14日目-オークン・交渉-
「昨日の今日で来たということはもうあの娘から話を聞いたのであろう? あの娘は何をトチ狂ったのか妾は悪くないなどと言っておったが」
竜の姿でため息をつく白竜の前には頭にスライムを乗っけた真顔の新本が立っていた。
「その点については彼女と同意見ですよ。彼女とは別の人からも話を聞きましたが」
「……じゃろうな。でなければここに手ぶらで来るわけがなかろうて」
新本の返答に白竜は分かりやすく嫌そうな表情を浮かべた。
「確かにあなたが来たことでオークンは狂ってしまったのかもしれない。その点ではあなたは悪かもしれない。でも狂うのを考えなしに選んだのは彼らなんですから、そこまで深く考えなくていいと思いますけどね」
そう言って新本はタブレットを白竜に突きつけた。
「ん? 『白竜の立ち退きの手伝い』……? なんじゃこれは?」
白竜は1番大きい文字の部分を読んだ後、新本を疑わしげに睨みつけた。
「あなたを最初に襲った少年からのお願いです。あの町はあなたありきの町から脱却しようとしています。今はまだバレてはいませんが、あなたの存在に気づいたらまた楽な方へと流れてしまう、1度通って懲りたはずの楽な道をまた進もうとしてしまうでしょう。そうしたらようやく変わろうとしてきた意識が崩壊してしまう。だから気づかれる前に早くここから去ってください、そして私達が胸を張って会いに行けるまで来ないでください……だそうです」
所々語尾は違うものの、新本は市長からの言葉を伝えるとタブレットをバッグの中に入れた。
「これは伝えなくていい、って言われましたけど市長はあなたがここに戻ってきた理由はオークンの市民があなたが去ったことで苦しい思いをしていることを風の便りで聞いて戻ってきたのではないか、と予想してました。……そこらへんどうなんです?」
新本が白竜の方に意識を戻すと気づかないうちに白竜は人型の姿に変わって台座の岩に腰掛けて笑っていた。
「あやつめ、一丁前に言うようになりおって……。この町が破産したと聞いて急いで戻って来たんじゃが大きなお世話だったようじゃな……ふふっ」
昔を思い出したのか、白竜は嘲笑うと大きく息を吐いた。
「分かった。なら
「あ、その前に2つお願いが」
新本はそのまま洞窟を出て行こうとした白竜を呼び止めると2本指を立てた。
「ん? なんじゃいうてみい」
「1つ目は私達の旅に同行してくれませんか? どうせまた旅に出るのなら」
新本がそう告げると白竜は値踏みするように目を細めた。
「……さすがは調教士、と言ったところか? それとも金目当てか? ん?」
「まー、大体そんな感じですね。ただどこかのタリスマン商会のようにバラまく気も偽装する気もないですけどね。あなたの鱗にはそれだけの価値がありますし」
全く隠そうとしなければ、悪びれもしない新本に白竜は思わず吹き出してしまった。
「ふっ、ふふふ……そなたもう少し話芸というのをする気はないのか?」
「あれ? 腹を割って正直に話した方が信用されやすいと思ったんですが」
すっとぼけて言う新本に白竜は目を瞑って首を振った。
「……お主、実はバカじゃろ?」
「バカじゃなかったらこんな職についてません」
新本が威張って言い返すと突然スライムが新本の頭から飛び立ち、白竜の後ろ側に回って人型になった。
次の瞬間、スライムの体に矢が何本も突き刺さった。
「スライム⁉︎」
「毒、あるけど、大丈夫」
「……アロルドか。久しいな」
スライムが平然と矢を体に沈ませる中、新本と白竜はスライム越しに見える洞窟の入口に集まる鎧姿の人々の中に見知った顔を見つけた。
「よう、白竜さん。17、いや18年ぶりかぁ? どの面下げてここに戻ってきたのかねぇ?」
「どの面……それはそなたにも当てはまるのではないか、アロルドよ」
見るからに古そうな革製の鎧を着た、一岡達を騙していた男の挑発に白竜は鼻で笑って返した。するとアロルドと呼ばれた彼の顔はみるみる赤くなっていった。
「なぁ、依頼主さんよぉ。言われた通りに射ったが本当にあの金髪のチャンネーでいいのか? 俺が聞いてたのは白い竜なんだが」
横にいた弓兵が呑気に話しかけるとアロルドは苛立ちを全く隠さずに言い放った。
「いいんだ、見た目に騙されるな。今は美女の皮を被ってるが中身は凶暴な白竜だ」
「ならいいが」
アロルドがこの一団のリーダーらしく、周りにいた弓兵達はアロルドの指示に従って紫色の鏃がついた矢を弓にかけた。
「お前ら、絶対に口を狙えよ! どれだけ頑丈な鱗が生えていても口の中までは生えてないからな!」
「おいそこの調教士。そいつを仲間にしたいようだが俺らにも生活っつーもんがあるんだ。恨まないでくれよ」
「……ざっと10人? うち3人弓兵で他は……手持ち武器。魔導士はいない」
相手の得物を確認した新本は返事せずにファイルを取り出しパラパラとめくり始めた。
「……白竜さん、とりあえずデモンストレーションとしてあの10人ぶちのめしますけど、どうします?」
「どうします、とは何じゃ?」
「いや、追い返す程度にするか、殺しはしないがしばらく動けない程度に痛めつけるかなど、希望があればそうします」
「あるわけなかろう、勝手にせい」
「じゃあ仰せのままに」
2人の会話が終わった瞬間、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように弓兵達は弦を引く手を離した。
