Ep.14 察知〜Sensing〜

「さて、二人ともそろったか。それでは、これより対人戦闘テストを始める」

 

 アーリーが腕を組み、二人の前に立った。

 雪はこのテストのために結構前から起きていたようで、意識は比較的はっきりしていた。反面、ノエルは半分くらい寝ているも同然だ。先ほどから、鼻提灯を作りながらうつらうつらとしている。

 近くのベンチでは、部屋に一人にすると悪いからという理由で半強制的に連れてこられたイリスが睨むように雪たちを見ていた。ただ、文句は一切言っていないだけノエルよりいい子だったのだが。


「じゃあ、まず二人にはこれを使って模擬戦を行ってもらおうか」


 アーリーはそう言うと、二人の前にあるものを投げた。


「竹槍? こんなもの、いったい何に使うんです?」

「近接槍系装備は、サテライトにあまりダメージが通らないって事で実戦配備はストップされたって聞いたけどねぇ。まさかこんなところで見ることになるとは思わなかったよ」


 二人が地面に置かれた竹槍を見て驚愕する。パッと見は特になんの特徴もない竹槍。強いて言えば先の方があまり鋭くない所くらいだろうか。


「まあ、そう言わず一度持ってみろ。きっと驚くぞ」

「竹槍なんて日本にだって……何これ!?重いっ!」


 重い。どす重い。ダンベルを五個、一気に持ち上げたよりも重い。はっきり言ってしまうと、あの雷火よりも重い。流石に大型機関砲などよりは軽いのだが。

 あまりの重さに右腕が耐えられなくなりそうだ。雪は後のことも考え、一旦、竹槍を地面に置いた。


「中に鉄塊が埋め込んである。私も、片手で持てるようになるには苦労したものだ」


 アーリーが地面の竹槍を、片手で軽々と持ち上げた。


「……すげー」


 雪の隣で、ノエルが驚愕している。さすがの彼女でもこれには驚きを隠せないようだ。


「このくらいなら、一ヶ月もあれば片手で持てるようになるさ。単純に筋力を上げればいいだけだからな」

「その筋力上げが大変なんだけどねぇ。実際、面倒くさくて途中でやめることになるし」


 それは単に根性がないだけでは無いのだろうかと雪は突っ込みたくなったが、言おうとした途端、アーリーの次の言葉に遮られた。


「フフッ、だったらやめられないようにしてやるさ。とりあえず、まずは模擬戦をやってみろ」

「了解。まあ、楽勝で瞬殺することになると思うけど」


 まったく、生意気言っちゃって。私の成長を知らないくせに。雪はこの二ヶ月間自分の行ってきたことを思い出した。

 これなら勝てる。雪は自分の成長をノエルに見せるべく、目の前の竹槍を掴んだ。

 もちろん、片手では持ったまま戦うことなどできそうもないので、両手持ちではあるのだが。


「いつも近距離で戦ってる分、私の方が有利なんですよ! さあ来いっ!」

「面白いねぇ……徹底的に叩き潰してやろうじゃないの。半殺しは覚悟しときな!」


 二人は同時に叫ぶと、お互いに、初撃を当てようと走り出した。

 先手を取ったのは雪だ。手に持っていた竹槍を、まるで野球のバットのようにスイングする。

 だが、大振りすぎたらしく、ノエルには軽く弾かれてしまった。


「あっ……」


 まずい。竹槍が弾かれてしまった今、とっさにガードできるものはない。すなわち丸腰同然だ。


「もらった!」


 ノエルが一撃でトドメを刺そうと、全力で突きをかます。

 だが、突きは斬撃や横薙ぎの打撃とは異なり、点を狙う攻撃だ。ガードは難しいが、避けるのは比較的たやすい。

 雪は身体をくねらせるようにして迫る刃先を回避すると、その流れのまま弾かれていた竹槍を力の限り引き戻し、叫び声とともに、ノエルの腹部へと叩き込んだ。


「おりゃあっ!」

「うぐっ……」


 呻き声を上げ、ノエルが軽く吹き飛ばされる。が、クリティカルヒットとまではいかなかったようで、すぐに起き上がってきた。


「面白いねぇ……次は私がやり返す番かな」


 ノエルが再び竹槍を握り締める。次は手加減すらしてくれなさそうだ。


