第一章〜First Chapter〜
Ep.11 探索〜Exploration〜
「壮観だな」
金髪の少女が、歩きながら独り言のように呟く。
その右手には自動小銃、いわゆるアサルトライフルが握られている。
「……私はそうは思いませんけどね。まるで地獄ですよ、ここは」
となりにいた少女が答えた。その腰には刀の鞘のようなものがかかっている。
不意に強い風が吹く。付近の硝煙の匂いが少女達の鼻を突き刺すように刺激してくる。
付近には何もない。いや、正確には建物が乱立しているのだが、それは今は住居『だったもの』に過ぎないのだ。
ここは旧市街。もうすでに、というか十年以上前から人は住んでいない。たまに動物が迷い込むくらいだ。
そんな場所で、二人は何をしているのか。それには、一つの目的があった。
「ところで、本当にここで人らしきものが動いてるのが確認されたんですか? パッと見、虫すらいませんけど」
刀を持った少女が尋ねた。事前に理由は聞いていたものの、いまいち納得できないらしい。
「情報源自体は信頼できる――ただ、あくまで一瞬見た程度だから本当に人かは不明だ」
金髪少女が目線を前に向けたまま言う。信頼できる人物から聞いた話ではあるが、聞いた本人も少し懐疑的のようだ。
「それにしても、お前も慣れてきたものだな。武器の使い方もわからず防戦一方で、その上、戦闘が終わった途端気絶していた初戦とは大違いだ」
「それ、私の中ではもう黒歴史みたいなものなんで忘れてください」
「まあ、確かに二ヶ月も前のことだ。いくらお前でも忘れたくはなるだろうな」
金髪の少女が小さく笑う。刀を提げた少女は恥ずかしそうに下を向いた。
しばらく歩くと、人らしきものが確認されたポイントに着いた。確かに何かがいたのは間違いないようで、瓦礫が一か所に固められている。
「ここみたいですね。探しましょうか、アーリーさん」
「分かった。ユキは北側を探しておいてくれ。私は南を探す」
二人は左右の道に分かれると、会話をやめて黙々と探索作業を開始した。
通常、この地域での人の捜索は二人以上で行う。旧市街といえど建造物が乱立しているうえにかなり入り組んでいる部分もあるため、探索に行った人が行方不明になったことも稀にあるのだ。
雪がふと何かに気付く。その目線の先には一つのマンションがあった。
入口は塞がれていたので、ガラスの外れた一階の窓から中へと入ってみる。入り口の様子から考えて瓦礫だらけなのかとも思っていたが、意外と中はがらんとしていた。
近くの床を指でなぞってみる。かなり昔から人は住んでいないはずなのに、指の腹には埃も塵もつかなかった。
間違いない。ここには、何かがいる。雪はそう確信すると、ドアを開けて廊下へと出てみた。
やはりそこにも瓦礫はなかった。壁に何かがはがれた跡が見える。それでも付近に何かはがれたものは見られない。
人がやったんだ。雪は無意識にそう感じた。普通、動物は瓦礫を嫌わない。身を隠す場所になるためだ。
「だれか、いますかー? いたら返事してくださーい」
雪が呼びかけてみる。別にここに人がいるとは限らないのだが、誰かがいた場合のことも考えての行動だ。
奥の方で何かが動く音がした。返事がないためまだ人間だとは限らない。もしかしたら、自分たちに危害を加えるような危険な人物が潜んでいるかもしれない。雪は周囲を警戒しつつ廊下を進んだ。
ガラスのない窓から太陽の光が射し込んでいる。今は昼だからまだいいが、夜になったらかなり寒くなるだろう。
廊下の奥には、一つのドアがあった。付け根の部分のネジは数本外れており、力強く開ければドアごと外れてしまいそうなほどボロボロだ。耳を澄ましてみると、何やらうごめくような音が聞こえる。どうやら物音はこの中からしていたらしい。
雪が恐る恐るドアを開けてみると、中にはダンボール箱が一つ置いてあるだけだった。
「あれ、何もない? 変だな……?」
雪が周囲を見回しながらダンボール箱へと近づく。雪が中を覗き込んでみると、そこには物音の原因が堂々と鎮座していた。
「何だ、ただの猫かぁ。うーん、もう他にめぼしいものは無い、かな」
雪は猫を保護しようとしてかがみ込み、そこで気がついた。
待て、ダンボール箱の中に猫。確かによく見る組み合わせではあるが、それはあくまで人の居る住宅地などでの話。自然界でそんなことをしている猫など見たことがない。
雪の後ろで、ガシャン、という何かが落ちたような音がした。
振り向いてみると、扉のところに小さな少女が立っている。怯えている様子の少女の身体は小刻みに震えており、足元には手に持っていたのであろう金属製のトレーと、白い皿が中身ごと落ちていた。
白い髪、白い肌、白い服、そして、蒼く輝く目。その少女の姿は、まるで何か作られた人形のようなものを感じさせるようだった。
「もしかしてこの猫、あなたの? ごめんなさい、急に入ってきて。驚かせちゃった?」
雪は笑顔になって少女に話しかけた。少女の方も、こちらに敵意がないと悟ったのか、怯えが少し収まっている。
「あなた、名前は? 他に誰か、お父さんとか、お母さんとか、いるかな?」
笑顔のまま雪が尋ねる。他に人がいるならば、そちらも確認しておきたい。
だが、少女は首を横に振った。誰もいないという意思表示だろうか。
雪は少女が首を横に振るのを確認すると、アーリーに無線で呼びかけた。
「アーリーさん、見つけましたよ、一人。女の子が一人です」
『そうか。なら、先ほどのポイントまで連れてきてくれ。時間的にも、今日の探索はこれで終わりになりそうだ』
無線からアーリーの落ち着いた声が聞こえてくる。今日の、という言い方から、もう一度行く可能性もあるのだろう、と雪は思った。
雪は少女の方に向き直ると、外見をもう一度見直した。
人は食べ物や水がないと数週間、短ければ数日で死に至る。だが、少女は一見したところやつれてはいるが健康そうだ。どこかに井戸や食べ物の貯蓄してある場所があるのか、ここにきて間もないのだろうか。
少女の着ているものは白いワンピース一枚だ。流石に下着は見ることができないが、装飾品を身につけていないことや髪がボサボサなことから考えると、おそらくそこまで裕福な家庭の子供ではなかったのだろうと推測される。
一通り思考を終えると、雪は覚悟を決めて告げた。
「私は、あなたを保護しにここへ来たんだ。もしあなたが許可してくれるなら、私達と、一緒に来てくれないかな?」
少女は少し驚いたような顔をしたが、言葉の意味は理解してくれたようで、少し考えてから首を縦に振った。
「よし、決まり。さあて、猫は私が運び出すから、後からついてきてね」
雪はくるりと身体をひるがえすと、猫をダンボール箱ごと持ち上げた。思っていたよりも箱は軽かった。
雪は、先程入ってきた窓のある部屋を目指して歩き出した。後ろから少女がとことこと歩いてついてくる。
「そういえばあなた、名前は? いちおう聞いておきたいんだけど」
雪が歩きながら少女に尋ねる。先程も尋ねた質問だが、答えは聞けなかったのだ。
「……イリス。そう、呼ばれてた」
少女は呟くように言った。音量は小さかったが、その透き通るような声は耳だけでなく頭の中で響くかのように聞こえた。
「イリスちゃん、か。いい名前だね」
雪は窓の外を見て言う。外は、まるで古い城下町のような、不思議な美しさを醸し出していた。
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