第2幕

?日目-???・プロローグ-

 この日、ある貴族が友人や親戚を伴って狩りをするためにこの森に来ていた。

 傭兵達からしてみれば生活の糧であるモンスター討伐も貴族である彼らにとっては趣味と実益を兼ね備えたスポーツだった。

 しかし幼い兄妹は銃を持ってモンスターに対峙されることは許されない。そのため自然と手持ち無沙汰になった彼らは親から許可をもらって探検に出ていた。

 家の中にある綺麗に整えられた庭ばかり見てきていた彼らにとって全く人の手が入っていない森林は全てが新鮮に映った。

「お兄様ー、こっちこっちー!」

「フェリシア、待ってよ!」

 無邪気に森の中を走り出した少女の後を少年は慌てて追いかけた。

 少女は苔むした巨岩の前で止まると指差しながら少年に呼びかけた。

「お兄様みてみて! この岩、緑の葉っぱがいっぱいついてる!」

「それは苔だね。水をたくさん浴びた岩に生えるらしいよ」

 少年の説明はその筋の方々が聞いたら苦笑いを浮かべるであろう薄っぺらい内容だったが、今の彼らにはそれで充分だった。

「じゃあうちの石にも水をやったら生えてくるかな!」

「そうかもね」

 笑い合いながら森を進む彼らは次に木の幹に注目した。

 幹から流れる樹液の周りでは数少ない食べ物を巡って激しい争いが起きていた。

 ヘラ状の角を持つ茶色く大きな甲虫が鎌のような手を持つ細長い黄緑色の虫によって挟まれ、投げ飛ばされる。しかし甲虫は空中で羽を広げて体勢を立て直すと細長い虫に向かって突進していった。

 しかしその攻撃は軽く避けられ、樹液を吸おうとしていた光沢のある緑色の体を持つ丸くて小さい別の甲虫に激突した。

 大きさから考えると緑色の甲虫は茶色い甲虫に潰されそうだったが、実際には茶色の角は緑色の外殻に歯が立たず、中間の辺りで折れてしまった。

 立派な角を失った茶色の甲虫は這々の態で逃げ出し、残った緑色の甲虫と細長い虫は新しい戦いを始めることなく互いに食事を始めた。

 そんなやり取りを少年は目を輝かせて見ていたが少女はあまり気がそそられなかったようで途中で飽きて辺りを見回り出した。

 するとさっき見た時は木の根と土しかなかったはずの地面の一部が怪しげに光り出しているのに気づいた。

「何あれ、キレイ……」

 少女は何かに取り憑かれたかのようにフラフラと光の元へ向かっていく。しかし虫に夢中になっていた少年はそれに気づかない。

 少女がしゃがみながら光輝く地面にそっと触れると光は消え失せ、代わりに大量の煙が少女の周りに吹き出した。

「キャッ!」

「フェリシア⁉︎」

 少年が声がした方を見ると少女が振り払うために手を振り回しているのに、桃色の煙はまるで意思を持っているかのように彼女の周りに滞留し続けていた。

 只事でないことを本能で感じた少年は勢い良く走り出すと煙の中に飛び込み少女を突き飛ばそうとした。

 しかし勢いが足りなかったのか重さが足りなかったのか、少年は少女を押し倒すだけで煙の中から彼女を押し出すことは出来なかった。

 少年は咳き込みながらも少女を守ろうと彼女の小さな体を抱き抱えて目を閉じた。

 そんな想いが届いたのか、時間が経つにつれて次第に息苦しさは薄らいでいった。

 少年が恐る恐る目を開けて顔を上げると桃色の煙はどこかへと消えていた。

「フェリシア、大丈夫だった?」

 安堵した少年はニコリと笑いながら少女を見ると、彼女は怯えた表情を浮かべ口を細かく震わせていた。

「……フェリシア?」

 その尋常じゃない様子に胸騒ぎを感じ、少年は地面に手をつけて起き上がろうとすると赤い水滴がポタリと少女の右頬に落ちた。

 悲鳴が、轟いた。

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