18日目-シンユンオン・孤児院-
「いくぞ、姉ちゃん!」
そう言って男児が投げたボールははるか上へ見当外れの方向に飛んでいった。
しかしそのボールは斜め下から伸びてきた青い触手によって絡め取られ、塀を越えることはなかった。
「ふざけない……ちゃんと、投げて……」
伸ばした腕を元の長さに戻したスライムに周りの子供達から歓声があがる。そこに反省の色は全く無く、わざとやったことをありありと感じさせた。
そんな時、教会風の建物から修道服に身を包んだ女性が顔を出した。
「スライムさん、お迎えが来ましたよ」
その知らせに子供達から不満そうな声が口々に上がる。しかし女性が一喝するとその声はすぐに小さくなっていった。
スライムはつまらなさそうに口を尖らせる男児にボールを渡すと目線と同じ高さにまでしゃがんで笑みを浮かべた。
するとそれだけで男児は顔を真っ赤にさせて目を逸らした。
すぐに真顔に戻ったスライムが立ち上がって振り返ると女性は朗らかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがとうございました、依頼は壁の掃除だけだったのに子供達とも遊んでもらって……」
「構わない……。ただの、暇つぶし」
スライムは照れ隠しか本心か微妙に判断しにくい言葉を返して建物の中に入った。
背中越しに子供達へ片づけを勧める女性の声を聞きながらスライムがドアを開けると普段は子供達の食事に使われている大部屋に置かれたテーブルの端で白竜がティーカップに口をつけようとしていた。
「お、ステラ。来た時よりもずいぶんキレイになってたじゃないか」
「……苔と、塗料、ぐらい、だったから」
スライムはいるはずの人物の姿が見えないからか辺りを見回し出した。
「……あるじは?」
「んー? あやつなら風呂を借りにいったぞ。ここの所長が『どうぞ臭いを落としていってください』と薦めてくれてな」
「ゴミ……白竜、そんなに、くさくない」
「お主には嗅覚無いじゃろうが……。まぁ、空気の膜作って臭いがつかないようにしとったからな」
鼻が利かないのに臭いを嗅ごうと顔を近づけるスライムに白竜は困ったように笑いながらも簡単に種明かしをした。しかしスライムの関心はすでに別の物に移っていた。
「ところで、成果は?」
「成果、か……うーん」
あまり聞いてほしくなかったことなのか、白竜の表情が曇る。それだけでスライムは自分が孤児院併設の教会の掃除をしている時に1人と1匹が解決しに行っていたこの町の問題に関する依頼が失敗したことを察した。
「わかった。言わなくて、いい」
「いや、元凶の所までは行けたんじゃがな。ただ攻撃がさっぱり通らんのよ」
言い訳のような白竜の主張を聞いたスライムは目を細めた。そんな時に髪を水分でツヤツヤとさせた新本が戻ってきた。
「ただいまー、っとスライムもお疲れ」
白竜がスライムのことをステラと呼んでいるのを知っても新本は「スライム」と呼び続けていた。
「あるじ、敵、どんな、だった?」
「どんな……ねぇ」
スライムは前置き無く問いただされた新本は視線を泳がすと大きな窓の向こう側から見える子供達の姿を見つけた。
「……背格好はあの青い服を着ている男の子ぐらいかな。で、服の代わりに土色の皿みたいな四角い板を鎧のようにして身につけてた」
「戦い方は?」
「適当に刀振り回すだけ」
「いや、あれは多分陶器の類じゃ。叩いた時の感触が金属よりも
「……刀でも鈍器でもいいよ。問題はその武器がどれだけ遠くに投げても壊しても一瞬で元に戻ることなんだよ。直接そいつを叩こうとしても全部その武器で弾き飛ばされちゃうから」
「共に揃って打撃系の武器や魔法を持っていなかったのが敗因じゃろうな。とはいえそのためだけに今から手に入れるわけにもいかん」
「魔導書なら買ってもいいけど、後々も使えるし。でもここに売ってるかどうかなんだよなぁ」
「港町なんじゃし、探せば扱ってる店はあるじゃろ」
「それもそうだな。軍資金は白竜が身を切ってくれればどうにでもなるし」
「……それ、諺じゃなくて物理的な方じゃよな?」
「剥がれるのが嫌なら下りてもいいぞ、違反金ないし」
「待て待て、それはそれで癪にさわる」
質問者を放って始まった相談にスライムは一切不満を言わなければ顔を顰めることもなかった。その代わりに新しい質問を投じた。
「他に、特徴は、無かった?」
「特徴? 特徴……そういえばゴミ山の中にあった神棚みたいなやつの近くに火が飛んでいったら激怒したっけ」
「あとあのゴミ山をやけにありがたがってたな。でもそこらへんはどうでもいいじゃろ、どうせ燃やすんじゃし」
「そうだな」
白竜の意見にあっさりと新本は頷く横でそれを聞いたスライムは何か思いついたらしく手を挙げた。
「あるじ、ハク。私にも、戦わせて、欲しい」
スライムからの提案に白竜は眉をひそめた。
「いや、やめておけ。妾が相手にならなかっ」
「いいんじゃないか? ゴブリンの首へし折れるのしかかりすれば刀ごとあいつも倒せるだろ」
「しかし」
「そもそも白竜が反対しなければ普通に連れて行くつもりだったからな。お前が思ってるほどスライム弱くないから」
「そうなのか? しかしな……」
「大丈夫、私、引き際、知ってる」
心配する白竜に向かって新本は指をさしながら力説し、スライムは自信満々に胸を張った。しかし白竜の表情は冴えないままだった。
「あ、ニイモトさん。これ本日の依頼料です」
そんな時、この孤児院の院長である男性が封筒を持って現れた。白竜が急いでカップの中身を飲み干す横で新本は頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。ここで確認してもいいですか?」
「構いませんよ」
断りを入れてから新本は封筒を開けて中身をテーブルの上に並べ始めた。
そしてその手は不意に止まり、新本は眉間にしわを寄せた。
「あの……銅貨が5枚ほど足りないのですが」
「それですか? それはニイモトさんのお風呂代と白竜さんに出した飲み物代を引かせてもらいました」
笑顔で答える院長に新本と白竜が言葉を失って顔を見合わせる。そんな中スライムが勇敢にも声を上げた。
「私の、遊んだ、分は?」
「だって、仕事ではなくて暇つぶしでやってくれたんでしょう? ボランティアはタダなのが普通ですよね?」
しかし院長の屁理屈の前に見事に玉砕した。
「……わかりました。行くぞスライム、白竜」
捨て台詞も悪態もつけず、新本はさっさとこの場を去ることを選んだ。
「ありがとうございました、またお願いしますね」
「二度と請けるか、こんな条件で」
能天気なお礼に反射的に口から出てしまった暴言は運良く院長の耳には届かなかった。
「……で、本気で行くのか?」
「行くと、言ったら、行く」
その一方、2匹は行く行かないの押し問答を繰り広げていた。
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