Ep.08 急報〜Announcement〜

 四人が本部へと戻ると、扉の前にアーリーが立っていた。様子を見るに、たった今出てきたばかりのようだ。輸送車が一つ無くなっていたから、どうやらまだ第一分隊は出撃中らしい。


「早かったな。徒歩だからもっとかかると思っていたが、やはり今出てきて正解だったようだな」


 雪たちに気付いたらしく、不意にアーリーが話しかけてきた。雪は何か言い返そうとしたが、続くアーリーの言葉に遮られた。


「本営から連絡があった。次回の戦闘が明日に決定したらしい。詳細は中に入ってから話そう」


 四人はアーリーに連れられるまま中へ入ると、武装庫へと通された。一チーム分の武装が無くなっているせいか、中はいつもよりガランとしている。映像が画面に映っていないことから察するに、もう戦闘自体は終わったのだろう。


「ここで長話もなんだから早速本題に入らせてもらう。つい先程、サテライトの発生情報がこちらに届いた。そこで、第一分隊では薬の有効な時間が足りないだろうという判断から、明日の早朝、我ら第二分隊が迎撃に向かう手筈になった。話は取り敢えず以上だ。何か質問があれば部屋まで来てくれ。以上、解散」


 アーリーは報告を一気に話すと、そそくさと自分の部屋へと退散していった。同じ部屋であるからか、なぜかディーナまで一緒に出て行き、雪、ノエル、ウィルの三人が部屋に取り残された。


「あの、もう出撃があるんでしょうか? あまりに早い気がするんですけど」

「あー、うん。いつもよりは早いかもしれないね。でもこれくらいの事は今までにも何回かあったから、そんなに心配すべきことでもないかな」


 そこまで言って、ウィルはふと考えた。この状態で、つまり戦闘経験も薬の使用経験も、サテライトとの接触もした事のない少女が居る状態でまともに戦えるのだろうか。いや、十中八九不可能だ。おそらく、アーリーなりの特訓のつもりなのだろう。


「よし、戦闘本番まで時間もないし、武装の使い方だけ確認しておこうか?」

「ええっと……ああっ!」


 ウィルにそう言われて雪はようやく気がついた。武器を機関砲から『雷火』に変えたのをノエル以外に連絡するのを忘れていたのである。そんな雪の青ざめた顔を見てウィルが心配そうに尋ねた。


「どうしたんだい?」

「あー……実は武装の変更をしたのを話すのを忘れていて……」


 雪がそう告白すると、ウィルはクスリと笑った。


「なんだ、そんな事か。大丈夫だよ。僕達も普段から二つくらいある武装の中から好きなのを選んで使ってるんだからね」


 優しそうに微笑むウィル。その顔を見ると、雪はなんだかホッとしたような気持ちになった。


「ところで、どんな武装にしたのか見せてもらえないかな。場合によっては僕も戦い方を変えたほうがいいかもしれないしね」

「百パーセント変えなきゃならないだろうねぇ。なんてったって同じジャンル、近接武器なんだから」


 ノエルが突然口を挟んだ。その手には、一体いつ取ってきたのか、一本の刀が握られていた。普通よりも大きな刀身、そして柄の部分についたスイッチ。そう、雷火だ。


「刀かあ、珍しいものを使うんだね、ユキさんって。だいたい近接武器っていうともっと大型のものを使っている人が多いからそう思うだけかもしれないけど」

「確かにウィルさんも大きな爪みたいな形の武器を使ってましたね。クロウスライサー、でしたっけ?」


 雪は武装庫で見た戦闘の様子を思い出した。爪の形をした、人一人分くらいありそうな大きな武器。薬の効果がなければ持つことさえできなさそうだった。それに比べたら、雷火は確かに刀としては大きい部類に入るものの、対サテライト用の近距離武器としては小さいのだろう。


「うん、SW21、大型クロウスライサーのことかな。まあさっき言った通り、僕はもう一つ主兵装として遠距離投射用のジャベリンを持ってるといえば持ってるんだけどね」

「ジャベリン?」

「投射用の大型槍のことだよ。それについてはノエルさんの方がよく知ってると思うけど」


 雪がノエルの方を見ると、まるで今にも「教えて欲しいだろう?」と言わんばかりのドヤ顔で雪たちの方を見ていた。流石の雪でも、ここまで自慢そうな人に聞くのは癪に触ると思ったのか、無表情のままウィルの方に顔を向き直した。見事、と言いたくなるほど華麗にスルーされたノエルが驚く。


「ちょっと!? いくらなんでも無視は酷すぎるんじゃない!?」

「あまりに顔がうるさかったからつい。もう少しまともな顔してくれてれば聞きましたけど」


 雪がつい本音を口に出してしまった。顔がうるさいって一体どういうことなんだ、とは雪自身も思ったのだが、それ以外に形容できないような顔だったのだから仕方がない。


「顔がうるさい、かぁ。似たようなことはよく言われるけど、その言い方は初めてだねぇ。使えそうだから覚えておくとしよう」

「覚えなくていいですよ……ところで、ノエルさんはどんな武装を? ロケットランチャーみたいでしたけど、あれも自作なんですか?」


 そう、ノエルの武器は映像でも一瞬しか映っていなかったのだ。偵察用の無人機を動かしているのはあくまでプログラミングされたコンピュータだ。基本的に敵を映すのが役目のため、そんなところまで映している余裕は無かったのだろう。


「その通り、あれも自作。九連装のロケットランチャー。制式採用品と違って次弾装填出来ないから戦闘中の発射可能弾数は九発限りだけど、その代わりに破壊力を極限まで高めてある。いわば一撃必殺の最終兵器、って感じだねぇ」

「それって対多戦で圧倒的に不利じゃないですか……まあ、残ったのは私達が倒せって事だと思いますけど」


 雪が皮肉る。このくらい直接的に言えばノエルも理解してくれるだろうと思ったが、いつも通りの飄々とした態度で、ニコニコしながら立っている。どうやら彼女にはどんな煽りだろうと皮肉だろうと通じないらしい。雪とノエルの間に流れるピリピリとした不穏な空気に気付いたのか、ウィルが不意に口を挟んだ。


「まあまあ、そんな話はそこまでにして、早めに寝ようか。明日は六時起きだよ。」

「あれ、アーリーさん、いつ六時起きって言ってましたっけ?」

「アーリーが早朝って言ったら大体、というかほぼ六時だからね。違う時はその時間を言うし」


 流石、前からの知り合いというべきだろうか。雪やノエルでは知らないような性格でさえも理解している。この調子でいくと、もしかしたらあの無口なディーナが何を考えているかも分かっているのかもしれない。


「へえ、そうなんですか。それじゃあもう寝たほうがいいかもしれませんね。ほらノエルさん、行きますよ」

「えーもう行くのーはやーい、まだここにいたーい」

「棒読みで誤魔化しても無駄ですよ。明日は早いんですから。それじゃあ、お休みなさい、ウィルさん」


 昨日とは違い、今度は雪がノエルを引っ張っていく。ノエルはどうしても動きたくないようで、座り込んだまま、ズルズルと音を立てて引っ張られている。


「ああ、うん。お休み……」


 あまりの異様な光景に、ウィルは一瞬返事を戸惑った。雪はそのままノエルを引っ張って武装庫の外へと出て行く。どうやら全く引っ張られている方のことを考えていないようで、途中で何度もノエルは立てかけている武器や扉にぶつかっていた。

 雪たちが出て行くと、ウィルは一言、思っていたことをぽつりと呟いた。


「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんだろ。転属者同士、やっぱり波長が合うのかな……?」

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