13日目-オークン・馬車-

「やーめーろー! はーなーせー!」

「はいはい、戻るのは仲間の説得をしてからにしましょーねー」

 竜のあぎとに戻ろうとスライムの腕の中で手足をジタバタさせて暴れるシノレスを新本は幼子をあやすように適当にあしらっていたが、何も知らない旅行客や地元住民からは羞恥プレイや人攫いのようにしか見えず、疑いの眼差しを注がれることとなっていた。

 そんな視線から目をそらすためか、新本はアリエルからもらった名刺に書かれている名前が掲げられた看板がないか上の方だけを眺めていた。

「えーっと、旅館氷麗旅館氷麗……あった」

 そしてオークン内に戻ってからしばらくして、新本はお目当ての物を見つけた。

「い、いらっしゃいませ」

 その建物の玄関をくぐるとすぐに奥から仲居が出てきた。仲居は男性の後ろで水色の女性が暴れている女性を担ぎ上げているという異様な光景に顔を引きつらせながらも笑顔で応対した。

「すいません、カーラさんかイチオカさんか……」

「シノレス!」

 新本が仲居に聴き込もうとすると浴衣姿の一岡が走り寄って来た。スライムはその姿を目視すると同時にシノレスを解放した。

「あ、イチオカさん。お仲間さんをこちらまでお連れしてきました」

「ああ、それはどうも……って違う!」

 会釈してきた新本に反射的に頭を下げてしまった一岡はすぐに頭を上げて詰問した。

「あんた、どういうつもりで白竜を狙ってるんだ?」

「それは当然、調教士ですから……ねぇ」

 スライムに一瞬視線を移してから一岡を見た新本の反応に一岡は新本の狙いを容易く勘付いた。

「……お前、建物を何棟もぶち壊したモンスターをスライム1匹だけで」

「白竜さんはそんな」

「はい、今は黙ってようか面倒くさいことになるから」

 反論しようとしたシノレスの口を塞ぐと新本は笑いながら断言した。

「まぁ、こちらにも勝算はあるんで。そこらへん聞きたければまた明日話しに来ますのでその時に」

「……わかった」

 玄関で長話をするのは良くないと思った一岡は頷きはしたが色々思うところはあり、納得いかない表情を浮かべながらも追及はしなかった。

「でも金はちゃんと支払えよ。カーラとなんか取引したんだろ?」

「分かってます」

 そう言って旅館から出た新本達だったが、玄関の前にある乗り入れスペースで黒いスーツに身を包んだガタイの良い男達に取り囲まれた。

「新本卓矢様でよろしいですか?」

「そうですが、何か?」

 疑問系ながらも確信を持っている様子で話しかける黒服の男に新本は慌てることなく、冷静に応対した。

「我々の主人が貴方に会いたいとおっしゃっております、どうかお乗りくださいませ」

 一岡を始めとする周りの人々がざわめき、スライムが臨戦体勢に入る中、黒服の1人が輪から外れてその場に横付けされた馬車の扉を開けた。

「……嫌だと言ったら?」

 新本が片目をつぶり、首を小さく傾げながら問いかけると黒服は耳元に寄って小声で語りかけた。

「強制は致しません。ただ白竜の件で話がしたい、と」

 その言葉を聞いた新本は同じくらいの声で黒服に聞き返した。

「……これから夕食取ろうと思ってたんだけど、すぐに終わる?」

「新本様がよろしければこちらでご用意した物がございます」

「ふーん……」

 サングラス越しでも分かるほどにこやかに答えた黒服の反応に新本は馬車の方に視線を移した。

「『毒を食らわば皿まで』ってか? ……いいですよ。スライム、現時点ではやめろ」

 新本がそう命じるとスライムは何か言いたげにしながらも構えていた手を下ろし、球体の姿に戻って新本の頭の上に飛び乗った。

「では、こちらに」

 新本達が黒服の誘導に従い馬車に入るとそこには先客がすでにいた。

「こんばんは、新本さん」

 馬車の座席に座っていた30代に見える男性はそう言うと小さく頭を下げた。

「……どうも」

 何者か分からず、新本は頭を下げ返しながら座席に座った。すると男性は名刺を取り出し、新本に差し出した。そこには「オークン市長 ディック」と書かれた文字と目の前にいる男性の顔写真、そしてファイサンの国章がシンプルに印刷されていた。

