Ep.09 早暁〜Daybreak〜
「う……ん……?」
呻き声を上げながら、雪がゆっくりとベッドから身体を起こす。時計はまだ五時十二分だ。
雪はぼんやりとした頭で昨日の夜のことを思い出す。
確か、ウィルと別れた後、嫌がるノエルを部屋場で連れて行ったはず。それでここで寝ているということは、おそらくノエルを寝かしつけるのに成功したのだろう。
「ちょっとー、目覚まし止めてくれない? めちゃくちゃうるさいんだけど」
上のベッドからノエルの声が聞こえる。確かに先程から目覚ましがけたたましくベルの音を発している。慣れている雪にとってはそこまで苦ではないのだが、普段目覚ましなど使いそうにないノエルにとっては、せっかく寝ていたのにうるさい音を発する邪魔者のようなものなのだろう。
「はいはい。さて、五時半にはこの部屋を出るから急いで着替えておいてくださいね」
「もう着替えてる。キミの分の着替えも用意してあるから、机の上を見てみなよ」
雪は目覚ましを止めると、ベッドから這い出て机の上を見た。と、同時にノエルにツッコミを入れる。
「なんでメイド服なんですか、殺しますよ?」
机の上に置いてあったのは、見紛う事ないメイド服であった。別に雪もそういう類に詳しいわけではないが、さすがにそのくらいの知識はある。
「あー、寝ぼけてるから大丈夫かと思ったけどやっぱりダメだったかぁ。っていうかキミ、敬語で喋ってるけどもう私に対して敬意が全くないよね」
「今までのノエルさんの言動を見てれば自然にそうなりますって。で、本当の着替えはどこなんですか」
「出してなーい」
なんでこんな服出している暇はあったのに本物の着替えは出していないのか、と雪は言いかけたが、これ以上言い合っていても時間の無駄だと思い直し、着替えを出そうとスーツケースの方に向き直る。どうやらあのノエルといえど雪の私物までは手を出さなかったようで、中の荷物は綺麗に整頓されたままだ。
「うーん、どの服がいいかなあ。動きやすくて汚れてもいい服……まあ、これでいいかな」
スーツケースから緩めのショートパンツと長袖のシャツを引っ張り出す。シャツは汚れる事も考えて、白ではなく黒を基調としたデザインの物だ。
「これじゃちょっと寒いかな……上着も着て行こっと」
ガサガサとスーツケースの奥の方をあさって濃い青色のジャケットを取り出した。雪がふと後ろを振り向いてみると、ノエルが興味深そうに雪の行動を観察している。
「……何見てるんですか」
「いや、こだわるもんだなぁ、と思ってねぇ。私なんか大体いつも同じデザインだから、そんな風に着る服を考えたことなんてなくてさ」
そう言うノエルの服は、昨日からずっと飛行服のままだ。正確には服自体は変わっているのだが、全く見え方はにこだわる気がないようで、雪の普段着と比べると圧倒的に地味だ。
というか、飛行服自体、普段着にするような物ではない。
「帰ってきたら一緒に服でも買いに行きましょうか。もちろんノエルさんの自腹で」
「いいよ。ただ、キミの分までは払わないからね!」
ノエルと喋りながら着替えていた雪が思い出したように時計を見ると、もう五時三十二分だ。予定より少し遅れてしまったが、集合は六時なのだからそこまで問題ではない。雪は急いで着替えを終えると、ノエルを連れ、武装庫へと足を急いだ。
* * * * *
二人が武装庫に到着すると、そこではもうアーリーがガトリング砲のメンテナンスをしていた。ウィルとディーナはまだ来ていないようで、ガチャガチャと金属の擦れる音だけが響いている。
「おや、まだ集合までは十五分程あったはずだが……流石は日本人、というところか」
雪たちに気付いたアーリーが独り言のように呟く。別に日本人だから早い訳ではないのだが、アーリーの頭の中には、日本人は集合が早い、という情報がインプットされているのだろう。それを聞いたノエルは自分にかけられた言葉がないと判断するや、すぐさまアーリーに向けて言葉を吹っかけた。
「ねえねえ、本当は私の方が起きるの早かったんだけど、そこについては何か言及はない?」
「どうせ雪のかけた目覚ましで勝手に起きたんだろう」
「ううっ……」
図星である。アーリーの放った言葉の槍がノエルの心をぐさりと貫通する。どんな煽りや皮肉も通じない彼女であるが、さすがにここまで的確に起こったことを言い当てられては反論のしようがないらしい。
「そういえば昨日ウィルから聞いたが、セリザワは武装を近距離型にするそうだな。これで近距離が二人、中距離が二人、遠距離が一人。そう考えれば、バランス的には悪くない編成状況かも知れん」
アーリーが冷静に編成状況を再確認する。正確にはノエルが中距離と自分で言ったわけではないのだが、アーリー自身、ノエルが使った武器がロケットランチャーか何かだということは理解している。おそらく、それを踏まえて中距離担当に組み込んでいるのだろう。
「そうだ、昨日は言い忘れていた敵の状況を話しておこう。ちなみにウィルにはもう既に伝えてあるから、あと残っているのはお前達だけだったはずだ」
「ああ、そういえば確かに昨日は聞きませんでしたね。それで、敵は今どんな状況に?」
「
アーリーがガトリング砲から目を離さずに言った。前回の弾詰まりがよほど堪えたのだろうか、やたらと給弾回路ばかりを重点的にチェックしている。
「そういえば、ディーナさん達は起こして来なくていいのでしょうか? もうすぐ六時ですよ」
「まだ八分あるだろう。まあ、確かにそろそろ起きてきてもいい頃合いだが……」
アーリーがガトリング砲から視線を外して扉の方を見る。すると、ガチャリ、という音がして扉が開いた。
「ディーナを連れてきたよ。これで全員集まったみたいだね」
部屋にウィルたちが入ってくる。意識がはっきりとしているウィルと比べ、連れてこられたディーナの方は目が半開きで今にも寝てしまいそうだ。どうやら本当に無理やり連れてきたらしい。
「いつもすまないな、私も時間さえあれば起こして連れてくることくらいはできるのだが……」
「いいっていいって。いつもの事だから、もう慣れたよ」
あはは、とウィルが笑う。いつもいつも起こされるディーナの方はたまったものではないようだが、実際のところは放っておけば寝坊してしまうため文句を言おうにもはばかられて言えないのだろう、じっとウィルの方を睨むように見ながら何かブツブツと小さな声で呟いている。
「さて、出発だ。全員、薬を使用し、武装を装備しろ」
アーリーの合図で、全員が一斉に自らの武装を装着し、薬剤を注射していく。
アーリーはガトリング砲を。
ウィルはクロウスライサーを。
ディーナはカノン砲を。
ノエルはロケットランチャーを。
そして、雪は『雷火』を。
雪は反応するのが少し遅れたものの、武器の形自体は単なる刀のため、そこまで装着に時間はかからなかった。また注射は少し戸惑ったものの、針が細かったせいか意外に痛みは無かった。
「よし……全員準備は完了したようだな。では、これより我々はサテライトの迎撃に向かう。目的は敵サテライトの殲滅、およびテータの採取だ。とはいえ状況が厳しそうだからデータの採取は後回しで構わん。今回は、いや、今回も、必ず勝つぞ!」
アーリーが四人に向かって言い放つ。
その眼光は熱い闘志が現れているかのように、鋭く、そして冴え渡っていた。
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