15日目-オカシンキン・お祭り騒ぎ-

 この日、オカシンキンに大きな異変が起きた。深夜まで営業しているはずの食事処のほとんどが「臨時休業」の札を出したのである。

 そんな中、烏酒場は休まずに満員御礼の営業をしていた。しかしカウンター席が満員になっているのは普段通りだったが、今日はいつもとは違い店の周辺に折りたたみ式のテーブルがいくつも出され、そこにも客が大量に座っていた。

「ごめんね、手煩わせちゃって」

 慌ただしい業務の間を縫って、主人の嫁は申し訳なさそうにカウンター席の端に座っている壮年の男性に話しかけた。

「別にいいさ、1日だけの許可ぐらいなら隊長権限でどうにか取れる。それにあんなスペシャルゲストが来ているのにいつもの席数しかないとなったら絶対に暴動が起きちまうからな」

 男性はお猪口を持ちながら笑って返すと入口の方にゆっくりと視線を向けた。

「本当にハクじゃねえか!」

「全然変わってないなあ! 俺のこと覚えてるか⁉︎」

「何昔みたいにふらっと来てるんだテメェ!」

 その先では慌てた様子で店の中に飛んで入ってきた中年の男達にハク、と呼ばれた女性は照れくさそうに頬をかきながら笑みを浮かべていた。

「覚えとるよクロウ。それとアスランにエドモンドじゃろ? ……というかさっきから仕事してるはずのやつらばかり来ている気がするんじゃが、まさか妾が来てない間に揃いも揃って廃業したとか」

 笑顔でいたかと思えば、一瞬で顔を青ざめさせて真剣な表情を浮かべるハクに来たばかりの3人だけでなく周辺の客達が一斉に否定し始めた。

「お前が30年ぶりにやって来た、って聞いて居ても立っていられなくなったんだろうよ。察してやれ」

 反論で店内がうるさくなる中、目を真っ赤にさせた店主はそうフォローしながら焼き鳥の盛り合わせを出した。近くにいた客達がそれに手を伸ばす中、ハクはニヤニヤと面白そうに店主の方を見た。

「お、早速使ってくるか」

「当たり前だ、お前がいる時に出さないでいつ出すってんだ」

「あれ、これって」

 焼き鳥が載る真っ白な皿を一目見ただけで客達はすぐに何かに気づいたらしくハクの方を向いた。

「ん? 妾が作った特注品じゃよ」

 その一言だけで何かを確信したのか、それを聞いた客の1人が目をひん剥きながら立ち上がった。

「あれを皿にしたのか⁉︎」

「別にいいじゃろう。元は妾の物なんじゃから」

 人型のスライムが慌ただしく外の席からの注文の品を運んでいく中、ハクは呑気にお猪口を傾けた。

「出店祝いにいつものまな板を出そうにももうおやっさんから譲ってもらってると聞いたのでな。代わりのを作ってみた」

「そんなことしなくてよかったのに。そんなことしたらすぐに物に出来た人が可哀想じゃない」

 おかわりのジョッキと徳利を持ってきた主人の嫁からの意見にハクはなぜか威張って言い返した。

「まな板よりも小さい鱗を使っとるからセーフじゃセーフ」

「そういう話じゃな、い、の」

 主人の嫁が空いたお盆でハクの頭を何度も叩くのを見て周りの客から笑い声が上がる。

 そんなこんなであっという間に空になった白竜の皿を嫁が下げようとしたところで店主が唐突に口を開いた。

「ところでよ、今の焼き鳥どうだった」

「ん? いつもの味だったよー」

「ああ、やっぱりカークの焼く焼き鳥が1番だぜ」

 赤ら顔になった常連客がそう言ったのを聞いて主人カークはしたり顔になった。

「今の焼いたの、息子ユーキリスだぞ」

 主人の後ろからひょこっと青年が顔を出したのを見て常連客の動きが止まる。

「ハクに気を取られてるからバレねぇだろうと思ってこっそり焼かせたんだが、大正解だったな」

「なんじゃ? そんなに避けられるような物でも作ったのかそやつは?」

 常連客の態度を不思議がったハクが尋ねるとカークは首を振った。

「いんや。俺のチェックを通ってるのに未熟者の串物なんか食べたくないー、なんて駄々こねやがってな」

 カークは両手を振りながらアヒル口にしてややオーバーに言ったが、言ったことは事実なので常連客は何も言い返せず、先ほどまでの上機嫌から一転して気まずそうに黙ってしまった。