「市長……え?」

 新本が思わず名刺と男性を二度見していると男性ディックは困ったような笑みを浮かべた。

「突然『どうも市長です』なんて言われても困るでしょうが……安心してください、本物ですから」

「は、はぁ……」

 新本が名刺を両手で持ったまま曖昧に頷いているとディックは唐突に話し始めた。

「白竜がここに来たのは大体19年くらい前のことです。理由としては単純にモンスターの姿でのんびり出来る場所があったからだとか」

「へ?」

 新本が目をパチパチ瞬きながら戸惑っているとディックは手と脚をそれぞれ組んで新本を見つめた。

「白竜の情報を詮索している者がいる、と商業ギルドの方から連絡がありまして……。新本さんではありませんでしたか?」

「い、いえ。それは多分私ですが……なんでそれを市長が?」

「それは話が終わる頃には分かるかと」

 ディックはそう憂いを帯びた笑みを浮かべながら断言すると何かに気づいたようにハッとした反応を見せた。

「そういえば……新本さんはムジェルが何を信仰しているか知っていますか?」

「いいえ、全く」

 間髪入れずの否定にディックは苦笑いを浮かべた。

「そう言うことは宗教国家だとは知っておられますね……ムジェルは元々獣人信仰の宗教が母体になって出来た国なんです」

「獣人信仰」

 ここでどうして他国の話題が出る、獣人ってそもそもなんだ、と思いながら新本が復唱するとタブレットが振動した。恐らくアップデートされたかヘルプ画面が開いたのだろう。

「その教えの1つに『1番信仰していたモンスターの力を得ることが出来る』という物がありまして」

「白竜はそれに見事に当てはまったわけですか?」

 察しの良い新本の反応にディックは満足そうに頷いた。

「はい、当然のことですが強くて神々しい見た目のモンスターに人気が集まる傾向があるそうです。ただそこに人気が集中してしまうのを恐れてか『祈りが少ないと望むモンスターの力は得れず、信仰する者が多ければ多いほど求められる水準は高くなる』という一文も添えられているらしいです」

 仮定形ながらもムジェルの教典の説明をしたディックは体を前に傾け、組んだ手で口元を隠した。

「あの大きさですからすぐに住民は白竜に気付きました。そして白竜がそこに居着いていることに気づいた彼らは白竜を観光名所にした商売を思いつきました。ここはファイサンに属していますがムジェルのお膝元にある町でもありましたから、信仰者じゃなくても内容はいくつか知っていたんです」

 そうして交渉に出向いた住民達に白竜は「家賃代わり」として自分をダシにした計画案に快く応じた。その結果ムジェルの足元にある閉鎖的な田舎町は宿場町として大いに発展した。

 そんな白竜の恩恵を受けた人々の中にタリスマン商会という物があった。

「タリスマン商会は元々オークンで昔から営業していた小さな商会だったのですが、彼らは白竜に関する噂話を聞いてあることを思いつきました」

 白竜に関する噂話と聞いて、新本の脳裏にある話が思い浮かんだ。

「あらゆる物を浄化する白竜の鱗?」

「そうです。彼らはその噂話を売り文句にして白竜の鱗を売り出しました。白竜には『足腰が悪くて洞窟まで行けない方のために』という名目で抜けた髪の毛のようにその辺に落ちていた小さな鱗をもらっていたらしいです」

 ディックは目を閉じると脚を元に戻してうつむいた。

「タリスマン商会の狙い通り観光客はその鱗を買いました。ただその一方で関係ないはずの地元住民も鱗を買い求めました……なぜだか分かりますか?」

 ディックからの問いに新本は真面目な顔で返した。

「……質問をしていいですか?」

「どうぞ」

「当時のオークンの浄水技術ってどの程度でしたか?」

「現在の物と大差ないですよ。唯一変わったのは使う機械が小型化された程度で」

「……なら薬としての方ですか」

「ご明察です」

 現実、タリスマン商会は白竜にバレないように地元の新聞や出版社と共謀してその伝説が真実であるかのように広めていた。実際にはそんな効能がないことを知っていたのに、である。

「それで1番被害を被ったのは薬師の人々でした。タリスマン商会が鱗を安値で売ったため、よく効く代わりに外来品で高い薬を売っていた薬師は周りから責められることとなり、売り上げも一気に落ちました。それだけならまだしも普通の薬を飲んでいたら治るはずだった病気を重篤化させてしまう人も続発しました。……それを間近で見ていた正義感の強い薬師の息子はなまくらがたなを持って白竜の元へ直談判しに行ったんです」

