨獣殺しヒュージキラーのアルバート』が私のことを知ってるとはねぇ。驚いたよ」


 話しかけられたノエルが、いつもの茶化すような調子で言い返す。話しかけた側も予想外の反応に驚いているが、はっきり言って一番状況が分かっていないのは、ほかならぬ雪である。


「あの――ちょっと状況が飲み込めないんですけど。っていうかノエルさん、さっきこの人のこと知らないって言ってませんでしたっけ?」

「……ごめん、さっきの知らないっての嘘」

「やっぱり。さっきの顔、どう見ても知ってる人を見る顔でしたもん」


 ノエルが「やっぱりバレてたかー」と言って頭を掻く。

 本当のことを言えば、雪にそのくらいのことが瞬時に見分けられない訳はない。二ヶ月以上、同じ部屋で寝起きして、一緒に生活しているのだ。簡単な嘘くらいなら一発で判断することも容易である。


「で、誰なんですか? 見たところ、軍属の下っ端兵みたいな格好ですけど」

「あまり人を外見で判断しない方がいいよ。こんな格好でも第一機械化歩兵隊の隊長なんだから」

「えっ、この人が隊長……?」


 雪が訝しむように目の前の男を見る。だが目の前にいるのは、どこからどう見てもオーラどころか威厳もないただの青年である。こんな人物が隊長の部隊があるとは、雪にはにわかに信じ難かった。


「――まさか、それも嘘ですか」

「いやいや本当だって。こんな人でも、大型クラスの討伐数は、ユキの数十倍はあるんだから」

「本当ですかね、ノエルさんの言う事は信じられませんから」


 その言葉を聞くと、ノエルがけらけらと笑った。何がおかしいのだろうか。

 というか、先程からアルバートの表情が良くない。まあ、自分の悪口を言われているようなものだから当然といえば当然なのだが。


「無理ないよ。アルバッさん、色んな隊長たちの中でも特に問題児だからね」

「……誰がアルバッさんだ。次にその名前で呼んだら真っ二つに叩き斬るぞ」

「はいはい怖い怖い、バッさん怖いねー」


 極限並みと言っていいほどの棒読みである。身分や立場を一切考えないノエルだから出来る芸当だ。

 ただ、一応は別の呼称を使っているので、警戒はしているのだろう。他人にあだ名をつけただけで叩き斬られるのは、さすがの彼女でも嫌なのだろう。

 ちなみに言うまでもないことだが、言われた側のアルバートはご機嫌斜めである。今にもノエルに斬りかからんと言うほどの鋭い目つきで彼女を睨み続けているのだ。


「ちょっとノエルさん、少しは物事を考えて喋ってくださいよ」

「大丈夫だって。殺すって言って本当に殺すことは十中八九ないって何かで聞いたことがあるから」

「残りの一、二割に当たらないとも限らないんですよ……」


 はぁ、と雪が肩を落とす。少しくらいは、近くにいる雪の気持ちも考えて欲しいものだが、ノエル本人には反省など最初から頭にないようである。というか、むしろ嬉々としている。


「まあ立ち話もなんだし、一旦中に入ったほうが良いかも知れないねぇ。細かくは分かんないけど、バッさん、うちのもう一人の近距離担当に用があるんで?」

「……ああ、その通りだ」


 アルバートが諦めたようにため息をついた。ノエルは言っても聞かないタイプの人間だ、ということに気が付いたらしい。

 というより、最初から気付いて欲しいものだが。

 なにはともあれ、話がひと段落したのは事実である。三人は、ウィルを探しに屋内へと入っていった。


 * * * * *


「……ごめん、サンドイッチしかなかった」


 ウィルは、部屋に入ると申し訳無さそうに言った。その手には、まさにサンドイッチ入り、と言わんばかりの小さなバスケットが握られている。


「――ああ、構わんさ。無いよりはよっぽどいい」


 ぼうっと何もしないまま考え込んでいたアーリーは、外を見るのをやめてウィルの方を見た。

 ちなみにこの医務室は二階である。ベッドのある位置から外を見たところで、空しか見えないのだが。


「なら良かったよ。第一分隊が足りない分の食料も買ってきてくれるといいんだけどね」

「……それはどういう意味だ?」

「あ、そうか。言ってなかったね。昨日から第一分隊がエリア1に行ってるんだよ」


 アーリーはようやく、起きてから自分の感じていた違和感の正体を知った。目を覚ましてからほとんど物音を聞かないと思ったら、そういうことだったのか。確かに、三階を使っている第一分隊が居ないのならば、音もほとんどしないだろう。


