Ep.06 密会~Assignation~

 ノエルに連れられた雪は、何故か自分達の部屋ではなく、武装庫へと引きずり込まれた。


「よし、ここなら大丈夫。さあて、さっき言ってた『話』を始めるとしようか」


 ノエルが腕を組みながら言う。その態度は相変わらず飄々としているが、先ほどとは違い、その眼には何かを見据えたような覚悟が見え隠れしていた。


「先ず、君は今回の転属の理由を理解しているかい? 場合によってはその理由を説明すべきだろうし、或いは説明する必要が無いかも知れない。だから、とりあえず話は今の質問に答えてからだ。まあ、十中八九私の想像している答えを、キミは口にするんだと思うけどね」


 まるで壊れたラジカセのようにノエルの口から言葉がスラスラと出てくる。

 ――否、口喧嘩に慣れたインテリ系とでも言った方が分かりやすいだろうか。

 とにかく、それくらいのスピードで彼女の口から単語が次々と出てくるのだ。

 その言い方と、どこが重要なのか全くわからない喋り方が相まって、雪は目を回してしまいそうになった。


「おや、答えが無いとは、少々想定外だねぇ。たぶん、私の言っていることがどういう意味か分からなかった、っていうことだろうけど。例えそうだとしても私はこの喋り方を変えるつもりは無いし、むしろ昔からの癖だからどうやって変えればいいのか分からないから、直してくださいと言われても無理だけどねぇ。まあ、とりあえず話は戻るけど、キミの反応からして転属の理由は知らないみたいだから教えてあげるとしましょうか」


 怒涛の追撃である。

 雪は何とか「この喋り方を変えるつもりは無い」と「転属の理由を教えてあげる」という二つの話題を見つけると、どうにかしてこの『会話なのに片方だけが一方的にしゃべっている』という状況から逃れるため、一度、返答を試みた。


「えっと、あの……」

「じゃあ異論はないようなので理由の説明を始めるねぇ。どのあたりから話せば分かりやすいのかな?」


 完全無視な上に話が勝手に始まってしまった。

 ――もうこうなれば仕方がない。黙って聞いていよう。

 雪はそう覚悟を決めると、返答をあきらめ相手の話の内容に集中した。


「ふむ、そうだねぇ、まず私達がここに呼ばれた表向きの理由から話そうか。私達が呼ばれた理由、それは単純に前回の戦闘で欠員が出たから、部隊を運用可能なレベルにまで戻すため。これは軍の正式な発表からだから、情報の信頼性は高い、というかほぼ間違いない。でも私はね、もう一つ、裏の理由があると踏んでるんだ。実際、実戦経験のない素人を超前線の精鋭部隊に配属するなんて見たことも聞いたこともないし、私だって一応フランス空軍のエースではあるけど、単独戦果は殆ど無いようなものだからねぇ」

「単独戦果がない? それは一体何ででしょうか?」


 不意に雪が尋ねる。話に集中してはいたものの、エースと名乗っていた人に単独での戦果がない、というのは些か不自然な話に思えたのだ。


「キミが知らないのも無理はないよ。日本にはないシステムだものねぇ、短期育成の選抜チームなんて。私はそこの出身でねぇ、そこじゃあ自分だけじゃなくて周りも強いから、戦果を挙げようとすると協力が必須ってこと。」

「へえ、そんなシステムがあるんですね。どうせだったら日本にも作ってみればいいのに」


 雪が何も考えずそう返答すると、なぜかノエルは目線を雪からそらし、天井の方を見た。その顔は、何か後悔をしているようにも見える。


「私的にはそのシステム、オススメはしないけどね。よし、脱線はこの位にして、本題に戻るよ。表向きの理由はさっき話したから、次は裏の理由についての説明だ。まあ、私自身がそんな情報を知っているわけはないから、これはあくまで私の想像に過ぎないけど」


 ノエルは再び顔を雪の方へ向け、腕を腰に当てて言う。想像に過ぎないと言ってはいるものの、その真っ直ぐ先を見通したような眼は、彼女がそれが正しいと確信していることを物語っていた。