 ディックはため息をついて微かに笑いながら後ろの壁に頭をつけた。

「彼の話を聞いた白竜は大激怒してすぐさま洞穴を飛び出し、タリスマン商会の代表を詰問しに行きました」

 商会と白竜の間でどのような会話があったのかは不明だが、その商会と悪事に関わった企業の建物を崩壊させたことからその内容は推して知るべし、だろう。

「……あの、その少年ってまさか」

 新本が口を挟もうとするとディックは右手を出してそれを制した。

「その後タリスマン商会を初めとする業者は賠償金の支払いなどで首が回らなくなり揃って倒産。白竜は自身に語られていた噂話を否定し回り、タリスマン商会からもらっていた利益や参拝者から押し付けられたお布施を全部使って薬の代金や診察料を肩代わりしました。……しかしそれで話は終わりませんでした」

 その数日後、何者かに雇われた傭兵達が竜のあぎとに押し入り白竜の命を狙った事件が起きた。

 白竜だけでなくその場に居合わせた参拝者にもケガを負わせて逮捕された彼らは「白竜によって虐げられた人々に依頼された」と主張した。

「……それって」

「おそらくタリスマン商会らの手先だったと思われます。ただ被害者の中にはタリスマン商会が正しいと頑なに信じて白竜が偽物を彼らに掴ませたのだとあらぬ疑いをかけて罵声を吐き、慰謝料を拒否する者もいました」

 その後も似たような主張をする傭兵達が竜のあぎとを襲撃する事件が起きるようになり、最初はタリスマン商会による逆恨みだとせせら笑っていられた人々も「本当に被害者側が依頼した事例があるのではないか」と疑心暗鬼になり始めた。実際、死人こそ出なかったものの小さないざこざに発展してしまった例はあったらしい。

「人々は白竜の前ではそんなことなど起きていないように装いました。でもその空気を敏感に感じ取ったのでしょう、ある朝いつものように参拝者が竜のあぎとに行くと入口が大穴で塞がれていたのです」

 土砂崩れが起きたのかと人々は慌てて除去作業に入った。そしてすぐに開通された洞窟の中に白竜の姿は無く、置き手紙だけが残されていた。

「そこには今まで沢山の人々に大切に愛されていたことへの感謝、自分がここに来たことで無用な争いを起こしてしまったことをただひたすらに詫びる内容が書かれていました。そしてこの町の疫病神となってしまった自分はここを去るべきだと考え、それを行わせてもらう……と閉じられていました」

 所々小さな水滴の跡が残っていたそれの内容を伝えられた人々は白竜の悩みに気付けなかったことを涙ながらに詫びたり、白竜を悩ます原因を作った者達を怒鳴り散らしたり、オークンという町自体に興味を失ったり……様々な反応を見せつつも大混乱に陥った。

 まずはこの騒動を受けてオークンに店舗を出していた、もしくは出そうとしていた外部の行商者達がほぼ一斉に手を引いた。

 次に町の旅館に入っていた予約がほぼ一斉にキャンセルされ、日帰りの観光客の量も目に見えて減っていった。

 逃げ場のない地元の商会達はこの事態を重く見て、去ろうとしている彼らを引き止めるため、仕入れていた大量の在庫や空いてしまった物件や部屋をどうにかして捌くために色々な手を打った。

 しかし今まで閉鎖的な環境でしか商売をして来なかった者が効果的な手を思いつけるわけがなく、それらはことごとく失敗して負債をさらに増やすだけだった。

 そうして店舗や生産ラインの拡大のために作った借金を返せなくなった商会達はまるでドミノ倒しのように次々と破産・倒産していった。

 さらに第3次産業が壊滅したことにより町の財政も崩壊、オークンは国から資金援助を受けなければならないほどに落ちぶれた。

「それで『オークン史に残る汚点』、と」

「はい……。まぁ、我々人間が白竜の眼の前で醜い争いを演じて自滅して、白竜の気分を害したという解釈で構いません。彼女は否定するでしょうけどね」

 俯いていたディックは顔を上げ、嘲りの表情を浮かべながら窓の外を見た。

「私がここの市長になってからは今まで自分達が入れればいいとしか考えられていなかった温泉を主力に置き、貰い手がなかった大きい空き家を旅館に改装することでなんとか少しだけ盛り返せるようになりました。白竜の力を借りることなく」

 馬車が料亭っぽい風貌の大きな屋敷の前に止まる。ディックは懐から1枚の封筒を取り出すと新本に差し出した。

「そこで新本さん、白竜を追い求めているというあなたにぜひこの依頼を請けてもらいたいんです」

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