17日目-オザキ・船内-
「おい、お主。早く来んかい」
そう急かすように言いながらも白竜は大きな船に通ずるスロープの上で腕組みして新本を待っていた。
当の新本は青い顔で手すりに寄りかかりながら歩いており、白竜の元にたどり着くのはまだまだ時間がかかりそうだった。
「これで船旅など本当に大丈夫なのか?」
「あるじ、船移動、勧めたの、ハク」
スライムからの指摘に白竜はたじろいだがすぐに反論した。
「仕方ないじゃろう、まさかあんなに弱いなどと思うか?」
「自分の、常識、人に、押し付けない」
白竜はスライムの反論にそれ以上言葉を発することはなかった。
「あるじ、酒、弱い、覚えた」
スライムは一昨日昨日と飲み会で自分から大量の酒を飲まされていた新本の様子を思い出したのか、真顔でそう小さく呟いていた。
ちなみに昨日の飲み会では白竜達が気付いた頃には新本はすでに出来上がっており、赤い顔でサラダの野菜をカクテルの中に突っ込んで「これこそ気まぐれカクテルだー」などとのたまっていた。
それから白竜は酒と偽ってカクテル風のソフトドリンクを飲ませるようにしたのだがすでに手遅れだったらしく、翌朝新本は馬車の揺れだけで吐き気を催すほどの二日酔いに陥り、白竜達がチケットを買っている間人気のない船着場の舟留めに掴まりながら海に向かってリバースしていた。
そんな回想がモンスター2匹の間で交わされているとは知らない新本は白竜の元にたどり着くと心配そうに聞いてきた。
「……白竜、チケットは買ったのか?」
「お主が海にお世話になってる時にもう買っとったわ、安心せい」
新本の確認に白竜はずっと手に持っていた3枚のチケットを振って答えるとスロープの奥へと足を踏み入れた。
「こちらエスピリッツ・ユンシンオン港行きの船となります、お乗りの方はこちらにお進み下さーい」
「ほい、お主の分じゃ。出る時にも必要じゃから無くすなよ?」
そう言って白竜は新本にチケットを渡すと1人と1匹を置いてどこかへ行ってしまった。
「追いかけ、ないの?」
「別に、乗り遅れでもしなければ何しても良いよ……。俺は寝るからお前も好きにしてろ……」
「……わかった」
新本は船の出入り口にいた船員にチケットを見せるとそのままスライムを残して休憩室に真っ直ぐ向かい、そのまま中に置かれていた寝台に横になった。
それから数時間後、いつの間にか眠っていた新本は優しく揺り起こされた。
「あるじ、起きて」
「んんー?」
新本が目を開けるとそこにはスライムの姿があった。
「ハク、呼んでる。ちょっと、来て」
「ええ……」
心地よい眠りから起こされたためかまだ気分が悪いのか新本は不機嫌そうな反応を見せたが、特に抵抗することなく客室から出てきた。
大きく揺れることがない船内をスライムの案内で進んでいくと大きな窓が壁一面に張られたレストランへとたどり着いた。
昼食時だったこともあり外の光景が一望できる窓前のテーブル席は他の客達で満杯になっていたが、その奥の酒瓶が並ぶ壁の前にあるカウンター席にはまだ余裕があった。
「お、来たか」
そのうちの1つに手招きする白竜の姿があった。その傍らにはカウンターに突っ伏しているタキシードの男の姿もあった。
「……どうしたんですか?」
「いや、こやつが酔い潰れてしまってなー。すまんがソフトドリンクでもいいから付き合ってくれんか?」
白竜の手には早い時間にも関わらず度数の高そうなアルコール臭のする液体と氷が入ったグラスが握られていた。
白竜からのお願いに新本は近くにいた店員にクラブハウスサンドとフルーツジュースを注文して男がいない方の白竜の隣に座った。
「……で、何があったんですか、その、横の男は?」
「んー? 俺に勝てばおごってくれるとこやつが言ってくれてなー。お言葉に甘えてたところじゃ」
「……スライム。何杯ぐらい飲んでた?」
「お互い、注文しあい。白竜、注文、3杯、男、潰れた」
「いったい何を飲ませれば自信アリの奴を3杯で潰せるんだよ……」
一部始終を見ていたスライムの報告に新本は頭を抱えた。
「んー? 適当に騎士団の連中が力試しの時に使ってるカクテルをちょいと、な。いやー、こやつが騎士団出身者じゃなくてよかったわ」
新本の反応に白竜が勝ち誇ってケラケラと笑っていると船内にアナウンスが流れ始めた。
「皆様、右手をご覧ください。まもなくフレッチャーズ首都、ミキッチの町が見えて参ります」
テーブル席にいる客の何人かから歓声が上がる。窓の方を見ると沢山の観光用とみられる船が泊まっている街の姿が遠方から見えてきた。
埠頭や船の間から見える景色にはファイサンでは見ることがなかったフォークリフトや自動車の姿が見えていた。
「あれ、自動車なんてあったんだ」
完全なファンタジーのゲームだと思っていた新本にとってその存在は意外に思えた。すると白竜がグラスを傾けながらこう呟いた。
「ファイサンはああいう機械をとことん排斥しているからの。ファイサン出身者が他国に初めて行って驚くことの1つじゃ」