「待った。とりあえず今はここで戦闘終了だ」


 ノエルの危ない雰囲気に気が付いたのか、アーリーが間に入って戦いを止めた。


「どうしてです? まだ勝負は終わってないですよ」

「対人戦闘能力を見るだけなら今ので十分だ。それに、竹槍でなかったら、今の一撃は致命傷だからな」


 なるほど。確かに今のが斧であれば即死コースだ。

 負けと言われたノエルは悔しくて仕方なさそうだが、審判が決めたことだ。仕方ない。

 アーリーはひとまず二人から竹槍を取り上げ、すぐに負けたノエルに指示をした。


「負けたノエルは、まず腹筋を五百回、スクワット六百回だ。早くしろ」

「ろっぴゃく……流石にそれは多すぎるんじゃないかねぇ?」

「負けたんだから文句を言うな。それとも七百回ずつがいいのか?」

「すいませんでしたいますぐやります」


 ノエルが急いで腹筋を始める。どうせやるなら最初からやった方がいいのでは、とも雪は思ったが、ノエルだから仕方ないのだ。


 数分後、課されたトレーニングを全て終えたノエルが地面に突っ伏した。息が切れている。


「お、終わった……ちょっと休憩……」

「駄目だ。次はもう一度模擬戦だ。それで負けた方はもう一度今のトレーニングをやってもらう」

「嘘っ!? 今のもう一回やんの!? 死ぬって、まじ死ぬって!」


 ノエルが全力で抗議する。確かに今の状態で模擬戦をした上で再度今のトレーニングをするのはかなり大変だろう。


「この位で音をあげてもらっては困るな。さっきの分も合わせて合計十回の予定だったのだが」


 嘘でしょ。雪は心の中でそう呟いた。そんなにやったら流石に全勝しても模擬戦だけで疲労が溜まってしまうだろう。というか、一回終わっただけの今でもかなり腕が痛い。

 と、突然、雪は後ろから裾を引っ張られた。


「ユキ、なにか、こっちにくる」


 雪が後ろを振り返ると、そこにはベンチに座っていたはずのイリスが立っていた。もう先ほどまでの眠そうな雰囲気はない。

 雪が周囲を見回してみる。だが、いるのはノエルとアーリーだけだ。それ以外には人どころか動物の姿すら見えない。


「どうしたの? 何かって、何?」

「わかんない。でも、なにか、くろくてまるいものが、こっちにくるのが、みえた」


 黒くて、丸いもの。アルゴスだろうか。いや、あれは動かない。だったら何だろう。雪は頭の中がこんがらがりそうになった。


「丸くて黒いなら、球体型じゃないか? 確かユキは見たことは無かったと思うがな」


 ノエルを説き伏せた様子のアーリーが隣から口を挟む。〜型、ということはサテライトを表しているのだろう。


「そんなサテライトもいるんですか。……どうやって動くんだろう?」


 転がるのか?いや、浮きながら動くのだろうか。あるいは跳ね回るのだろうか。某ロボットアニメの緑の球体型ロボットを思い出し、雪はクスリと笑った。


「私も話に聞いただけだからな。どうやって動くかまでは知らん」

「そんなに珍しいんですか、一度見てみたいですね。弱ければ良いんですけど」


 大体のサテライトは、珍しい形のものほど強い。獣型より鳥型、鳥型より大獣型、といったところだ。球体型ともなればかなりの強さを誇るだろう。


「それで、球体型がどうかしたのか?」

「いや、イリスちゃんが、それがこっちに来るのが見えた、って。発生の情報とか来てませんか?」

「そんな情報は来ていないはずだが……おや?」


 アーリーが何かに気づく。雪もそれにすぐに気がついた。

 サイレンの音がなっている。即ち、敵襲だ。


「ユキ! ノエル! 急いで武装庫へ行くぞ。我々の出番だ」

「了解。なんでこんなに疲れてる時に敵がくるかねぇ……」

「文句言ってないで行きますよノエルさん。イリスちゃんを連れてくるの、忘れないでくださいね」


 三人と一人は、急いで建物内の武器庫へ向かって駆け出した。

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