「ふむ、ならば合点がいくが……理由は何だ?」

「確か、新しい大規模作戦があるんだって。本当はアーリーも呼ばれてたみたいだけど、意識が戻らなかったから置いてかれたみたい」

「……反対意見を突き通すから、の間違いだろう。どうせ私が反対したところで、計画自体は変わらないだろうがな」


 自虐だ。いや、事実を言っているだけか。

 どちらにせよ、彼女を置いていったハンナたち第一分隊の判断は賢明だと言えるだろう。アーリーを連れて行って得なことなどほとんどない。会議や報告が無駄に殺気だち、延長し続けるだけである。


「…………」

「…………」


 二人の話す話題が無くなった。

 いや、先ほどの発言で話しかけづらくなった、といったほうが正しいかもしれない。


「……ねえ、ちょっと考えてみたんだけどさ」


 数秒間の緊迫ののち、ウィルが口を開いた。


「考えてみた? 何をだ?」

「ああうん、アーリーが食らった攻撃の事なんだけど、もしかしたら原理が分かったかもしれないなーって。」


 アーリーが驚いた顔でウィルの方を見る。


「……本当か?」

「あくまで推測なんだけどね。多分遠くはないと思う」


 よいしょ、と言いながらウィルが椅子に腰を下ろした。


「あれ、『空気砲』……みたいなものじゃないかな」

「空気砲? 段ボール箱に穴を空けて作る、あれか?」

「うん、原理的にはそれに近いものだと思う」


 何を言っているのだろう。アーリーには意味が理解できなかった。

 どう見ても、あの形からして敵に空気砲の機構が備わっているとは思えない。敵は球体で、しかも穴など空いていないのだ。


「……信じられないのも無理ないと思うよ。威力も、方法も、多分普通のとは桁違いだから」

「だろうな。――で、どんな原理なんだ? 私にはさっぱりなんだが」

「想像だけど、あの急に凹んだ部分、あったよね。あそこが鍵だと思う」


 成る程、確かにあの攻撃の直前、球体型の一部が変形して凹んでいた。現象の原因を考えるとすれば、一番怪しい行動だろう。


「確かに、それも一理あるな。そもそも他に推理材料がないといえば終わりだが」

「うん、あれしか僕には考えられなくて……」

「まあいいさ。もう少し詳しく聞かせてくれないか」

「分かった。……それでね、あの凹んだ部分、あそこが戻る瞬間に、そこにあった空気の塊を押し出したんじゃないかなー、って思ってさ」


 ウィルの言ったその考証は、存外普通のものだった。

 確かにあの敵の動きから考えればその結論に達するのは当然といえば当然だ。だが、もう少し捻ったものかと思っていたアーリーは、その答えの簡単さに拍子抜けした。


「……だが、それなら敵の習性は間違っていた、という結論にしか達しないぞ?」

「そこなんだよね、僕も引っかかってるのは。そこさえ分かれば良いんだけど」

「真実は闇の中、か」

「多分ね」


 再び、無言の緊張が二人の間に流れる。重苦しい話の後だからか、先ほどよりも雰囲気が少し暗い。


「……そうだ、アーリーお腹空いてたんじゃなかったっけ?」

「ああ、そうだったな。サンドイッチを持ってきてもらったんだったか」

「うん。っていうか作ったんだけどね」


 まさに才色兼備を具現化したような人物だな、とアーリーは思った。

 とはいえ、サンドイッチくらいなら彼女にも作れるのだが。味は別として。


「あまり材料がなくて、そこまで量はないけど、良いかな?」


 ウィルがバスケットを開く。中には、数個のサンドイッチが入っていた。

 そのパンの耳は綺麗に切り取られており、中に詰めてある具のセレクトも配置も完璧だ。

 だが、それを見たアーリーの表情は、あまり良くはならなかった。


「……レタスは、あまり好きではないんだがな」

「まったくもう、好き嫌いしてたら成長しないよ?」


 ウィルが、嫌そうにサンドイッチを見つめたままのアーリーを良い咎めた。


「……私は今の身体で満足だ。これ以上育ってもらっても困る。身長も、体重もな」

「胸は?」

「ほとんど育たないお前が言うな」


 ギロリ、とアーリーがウィルを睨みつける。どうやら地雷を踏んだらしい。


「ごめん、ちょっと言いすぎたかな」

「…………」


 アーリーが無言のままサンドイッチを頬張る。なんだかんだ言っても食べるには食べるのである。

 ウィルは優しく微笑むと、彼女から目線を外して外を見た。

 外には、少し雲がかかり始めていた。

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