18日目-シンユンオン・ゴミ山-

 疑心は確信へと変わり、予想は結果へと変わる。

 町近くにある小高い丘でシンユンオンに着いてからずっとつきまとっていた疑問の原因に対峙した途端、2人は鼻を手で覆い顔を思いっきりしかめた。

「……船から出た時に感じていたのはこれか」

「……これはすごい」

 こんもりとそびえ立つ様々な色の物が埋もれている灰色の物体には鼻につく臭いとそれに引き寄せられた虫がその周りを飛び交っていた。

 この丘にある灰色の物体のほとんどが不法投棄された色々な家電やゴミ袋。それらが放つ悪臭が山から吹き降ろす風によってシンユンオンの町に流れ込みちょっとした社会問題となっていたのだ。

 ならば町や国総出でゴミを片付ければいいはずなのだが、そうはいかない理由があった。

「この中に邪魔者がいる……んでしたっけ?」

 新本が振り向きざまに出した問いに、この丘の地主である禿げ上がりかけた白髪の男性は額を頻繁にハンカチで拭きながら頷いた。

「ええ、はい。この奥にいる少年のような見た目のモンスターに幾人の傭兵達が挑んでは蹴散らされて……」

「この臭いではロクに武器を振るうことも口を開くことも無理じゃろうからな……いっそのこと火を放った方がいいのではないか?」

「そんな、そんなことしたら町を巻き込む大火事になってしまいます!」

「わーっとる。言ってみただけじゃ」

 灰色の物体は所々崩れ落ち、周りの森林にまで侵食し始めている。白竜の提案を実行すればすぐに山火事に発展することだろう。

 顔を真っ青にする男性を宥める白竜の視線の先では新本が灰色の物体の中でぽっかりと不自然に開いている穴を見つけていた。

「すいません、入口はこの穴ですか?」

 大声で呼びかけると男性はゴミだらけの地面を踏みつけながら走ってきた。

「は、はい、そうです。ここがやつが根城にしている所に通じてる道です。では、あとはよろしくお願いします」

 そう言うと男性は臭いに耐えきれなくなったのか脱兎の如く白竜の横をすり抜けていった。その姿を振り返りみながら白竜は目を細めた。

「不法投棄の山を金を惜しんで片付けなかった結果このようなことに陥ってるのじゃろう? 何も報酬が高いといっても妾達がやることか?」

「不法投棄をしたのがあの人じゃありませんから。対策や片付けを怠けてたのは否定しませんけど」

 一度庇ったかにみせたが、結局突き放した新本は頭にかぶっていたヘルメットのライトの電源をつけた。

 穴は火の魔法で作られた物らしく、溶接された部分に光が反射しテカりを見せていた。

「火の魔法使うなら加減せずにぶっ放せよ……」

「本当じゃな」

 襲いかかる臭いで心が荒んでいるのか、文句をぶつぶつと吐きながら1人と1匹が進んでいくと門の形になるように組まれた赤いボロボロの木材が見つかった。

 適当に放り置かれた他のゴミとは違い意味ありげにあるそれが気になった新本がそばに積み重なるゴミを軽く払ってみるとそこからは台石の姿が現れた。

 それはこの木材がゴミとしてではなく鳥居としてここに設置されていたことを示していた。

「何をしとるんじゃ、先行くぞ」

 鳥居の元から動こうとしない新本に白竜は声をかけるが返答は無かった。業を煮やした白竜が先に進んでいくとこれまたゴミに埋もれた小さな木製の建物があった。

 神棚にも見えるそれの周りは綺麗に清掃されており、ご飯茶碗がポツンとその前に置かれていた。

「参拝の方ですか?」

 突然明るい少年の声が窟内に響く。新本が反射的に顔を上げる一方で白竜は平然と答えた。

「……どこから話しかけておる」

「目の前にいるじゃないですか、目の前に」

 白鯨が声のした方を見ると誰もいなかったはずの神棚の前には笑顔を見せる少年の姿があった。

 全身に陶器の欠片のような物を貼り付けている少年に白竜は毅然として言った。

「残念ながら参拝ではないな。……その社の周りにあるゴミを片付けにきた」

「……ゴミ?」

 その言葉を聞いた少年の顔から笑みが消えた。

「檀家の方が納めた品々を、ゴミ、と? ……ああ、あなた方も最近になってきた罰当たり者でしたか!」

 次の瞬間、少年の手には白地に波のような水色の線が描かれた剣が握られ、白竜に向かって切り掛かってきた。

「白竜!」

「案ずるな」

 新本の心配をよそに白竜は体の向きを変えるだけで少年の一撃を避けると振り上げた左脚で少年の手から剣を吹き飛ばした。

「こんな技も何もない攻撃など意識すれば避けられ、おっと」

 したり顔で言おうとした白竜が驚きの声をあげて背中を反らす。その顔の前には空振りした剣の刃があった。

 新本が辺りを見回すと白竜が蹴り飛ばしたはずの剣がどこにも刺さりも転がりもせず、少年の手にしっかりと握られていた。

「白竜気をつけろ! そいつ、素早いかもしれない!」

「重々承知しとる!」

 少年の剣技は振り回したり突いたりと全く型のない適当過ぎるもので簡単に避けられる物だったが、その手から剣を離そうとしても叩き落とした瞬間にもう一方の手に握られており、刃を折っても一瞬で元通りに再生していた。

 新本が援護射撃をいくら放って直撃させようとも少年はまるで痛覚が無いかのように一切反応せず白竜に攻撃を続けていた。

 少年の尽きないスタミナに何をやっても持ち主の手元に完全な状態で戻る剣、そして窟内に充満する腐敗臭が新本と白竜のMPと精神を消耗させていった。

 そして新本はやけくそになってファイルの中でも最も低威力の魔法を放った。

「ファイア!」

 ファイアによって生じた火の玉は少年の剣に当たって分裂し1つは家電製品に、もう1つは神棚の近くに着弾した。

 その瞬間、少年の顔色が変わった。

「貴様!」

 少年は白竜から新本に攻撃の矛先を変えると先ほどよりも力を込めた攻撃をするようになった。

 火属性の攻撃を見ると攻撃パターンが変わる敵だったのか、と察した新本だったが攻撃パターンが変わっても弱点が露出したり攻撃が通るようにはならず、むしろ窮地に立たされただけであった。

 少年の攻撃を必死に避けるだけになっている新本に白竜は叫んだ。

「一時退却するぞ! 踏ん張っておれ!」

 新本がそばにとび出ていた鉄の棒にしがみつくと突風が吹き、少年は耐え切れずに後方に転がされた。

 そして少年が膝をついて立ち上がろうとした時には新本達はすでに鳥居の向こう側へと撤退した後だった。

 少年は新本達がいなくなるとすぐに神棚に駆け寄った。そこに焦げ跡や傷が付いてないことを確認してホッと息を吐くと最初から誰もいなかったかのようにその場から姿を消した。

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