「キミ、このままだと多分、捨て駒にされるよ」


 ノエルは顔から飄々とした笑みを消し、冷酷に言い放った。馬鹿にされていると思ったのか、雪がムッとした顔で言い返す。


「すいません、言ってる意味がよくわかりません。捨て駒? 一体何が言いたいんですか?」

「そのままの意味だよ。キミはこのままだと捨て駒にされかねない、そう言ってるんだ」


 ノエルは雪の言い分を先ほどと同じ事を言って一蹴すると、その理由を説明し始めた。


「キミの基本武装は機関砲、っていうのは知ってるよねぇ? 実はそこがキミが捨て駒にされそうになっているって私が考える一番の理由なんだよ。機関砲を主兵装とする中距離担当は近接戦闘に入られると厄介な上、長距離だとレンジが届かないっていう難しいポジションなんだ。だから、うちの隊長さんや私みたいにある程度経験があって、状況に応じて多種多様に動けるっていうのが基本的に必要、というか必須、って言う訳さ。そんな難しい場所をど素人に任せるってことは、多分上の連中はキミを次への中継ぎ程度にしか思ってないんだろうね。全く、馬鹿な連中だよ」


 ノエルが説明しつつ何気なく自分の自慢をし、なおかつ上層部への不満をぶちまけた。特に、最後の一言は単なる悪口だ。それでも、雪はノエルが言わんとしていることを理解できた。

 ――確かにおかしい。そう雪が思うと、まるで理解するのを待っていたかのようにノエルが続きを話し出した。


「実はね、そんな君にプレゼントがあるんだよ。ちょっと待っててくれないかな、すぐ取ってくるから」


 ノエルがくるりと後ろを向いて、綺麗に整頓してある武装の中から何かを取り出した。


「刀!? なんでそんな所にそんな物が?」

「驚いたかい。作った甲斐があったってもんだねぇ。さて、これについて説明しよう。これは『試製高電圧電流発生装置付き一式カタナブレード』、通称『雷火』。刃に電流を流すことで刃に熱を持たせて斬撃力と攻撃力を上げられるんだよ。理論上は、だけどね。転属先に日本人がいるって聞いて、私がここに来る前に作っておいたものだよ。キミ、フェンシングとか、何か剣技は何かできるかい?」


 ノエルが雪に尋ねる。ノエルが手に持った『雷火』と呼ばれたそれは、一見普通の刀のように見えるが、若干刃が長く、柄の下に何かトリガーのようなスイッチが見える。おそらくそのスイッチで電流を流す事が出来るのだろう。


「ええっと、小学生の頃から剣道を家の近くの道場に習いに行ってたので、ある程度は……」

「それだけ出来れば上出来だ。よし、キミは次の初戦闘の時、支給された機関砲の代わりに、これを使って戦うこと。いいね?」

「あっ、はい……へっ?」


 雪が思わず聞き返す。それも仕方がない事だろう。話が突拍子すぎてついていけないのだ。


「だから、次の戦闘の時は、君はこれを使って前衛で戦うんだよ。前衛ならそこまでテクニックもいらないし、初心者でも戦いやすい。それに、ある程度の経験があるなら、こっちのほうが向いているはずだけどねぇ」

「それでも戦ったこともないのにいきなり前衛なんて……」


 不可能だ、と言いそうになったのをぎりぎりで止める。

 最初からできないと決めていては何もできない。どうせ捨て駒にされるのなら、少しでも自分にできることをしなければ。雪はそう決断した。


「……いえ、やります。やってみます、できる限り」

「いい答えだ。やっぱり私が見込んだだけあるよ。それじゃあ、次の戦闘は三日後だから、少しでも慣れて、うまく立ち回れるよう努力するんだね」


 ノエルが話を閉めようとする。まだ一つ質問したいことが残っていた雪はあわてて扉から出て行こうとしている彼女を止めた。


「待ってください。あと一つ、質問があります」

「うん? 何かな?説明はもう、だいたいしたはずなんだけどねぇ?」

「この部隊に欠員が出た理由です。それについて、まだ聞いていません」


 雪がノエルの腕を掴む。言うまで逃がさない、とでも言いたいのだろうか。

 いくら温和な雪といえど、自分の知らない情報を他人だけが知っている、というのには耐えられるはずもない。ノエルは半ば諦めたような顔をし、ゆっくり雪の方に体を向け、こう告げた。


「いいよ、分かった。教えてあげるよ。この部隊に欠員が出た理由……対サテライトの戦いが始まってから、史上最大にして最悪の作戦、『SC作戦』の全容を、ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る