勢いよく放たれた矢をスライムが足元から触手を伸ばして受け止めていく。それが止むと6人の傭兵達がそれぞれの武器を持って突っ込んできた。
「ドラグノフ・ショット12連打!」
新本の呪文により生じられたエネルギー弾が傭兵達に飛んでいき、先頭を走っていた者の利き手や腹部に直撃する。痛そうに蹲る者や吹っ飛ばされた者に邪魔される形で無事だった者達の足も鈍った。
「ファイア6連打!」
続いて新本は傭兵達が集まっている部分を中心にして円状にファイアを放っていくと、火はその場に留まり簡略版の炎の壁となって傭兵達の行く手を阻んだ。
「何をやっている! そんな体たらくでは報酬は支払わんぞ! おいお前らも突っ立ってないでいけ!」
その様子を見てアロルドがわめくが、矢を全弾撃ち尽くし、実質木の棒でしかない弓しか持っていない弓兵達は互いに顔を見合わせるしかなかった。
その反応が気に食わなかったのか、アロルドは唸り声を上げると1番近くにいた弓兵の手から弓をひったくって白竜に殴りかかった。
「お前のせいで俺の人生は台無しになったんだ、死んで償……」
しかし白竜の元にたどり着く前にスライムの触手による横薙ぎを食らい地面を転がることとなった。
その時に弓をすりとったスライムは警戒もせずに弓兵達に近寄った。
「商売道具、取られちゃ、ダメ」
「あ、ああ。すまない」
差し出された弓を恐縮しながら受け取った弓兵にスライムは無言で誰の物かわからないバッグも差し出した。意味が分からず、目を瞬かせる弓兵にスライムはこう告げた。
「それと銀貨、やっぱり、入ってない、嘘」
「はぁ⁉︎」
その言葉に弓兵達が競うようにスライムからバッグをひったくり、中を覗き込む。そして雇い
「な、お前らアホか! 銀貨なんて大金いつも持ち歩いているわけがないだろう! 支払いはオークンに戻ってからに決まってるだろう?」
横薙ぎを受けた時に防具を溶かされたついでにバッグをすられていたアロルドが慌てて弁解する。しかし新本はそっぽを向きながら洞窟内にいる全員に聞こえるように大声でつぶやいた。
「そういえばこの街の市長さんから聞いたんですけど、タリスマン商会の代表は賠償金を全部払わずに失踪してるんですよねー。そんな人がオークンに大手を振って戻れるものですかねー? ちなみに行方不明になってる代表の名前は」
「だ、黙れ!」
「ドラグノフ・ショット」
反射的に飛びかかってきたアロルドのガラ空きになった腹部に新本は容赦なく魔法を叩き込んだ。アロルドは着弾の瞬間、口を開けて空気を吐き出しそのまま白眼を剥いて気絶した。
邪魔者がいなくなった所で新本は困惑する傭兵達に向かってわざと咳き込んでから話しかけた。
「あー、こほん。皆さん、前金として銀貨1枚ぐらいこいつから受け取ってませんか?」
「い、いや……」
「俺は昼食取ってた時に突然話しかけられてそのまま……」
何人かの傭兵達が顔を見合わせて囁く。するとその中の1人がおそるおそる手を挙げた。
「あのー……俺、昨日酒場で話した時にもらったんだけど」
「それ、ちょっと尖った物で擦ってみてくれますか?」
傭兵が言われた通りに銀色の硬貨を取り出し、自分の斧の先に触れてみると銀色の部分が裂けて茶色い物体が顔を出した。
当事者だけでなくその周りにいた傭兵達が信じられない物を見たような表情を浮かべ、助けを求めるように新本を見る。新本はニッコリ微笑みながらトドメをさした。
「残念ながらこの人は銀貨を持っていないと思いますよ? さっきこの人が経営しているお店を見に行きましたけど、薄暗い路地の奥にあってあまり繁盛してるようには見えませんでしたし」
傭兵達はそれを聞くと呆然とした表情を浮かべながらその場にへたり込んだり顔を覆ったり武器を地面に突き刺して天を仰いだりし出した。
「……でもその人を通貨偽造罪で告発すれば銀貨1枚にはなりませんけど、それなりに報酬が支払われないですかね?」
その様子を不憫に感じた新本は助け船を出した。もし一岡達の告発が認定されていたら今ごろ騎士達はアロルドを探しているはずだったからだ。
「そ、そうだな……」
「無銭で済むよりかはマシか……」
「ちくしょう、銀貨で豪遊しようと思ってたのに……」
何人かショックから立ち直れていなかったが、傭兵達は気絶しているアロルドの体を担ぐとそそくさと洞窟から退散していった。
「スライム、大丈夫か? 毒とか鉄なんか食べて」
「平気。味ない、けど」
「そうか。ならいいや」
傭兵達が去り、新本とスライムが何もなかったかのように世間話を交わしていると先ほどから黙って肩を震わせていた白竜が大声で笑い始めた。
それを見た新本は笑顔で最後の一押しにかかった。
「どうでした? 一応足手まといにはならないと思いますが」
「別に妾は戦力を求めてるわけではないんじゃが。……まぁ」
白竜は目尻に浮かんだ涙を拭い取ると新本の手をとった。
「そなたらと一緒にいたら退屈はしなさそうじゃ。だが、お主がこの町の住人と同じようなことになった時はいなくなるからな?」
「望むところです。では、2つ目のお願いを」
「ほう? 言ってみい」
そう交わし合うと白竜と新本はお互いに不敵な笑みを浮かべ合った。
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