Ep.07 過去〜Past〜

「史上最大で、最悪……? いったい何があったんですか?」

「いや、私もその場にいたわけじゃないから細かくは知らないんだよ。ただ書類を見て他人から話を聞いただけ。でも、私の知る限り、あそこまで大規模で、且つ凄惨な作戦は無いねぇ、間違いなく」


 ノエルが真面目な顔のまま断言する。史上最大規模にして、最も凄惨な結末を迎えた作戦。過大評価とも思えるようなその言葉は、雪の表情を凍りつかせた。


「あの作戦は、全部で十五人、つまり敵の攻撃を最小限に抑えた上で、かつ安全に作戦を展開できる最大の人数で行われた。その目的は、サテライトの調査を目的とする『生け捕り』。そんな超大型の作戦に普通の兵士が出撃するはずもないから、全兵士の中でトップクラスの能力を持った一握りだけが参加した。まあ、私は中距離担当の候補が多いって理由で落とされたけどね」


 説明が始まると、雪はだんだんと不思議に思えてきた。トップクラスの十五人がいたのに、なぜ結果は失敗だったのか。敵の数が圧倒的に多かったりでもしたのだろうか。そう思った雪だが、その疑問はノエルの放った一言で消え去ることとなった。


「結果は生け捕りには失敗したけど、貴重なサンプルを手に入れた。核が動きを止めたにもかかわらず、消失しないという今までにない例のサンプルをね」

「えっ!? 失敗じゃなかったんですか?」


 雪は驚いて叫んだ。作戦は成功しなかったが、一概に失敗とも言えない結果。それは凄惨な結果といえるだろうか。否、言えるはずはない。たとえ当初の目的と異なっていても、結果がある程度出ているのなら、それはあくまで不成功、失敗ではないからだ。


「その言葉は正確とも言えるし、そうではないとも言える。つまり戦術的成功、戦略的失敗ってやつだね。だって、この作戦で失った、つまり戦闘が永久に不能になった熟練兵士は、全部で六人もいたんだから」

「六人……全体の五分の二も失ったってこと……?」


 話についていけない雪が目を回しそうになる。投入された全兵士の五分の二が失われたというなら、確かにこの部隊の追加人数が二人なのもうなずけるが、かといってなぜ大本営は、そこまでの無茶をさせたのだろうか。


「そう、六人。正確に言えば、アルノルト・コスタが左脚切断、ウリエラ・エルティオーレが視力喪失、キリア・エウリカが右半身不全、ルキーニ・エンヴィーが右腕及び右足の喪失、リーニャ・ヴィレッタが両腕切断、そして、アオイ・クラモトが死亡判定。本当に、いつ聞いても絶望的な戦力喪失だねぇ」

「死亡判定? ってことは死んだ人が……」


 死亡者がいる。ノエルの話からそう判断した雪は青ざめた。よくよく考えれば命をかけて戦っているのだから当然といえば当然なのだが、それでも本当に死亡者がいると聞くと辛いのだ。


「あくまで判定、だから死体は確認されてないらしいけどねぇ。とは言ってもまあほぼ間違い無いでしょうと。なんでも、サテライトに取り込まれたって噂もあるくらいだから」


 ふと見ると、ノエルがいつの間にかいつもの飄々とした態度に戻っている。どうやらこれ以上は何も知らないらしい。雪が時計を確認すると、もう午後一時を回っている。


「そろそろお腹が空いてくる頃かねぇ。この基地の近くに美味しい軽食屋があるって聞いたから、一度一緒に行ってみようか」

「人が死んだとか足が切断されたとか言う話の後に行く場所じゃないですけどね」


 皮肉を言う雪だが、前日の夜から全く何も食べていないそのお腹はもう背とくっついてしまいそうだ。流石に、文字通り背に腹は変えられないと考えた雪は、しかたなくノエルについていくことにしたのであった。