「へー……」
アナウンスではミキッチの夜景の美しさの紹介が行われていたが、まだ日の高い今ではその姿を見ることは出来なかった。
「……なんでファイサンは機械を排斥してるんですか?」
口から出た疑問を聞いた白竜は頬杖をつきながらグラスの中の氷を回した。
「まー、昔はファイサンにもああいう機械はあったんじゃよ」
「お待たせしました、クラブハウスサンドと本日のフルーツジュースになります」
「じゃが妾が小さい頃じゃったかな。グランデの方で大事故があって、ファイサンも少なからずその影響を受けたんじゃ。そんでその二の舞になりたくないとなって機械の排斥運動が起きて、今に至る感じじゃな。あとは歴史の参考書でも買って読め」
「はーい」
素直に頷いた新本はそのまま野菜たっぷりのサンドイッチにかぶりついた。
「……ひょっとして白竜はなんでフレッチャーズに行くのを嫌がったのもそれが理由ですか?」
口元についてしまったマヨネーズを舌ですくい取って舐める新本に白竜は怪訝な表情を浮かべた。
「なんじゃ藪から棒に」
「いや? 他の国に行ってみたいって言った時に名前を出して拒否してたんで」
「……フレッチャーズはモンスターにとって色々と障害がありすぎる。
「……やっぱり機械とモンスターは相性悪いんですか?」
新本の予想に白竜は無言で頷いた。しかし機械がモンスターにどのような悪影響をもたらすかまでは口に出さなかった。
それが言うことすら抵抗があるのか、それくらい自分で考えろという意味なのかどうかの判断は新本には出来なかった。
スライムが暇そうに球状で1人と1匹の間を転がっている中、話題はこれから行く国についてに移った。
5ヶ国の中で最も海に接する面積が多く、収入の大半に船が関わっている海洋国家。
ただその船の部品の生産はフレッチャーズに一任しており、稼いだ金のほとんどをフレッチャーズに納めざるおえない事実上の衛星国家。
「フレッチャーズの機嫌を損ねればすぐに国の首が回らなくなるからの。仕方ないと言えば仕方ないんじゃろうが」
「でもフレッチャーズよりも機械化は進んで無いんですよね?」
「それもフレッチャーズからの自分達の土地に自然が残ってないから残しといてくれると嬉しいなー、というお願いという名の命令のおかげでな。同時期にグランデでの事故があって世論が機械化に難色を示していたのもあるんじゃろうが」
その様を実際に見聞きしていたのか、白竜はどこか遠くを見つめながら話していた。
「お客様にお知らせいたします。本船はまもなくシンユンオン港に着岸いたします。長らくのご乗船ありがとうございました」
船内にアナウンスが流れる。辺りの人々がぞろぞろと食堂を後にする中、新本は意外そうにスピーカーを見ながらつぶやいた。
「あれ、さっきフレッチャーズの町の紹介をしてたのにもう着くんですね」
「ミキッチとそう離れてないからの。1山挟んどるだけじゃし。……ああ、領収書はこいつにつけといてくれ」
賭け事を把握していたのか、カウンターの中でグラスを拭いていた船員はその手を止めてニッコリと笑みを浮かべて会釈した。
「さて、部屋に忘れ物はしてないか? ないならこのままゲートに向かうぞ」
「大丈夫へす、ここに全部せんふ入ってまふから」
残りのサンドイッチを口に詰め込んだ新本が頬を肩にかけたバッグを叩くのを見て、白竜は右の口角を上げた。
新本達が客室へと向かう人々と逆走する形で階段を下りていくと汽笛を鳴らしながら出発時に引き上げられていたスロープがゆっくりと降ろされていた。
今まで閉じられていた部分から潮の匂いが船内に入ってくると白竜は一瞬顔を顰めた。
「……どうしました?」
「いや、なんか変な臭いを感じてな……」
新本は思わず鼻を動かしたが、潮の香り以外の物を感じることは出来なかった。
「……機械を動かすための油の臭いとかじゃないですか?」
「いや、それとは別の……なんというか、腐敗臭というか?」
感じた当人も確信することが出来ないのか、首を傾げながら眉間にしわを寄せた。
そこで新本は頭の上に乗っている物に意見を仰いだ。
「スライム、お前は何か感じるか?」
「無理」
スライムは新本の頭から飛び降り、人型になるとそう短く答えた。
「私、嗅覚、無い、から」
「そっか。なら仕方ないか」
新本が残念そうに言うのを見て白竜は彼の頭を突然小突いた。
「な、何するんですか」
「なんとなくじゃ」
殴られた辺りを押さえて新本は抗議したが白竜は目を逸らしながら素っ気なく言った。
スロープがシンユンオンの地面に着き、待ち構えていた2台の機械によって固定される。それと同時に汽笛は止み、船内に新たなアナウンスが流れた。
「本船はシンユンオン港に無事着岸いたしました。他のお客様に迷惑をかけないよう、係員の指示を聞き順序を守ってお降りください」
新本にとって2つ目の舞台が幕を開けようとしていた。
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