Ep.10 初戦~First battle~

「到着だ。ディーナを起こしてくれ」


 アーリーが車に揺られている四人に言う。だが、先程からずっとディーナは起きている。ノエルが一人で延々と武勇伝を語り続けていて寝るどころではなかったのだ。単純に今の言葉を言うのが癖になっているだけで、後ろは見ずに言っているのだろう。

 輸送車が急ブレーキで停止した。まさかそんなに急に止まると思ってはいなかった雪は、慣性の法則に従って運転席と貨物部分の間にある壁に叩きつけられた。初戦ということで気合が入って、いの一番に輸送車に駆け込んだのが仇となったか。いや、他人に当たるよりはマシだったかも知れない。そう思いながら痛む腰を抑えて周りを見てみると、何故かノエルは近くにあった柱につかまっていて無事である。予知能力でもあるのだろうか。雪は怪訝そうな顔をして彼女の方を見た。


「私に予知能力なんて無いよ。さて、着いたみたいだし降りようかね」

「今、心読みましたよね。一体どうやったんですか? ねえ?」


 雪が詰め寄る。尋ねられたノエルは目をそらして無視を決め込んでいる。話す気は無いようだ。

 五人が輸送車から降りると、アーリーの持っていた探知機から警報音が鳴った。


「右前方、七百メートルの位置に獣型ビースト一体、左前方、約五百メートルに大獣型ヒュージ・ビースト一体と獣型ビースト一体を確認。私とウィルで左の二体をやるから、ノエルとセリザワは右の迎撃に向かえ。ディーナはいつも通り長距離支援を。ただ、危険度が高い大型ヒュージが最優先だ」


 アーリーが探知機を見ながら四人に指示を与える。分け方としては中距離と近距離が一人ずつ、二組できるわけだから妥当である。だが、雪には新人を戦力として使えるか確認するためのチーム分けに思えてならなかった。倒せなければ死ねとでも言うのだろうか。

 指示を聴き終えると、最も移動距離の長いディーナが無言のまま射撃地点に走っていった。残る四人もすかさず二組に分かれて走り出す。


「いくら二対一とはいっても、私たち二人でなんとか出来るものなんでしょうか? ノエルさんの武器、弾数に限りがあるんですよね。撃ち尽くしたらどうすれば良いんでしょう……」

「大丈夫、大丈夫。何の為に雷火があるんと思ってるんだい。それがあればサテライトの一体や二体、楽勝で倒せるから」


 自信過剰とも思える台詞だが、前の戦いのロケットランチャーの破壊力を見ればそこまで不思議ではない。むしろ彼女の作る武器が凄過ぎるとも言えるだろう。弱点がないわけではないが、少なくとも、制式採用型の機関砲よりは信頼できる。実戦経験のない雪にとっては力強い味方だ。

 ちょうど六百メートルくらい走った頃だろうか。突然、近くから足音とともに獣の咆哮のような声が聞こえてきた。


「敵が近づいてきたみたいだねぇ。さて、やるよ」

「了解です、やってやりましょう」


 二人が急停止する。走っているだけでもかなりのスピードだったようで、タイヤ痕のような焦げ跡が足元に出来ていた。

 こちらの気配に気づいたのか、獣型サテライトが建物の陰から飛び出してきた。一概に獣型といっても前とは違い、今回は狼のような形だ。実際の動物より数倍大きいのは同じなのだが。


「先手必勝! ターゲットロックオン、初弾発射ぁ!」


 ノエルが突然、ロケットランチャーを発射した。やられる前にやる、というのは確かに有効な手段ではあるのだが、前回の戦いを見ていた雪にはもうその後の展開が分かっていた。

 避けられる。間違いなく。

 雪はそう判断すると、とっさに身構えた。前回の流れからいくと、避けた勢いのままサテライトが突っ込んでくるのだ。

 だが、その考えは杞憂に終わった。

 サテライトにロケット弾が命中し、爆煙が周囲に立ち込める。この程度の距離なら、サテライトにしてみれば避けられない距離でもなかったはず。なぜ避けなかったのだろうか。


「やったか!?」


 ノエルが叫ぶ。おそらく倒しきれてはいないだろう。いくらサテライトといえど、自分の許容を超える攻撃を避けない事は考えられない。

 煙が切れ始めると、雪は目の前の光景に絶望した。


「無傷!?」


 傷一つ無い黒い体。口角の上がったその口元は、まるでほくそ笑んでいるかのように思えるほどだ。


「効いてない? そんなことがあるわけ……」


 ロケットランチャーを発射した本人は、あまりのショックにへたりこんでしまっている。攻撃力を究極まで強化した自信作が無傷で弾かれたのだから、当然と言えば当然なのだろうか。