 * * * * *


 戦闘から二日後、雪、アーリー、ウィル、ディーナ、ノエルの五人は、近くの運動場、もといトレーニング施設へと集まっていた。


「転属者の二人が到着してからかなり時間が開いてしまったが、本日は戦力になるかどうかの確認テストを行わせてもらう。このテストはあくまで分隊長である私の指示によるものだから、首になったりまた転属させられたりすることはないからリラックスして臨むといい」


 アーリーが集まっている四人に向かって言った。


「そんな堅い口調じゃリラックスしようにもできないでしょ。まあ、言ってることはホントだから、安心して頑張ってね」


 あわてた様子でウィルが付け足す。確かにウィルの言う通りで、雪は呼び出されたというだけでがちがちに緊張していた。同じ部屋にいたにもかかわらず、事前に情報を仕入れていたらしいノエルは全く動揺すらしていなかったのだが。


「それではまず、走力を測らせてもらおう。二人とも、百メートル走を行うからスタート位置に着け」


 アーリーの指示で二人はスタート位置に着く。カーブのないまっすぐなコース。日本にもよくあるスタンダードなコースだ。特に障害物も見当たらないので、プロのランナーなら十秒で走りきれるだろう。

 ゴールのあたりにはタイマーを持ったウィルが見える。ディーナはウィルの隣で腕を組んで立っている。雪たちの方を見ていない事から判断するに、興味がないのだろう。


「位置について、用意、スタート!」


 アーリーが叫ぶ。と同時に、二人が走り出した。


「速っ!?」


 雪が驚愕する。同時にスタートしたはずのノエルが、半分くらい走った頃にはもう数メートル先に居たのだ。そのまま開いた差は縮まることなく、かなりの差をつけられて雪は敗北した。


「ノエル・ニコラスが十秒五六、ユキ・セリザワが十秒九二。アーリーが思ってたより戦力的には大丈夫そうだね、良かった」

「やっぱり私の勝利? まあ、楽勝だったねぇ」


 息切れすらしていないノエルが自信満々な顔をして笑った。ディーナに睨まれているのも御構い無しだ。

 反対に雪は、今にも死にそうな顔をしている。これがエースと新兵の実力の差か、と雪はあまりの才能の差に愕然とした。


「笑ってる場合じゃないぞ。次は持久力の……おや、何だ?」


 スタート位置から戻ってきていたアーリーが何かに気づいた。雪が耳を澄ましてみると、遠くの方、基地の方角あたりから何かが聞こえる。その聞いたことのある音に雪は身を強張らせた。

 サイレンの音。敵襲だ。


「アーリーさん!」

「確認した。今日はテストは中止だ。私は一旦本部へ戻る。ウィル、あとは頼む」


 焦っている雪とは対照的に、アーリーは冷静だ。いつものことだ、安心しろ、と雪に言い残すと、足早に一人、本部へと戻っていった。


「大丈夫、今日の出撃は第一分隊だからね。僕たちは出撃する必要は無いってことだよ」

「はい……」


 後を任されたウィルが雪に念押しした。その顔には苦笑が浮かべられている。


「まったく、いつもアーリーは一言足りないんだよね。ちょっとは僕の苦労も知って欲しいよ」


 ウィルは、まったくもう、と再び呟くと、三人に向けて話しかけた。


「それじゃあ、僕たちもそろそろ戻ろうか。アーリーが車を持ってっちゃったから徒歩だけど」

「そんなこと言わなくてももう行っちゃいましたよ? ディーナさんとノエルさん」


 気がつくと、いつの間にやら出口のあたりで二人が待っている。

 急がないと、とウィルは言うと、雪の手を持って走り出した。

 ノエルがこちらを向いて叫ぶ。


「遅い遅い。テストは終わったんだからさっさと戻らないとー。こっちは疲れて疲れて堪らないんだからさー!」

「ごめんごめん、気付かなかったよ。それじゃ、行こうか」


 ウィルがそう言うと、合流した四人は、ゆっくりと基地までの道を歩き出したのであった。

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