「あんた! せっかくの楽しい食事時に空気が悪くなるようなこと言わない!」

 その結果、カークの顔は嫁のお盆によるフルスイングの餌食になった。

「……変わらんなぁ。30年も経っとるのに」

 その様子に彼らがまだ少年少女だった頃を思い出したのか、ハクは目を細めて小声で呟き、お猪口をまた傾けた。

「ところでハクよー」

 カウンター席が静かになったのを見計らってか、テーブル席にいた男性がカウンターまでやってきて興味深げに話しかけてきた。

「なんでカークが父親からまな板譲ってもらったこと知ってたんだ? あの人が死んだのは10年も前のことだし、こう言ってはなんだが、そこまで旅先で話題になるような人ではないだろ?」

「ああ、それか? 今……というかこの間出来た同行人からここに来た時カークが同級生の中で自分だけもらえなかったことを残念がってるというを聞いてな。まな板の代わりに何を贈ろうか考えていた時に大皿を提案してくれたのも彼なんじゃ」

「へー、今は複数人で旅してんのか。で、その同行人君は?」

「あやつか? あやつなら……」

 ハクが親指で指した先ではその助言をした張本人がカウンター席から1番離れているテーブルで気配を消しながら1人静かにチビチビと何かを飲んでいた。

「あそこでチビチビ飲んでる茶髪のアンちゃんかい?」

「そうじゃそうじゃ。なんであやつはあっちでこっそり飲んどるんかの?」

 ハクが首を傾げている横で、さっきまでしょげていたはずの男達はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「そうか、あいつが……」

「こんな機会を与えてくれたんだ、めいっぱいお礼をしないとな」

「カークー、あそこの席にビールと焼き鳥追加な」

「お、おう……」

 叩かれた頭を押さえながらカークが応じたのを確認してから、カウンター席にいた男達は自分達が頼んでいた分を持ってぞろぞろと新本のいるテーブルへと向かった。

「……あるじ、大変、なりそう」

 空になった盆を持ちながらスライムが戻ってくるとハクは空いた席にスライムを招いた。

「なんじゃ、あやつ話し下手なのか?」

「あるじ、酔っ払い相手、話せる。でもお酒、沢山、飲めない」

「あー……」

 客が来るにつれて新本が自分から離れていった理由に勘付いたハクがおそるおそる新本のいるテーブル席を見ると、酔っ払い達は新本のまだ中身が残っているコップに問答無用で焼酎を注いでいた。

 新本の笑顔は引きつっており、端から見れば明らかな作り笑いだと分かったが、酔っ払っている男達がそれに気付く様子は全くなかった。

 ハクは新本の姿が見えないようにゆっくりと上げられていた暖簾を下ろしてからメニューを開いた。

「どうじゃ、お主も飲むか?」

「いい」

「そうか」

 無下な断りに白竜はつまらなさそうにメニューを戻したが、スライムが未だに自分を見つめ続けていることに気づいた。

「……どうした? 言いたいことがあるなら言っておけ。一応仲間になったことだしの」

「どうして椅子、壊れないの」

 本当の姿から想定するに白竜の体重は人間を数十人集めてようやく釣り合うほどであろう。しかし先ほどから座っている木製の椅子は壊れるどころか軋む音すらも上げてなかった。

「それはな、体の周りに魔法を使って接触しないように微妙に浮かせてるんじゃよ」

 それを証明するためか、含み笑いを浮かべた白竜の体はふわりと天井に手がつくまで浮かび上がった。

 ユーキリスが喝采の声をあげる中、スライムは真顔で質問を続けた。

「寝る時、どうするの?」

「人が寝るところで、という意味か? それなら寝たら最期、ベッドごと突き抜けて地面に真っ逆さまじゃな」

 そう答えると白竜は椅子のすぐそばにまで自分の体を戻した。

 スライムは無言で白竜の尻と椅子の間に自分の体を滑り込ませると何の接触もなく向こう側にそれが行ったのを確認してから拍手をした。

 スライムの反応の薄さに白竜は顔をピクピク痙攣させながらも笑顔を浮かべてお猪口をあおった。

「はい、お代わり。そろそろ切れるだろ」

 カークはハクの前に新しい徳利を置くと、スライムの前にも揚げたての春巻を置いた。

「……店主、私、頼んでない」

「これはサービスだ。今日1日手伝ってもらったから、バイト代代わりだ」

「……ありがとう。あるじに、見せてきて、いい?」

「おう、いいぞ」

 カークの笑顔につられるように、スライムも嬉しそうに笑顔を浮かべ、春巻の入った皿を持ちながら新本のいる席へと向かっていった。

「……ずっと真顔かと思えば。ちゃんと笑えるではないか」

 白竜はなぜか意外そうな表情を浮かべながら酒で満たしたお猪口を傾けた。

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