 これはまずい。雪が心の中で呟く。一人は戦意喪失のうえ攻撃が通じず、もう一人も攻撃が通じるか不明な上に実戦は初めて。こんな状況ならば、敗北はほぼ確定的だ。

 獣型はまるで二人の絶望を感じ取ったかのように大きく雄叫びをあげると、明確な殺意を持って、雪たちへと飛びかかっていった。


 * * * * *


 耳に付けた無線から乾いた金属音がした。


「どうやら向こうが戦闘を始めたらしいな。こちらも早めに終わらせて合流するぞ」

「了解、五分で終わらせようか」


 アーリーとウィルが加速する。ただでさえ大型がいる上に二体だ。時間をかけていては、薬切れで二人の方が先にやられてしまうだろう。

 二つ目の角を曲がると、五十メートルくらい先に巨大な黒い獣のようなものが見えた。四脚で立っているところから察するに、速度が速そうだ。

 目を凝らしてみると、近くに同じような形の小さい獣も見える。どうやら二体一緒に行動していたようだ。

 二体に囲まれると厄介だ。先に小さい方をやってしまわなくては。アーリーはガトリング砲を小さい方の獣型サテライトに向け、照準を合わせた。


「照準よし、六式拡散弾装填、射撃用意、撃てぇ!」


 アーリーの持つガトリング砲から無数の弾丸が発射される。向こうはまだこちらに気づいていなかったようで、回避行動がとれず、数秒後には穴だらけになった。どうやら核まで貫かれたようで、サテライトが膝を折って倒れる。

 残り一体。アーリーは心の中でそう呟くと、ウィルとともに大型サテライトの方へと駆け出した。二十ミリの弾丸では、遠距離から大型サテライトの装甲を貫通することは期待できない。拡散弾なら特にだ。

 走りながら、アーリーは装填する弾丸を拡散弾から装甲貫徹弾へと変える。十分とは言えないが、少なくとも先ほどよりはマシなはずだ。


「ウィル! 一瞬でいいから奴の動きを止めろ!」

「了解!」


 ウィルが強く地面を蹴って大型の懐に飛び込む。まずは前脚をぶった切ろう。そう思ったウィルはクロウスライサーを低めに構えると、サテライトに対して刃を横向きにしたまま切りつけた。


「残念だけど、しばらく止まっててもらうよ!」


 クロウスライサーの四本の刃がサテライトの両前足を切り裂く。体重を崩したサテライトはそのまま顎から地面に倒れこんだ。


「アーリー! 今だよ!」

「了解。装甲貫徹弾の装填完了、射撃開始!」


 アーリーがガトリング砲の引き金を引いた。機械のような振動音とともに次々と弾丸が発射される。先ほどと比べると弾速は遅いが、装甲の貫通のために作られたその弾丸は、次々とサテライトの体にめり込んでいく。が、全く核に命中する気配がない。装甲は撃ち抜いているので、内部で何かが阻んでいるのだろうか。

 十秒ほど撃ち続けていると、突然、大獣型が咆哮を上げた。気が付くと、いつの間にか前足が再生している。サテライトはゆっくりと二人の方を向くと、巨体を揺らしながら近づいてきた。


「こいつ……回復が早すぎる!」

「アーリーは下がってた方がいいみたいだね。中距離砲じゃ歯が立たなそうだ」


 ウィルはクロウスライサーを身体の前で構えた。銃がだめなら、切り刻めばいい。単純にそれだけのことだ。

 ウィルは覚悟を決めると、アーリーの制止を振り切ってサテライトに切りかかっていった。


 * * * * *


 旧市街地に、何度も乾いた金属音が響き渡る。

 防戦一方の雪の体は、もう限界寸前だった。全身に細かな傷ができている。何度も弾き飛ばされ、壁に叩きつけられてできた傷だ。


「守ってるだけで精一杯、早く応援を呼ばないと……」


 だが、頼みの無線は何回も弾き飛ばされたせいで壊れてしまったらしく、延々とノイズばかりが流れている。

 ノエルは先ほど残弾をすべて撃ち尽くしたため、奥のビルの陰で助けを待っている。近距離戦は苦手だと言って、戦闘を替わってはくれなかった。

 再びサテライトが雪に向かって突進してくる。雪は急いで刀を構えてガードした。

 乾いた金属音とともにサテライトの重みがずっしりと体全体にかかってくる。


「っ……もう……力が……」


サテライトに押し負けた雪が壁に叩きつけられる。雪の背中で、背骨が軋むような音が鳴った。激しい痛みに耐えきれず、雪が倒れこむ。


「うぅっ……痛い……」


 サテライトが雪にとどめを刺そうと近づいてくる。瞳が蒼い光を帯びていて、まるで宝石のようだ。

 動かなければ、殺される――雪には容易にその様子が想像できた。だが、もう雪の脚には、立ち上がるほどの力すら残っていなかった。

 雪は諦め、目を閉じた。遠くで爆発音のような音がする。ああ、そういえば、ノエルさんを逃がさないと。少しだけでいい、時間があれば……。

 ノエルの目の前に立ったサテライトが右の前足を大きく振り上げる。そして――その腕は、サテライトの身体を巻き込んで、爆散した。

 攻撃が来ないことを不思議に思った雪が目を開けると、そこには半身を失った獣型サテライトが横たわっていた。その眼には先ほどまでの光はない。核ごと半身が吹き飛ばされたようだ。

 この光景、どこかで見たことがある。ここまでの破壊力がある武装を使えるのは、雪たちの部隊には一人しかいない。


「そっか……ディーナさん、ちゃんと……よかっ、た……」


 ホッとした雪が気を緩める。これならもうノエルにも危険が及ぶことはない。

 遠くからアーリーたちが走ってくるのが見えた。おそらく残る二体も倒したのだろう。雪は再び安堵し、目を閉じる。もう、彼女には動く気力は残っていなかった。

 そして、彼女は深い意識の底へと落ちて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る