14日目-エスバイエル・呼び出し-
エスバイエル内にある茶屋風のお店で新本はある方向を見つめながら湯のみに入った熱い緑茶を1人で飲んでいた。
「お待たせしまして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ営業前に押しかけてすいません」
その視線の先にはフードを被った男性が頭をペコペコ下げながら一岡とカーラが座る席につく姿があった。
「あれ、残りのお2人さんは?」
「彼女達はオークンに残してます。色々と調べる必要が出てきたんで」
「調べるとは、何をです?」
「あの竜を倒す方法です。今のままでは正攻法でやるのは無理ですから」
そう一岡が告げると、フードから覗いていた上がっていた口角がすっと真一文字に結ばれた。
「どういうことです?」
「硬すぎるんですよあの鱗」
そう言うとカーラはポケットから鏃を何本か取り出しテーブルに置いた。白竜の体に接触した鏃はいずれも見事に曲がっていて、熔かさないと再利用出来ない状態になっていた。
一岡は手を組むと男の顔をじっと見つめた。
「正直、今使っている装備では太刀打ち出来ません。4人分となるとそれこそ銀貨を何枚も使わないと」
「……つまり更なる軍事金が必要、とおっしゃってる?」
「その軍事金についても話があるのよ。……何よこれ」
眉間にしわをよせたカーラは忌々しげに銀色に光る硬貨をテーブルの上に出した。
「何パチモン掴ませてるの? 知らずに武器屋に行ってたらとんでもないことになっていたじゃない」
「パチモン⁉︎ そんなはずがありませんよ!」
慌てて言い返す男にカーラは冷めた視線を送りながら、その眼前に硬貨を突きつけた。
「ならこの引っかき傷から見える茶色は何?」
「えぇ?」
男は不貞腐れながらカーラの手から硬貨を取った。その硬貨の表面には何か尖った物によって削られて出来たかのような茶色い線が入っていた。
「な、なんですかこれ! こんなの何かが付着しただけ……」
男は線を消そうと爪で引っ掻いたが逆に茶色の部分が増えただけだった。すると男性の顔が青くなったかと思えばすぐに赤くなった。
「ちっ! お前ら偽の硬貨を見せてでっち上げようとしてるな! もういい、てめえらとの契約は切る! 今すぐ騎士達を連れて戻ってくるから待っていやがれ!」
最初の丁寧な態度はどこへやら、男は逆ギレして硬貨を一岡に投げつけると足音を立てて店を出て行った。
それを見届けた新本は少しだけざわつく店内をよそに一岡達のテーブルに向かった。
「まさか朝一に話を聞きにいって、こんな修羅場に立ち会えるなんて思ってませんでしたよ」
今朝宣言通りに一岡達の泊まる旅館を訪れたところ慌ただしく出立しようとする彼らに出くわし、別の街への移動を強いられた新本からの言葉に一岡は疲れた様子で返した。
「何の皮肉ですかそれは……」
一岡がテーブルの下に転がった偽硬貨を拾い上げようと覗き込む傍ら、カーラは天を仰いでいた。
「まさか偽硬貨を掴まされるとはね。昨日アリエルが傷つけてなかったら気づかずに使って、騎士団に御用になってたわ」
「でもどうやらあっちもあっちで後ろめたいことがあるみたいでしたね。ちなみに何であんな傷つけちゃったんですか?」
一緒に持ってきた湯のみを置きながら男のいた席についた新本が問いかけるとカーラは右手にあごをのせながら呆れたように答えた。
「昨日アリエルがうっかり手を滑らせたのが偶然机の角に当たってね。あんなので簡単に取れる銀メッキにあっさり騙されるなんて……」
「酒の席で酔っ払っててちゃんと確認してなかった、っていうのもあったけどまさか偽硬貨なんて存在があるなんて……」
「普通にあるわよそんなの。新聞読んでたら1年に1件ぐらいは出てくるわよ? ……まさか自分達が当事者になるとは思わなかったけど」
一岡は拾い上げた硬貨の銀メッキが剥がれた部分に爪を立てて引っ張ってみると、その周りの部分がまるでチョコレートを包む銀紙のように簡単に剥がれていった。
ちなみにこの偽銀貨は運営による、ゲームに出てくる硬貨は全部本物という思い込みにつけ込んだトラップだったのだが、それに思い当たる余裕は2人になかった。
「これからどうするんです? 白竜倒しても銀貨はもらえなく……いやあの男、そもそも渡す気無かったっぽいですけど」
「これ以上関わってもこっちに得はないから降りますよ。でも新本さんは白竜に関するきちんとした依頼を請けたんでしょう? 報酬はシケてましたけど」
昨日、報酬代わりとして目が飛び出るほどの値段がついた料理をご馳走になったとは言えず、新本は引きつった笑みを浮かべながらそっぽを向いた。
その時、一岡達のテーブルから見える窓にこの場にいなかった2人と1匹の姿が映った。
シノレス達も新本達がこちらを見ているのに気づいたらしく、2人は新本達に向かって腕を振った。
「……あれ、あっちにも動きがあったかな?」
「みたいですね。じゃあ代わりに会計お願いしてもいいですか?」
「じゃあ食べた分のお金ください」
「銅貨15枚も食ってないんだからあんたが立て替えなさいよ。その分銅貨減らしていいから」
カーラに軽く拒否された新本は苦笑しつつ2席分の伝票を持ってレジに向かった。
「えー、合計で3000Gになります」
しかし新本が頼んだ分を抜いても合計金額は新本が提示していた情報料を超えていた。
一方外ではこっそり潜伏していたシノレスとアリエルが一岡達に男の動きを報告していた。
「やっぱり詰所の方には行かなかったのか」
「うん、真っ直ぐタクシー馬車に乗り込んじゃった。出来る限り走って追いかけたけど、多分オークンの方に行ったと思う」
「方向的にはそうだったね」
シノレスの読みに賛同するようにアリエルが頷く。カーラは完全にメッキが剥がされた硬貨を弄びながら提案する。
「とりあえず私達が詰所に行って、あの商店を捜索してもらいましょ。こんなちゃっちい物なら大量生産可能だし、どうせ予備のもあるでしょ?」
「でもそれなら自分から削って逆ギレなんてするかな?」
「あんな公衆の面前で『偽物でしたーテヘペロ』なんて出来ないでしょ、ここに店舗構えてる行商者として」
一岡達が議論に集中しながら店前から離れて行ったところで、精算を終えた新本が店から飛び出してきた。
「お帰り、あるじ……どうしたの」
新本は急いで辺りを見回したが、すでに一岡達の姿ははるか彼方にあった。
「あいつら! まぁいいや、今回はつけといてやる……。で、どうしたスライム」
新本は一瞬歯噛みしたが、気を取り直して側に来たスライムに話しかけた。
「あるじ、いいなら、いい」
「そうか……。何か言ってたかあいつら?」
スライムの素っ気ない対応に少しだけ淋しさを感じた新本にスライムは片言で今までここで起きていたことを言った。
「男、オークン、行った。他、詰所行って、通報」
「オークンに行った、か……」
白竜討伐を依頼していた男が白竜のいるオークンに向かった。
その報告に新本はなんとなく嫌な予感がして、オークンのある方を向いた。
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