19日目-シンユンオン・取り除いた先-

 スライムは机に頬杖をついて、ある一点をじっと眺めていた。

「不機嫌そうじゃなステラ」

「ハク、からかい、つもり?」

「からかうつもりはないが聞きたいことはあるな」

 ところどころ錆びついた電子レンジを置いてその横に座った白竜の眉はピクピクと動いていた。

「なんであの強者がそなたが数分話しただけであっさり陥落するんじゃ」

 白竜が差した先には作業員に怒鳴られながらゴミ山の中を動き回る例の少年の姿があった。

「知らない」

「知らないわけないじゃろう、何を話したんじゃ何を」

「単に、ここの、管理者、寄進された物、整理したい、言ってる、話した、だけ。そしたら、あいつ、すぐに、会わせて、手伝う、言ってきた」

 あくまでも理解不能を通し淡々と話すスライムに白竜は煮え切らない様子で唸った。

「あと、今まで来た人、みんな、管理者、関係者、言った」

「それだけであそこまで従順になるもんか?」

「私も、意味、分からない。戦いたかった」

 そんな疑問と困惑が混ざった眼差しを少年に向ける2匹に後ろから声をかける者がいた。

「白竜、聞いてきたぞ。ここは呪物のお祓いを専門にしていた神社だったんだと。……5年前に神主が死んでからは野晒しだったらしいけど」

 新本が肩越しに白竜へ差し出した紙にはかつてここにあったという立派な神社の姿が写されていた。

「お、こんな物までもらえたのか……。こんなに立派な物を何で放置したんじゃ?」

依頼者あのジジイはその神社を取り壊して別の物を建てたかったらしい。自分の懐にお金が入る系の」

「ふんふん?」

「でも神社を取り壊すにもお金がかかる。そして手元に充分な金は無い。なら契約金で取り壊せばいいと考えたらしい。そんで2年後ようやく買い手が見つかったと思ったらゴミ屋敷と化しているわ付喪神らしきモンスターが邪魔してくるわ……で、ずるずると3年ぐらい経っちゃったそうな」

 この短時間でどれだけの聞かされていない情報を引き出してきたのか、新本は呆れた様子で重機によって崩されるゴミの山を見ながら息をついた。

「それでこの惨状か……お粗末な物じゃの。先に手を打っとれば付喪神あやつが出てくることも無かっただろうに。それで? ここはどうなるんじゃ?」

「異臭騒ぎが続いた所で話は立ち消え。依頼者ジジイの権利はすでに没収済み。そんでこれから付喪神あいつが目を光らせてることを考えると町が金を出しての神社再建しかないんじゃないですかね? あいつが暴れてた理由って神社を俺らが貶してる、って誤解してたからみたいだし」

「貶してる……。なるほど、神社の得になることだと思わせたからあっさり突破できたのか」

「というか、そういう情報は最初から言っといて欲しかったな……ふぁあ」

 白竜が合点のいっている後ろで新本が呑気に欠伸を浮かべた。それが依頼が終わって気が抜けたからか、この町の未来にそこまでの関心がないからかなのかは分からなかった。

「おーい、誰かこっちに来てくれ!」

 そんな時、近くで作業をしていた1人が声を上げた。

 近くにいた作業員達がその場に集まっていき、何かを動かす音がした後に内緒話をするかのように小声で喋りだしたのを見て、1人と2匹はその輪の中に入った。

「何だよこれ?」

「ここに地下室なんてあったか?」

「誰か入るか?」

 輪の中心には巨大な鉄板によって塞がれていた地下へと繋がる階段が姿を見せていた。

「どうしました?」

「おおう、この鉄板をどかそうとしたらこんなもんが出てきちまってな。中に入るべきかどうか」

「ちょっと見せてください?」

 新本達が振り返るとゴミ山の中では違和感ばかりの高そうなスーツを着こなした細身の中年男性が階段を覗き込もうとしていた。

 初めて見る男の姿に新本が内心首を傾げていると周りにいた作業員達が一斉に飛び退き直立不動の姿勢をとった。

「ち、町長! お疲れ様です!」

「みんなお疲れ。これのことは私達が調べとくから君達は別のところに行ってきてくれ」

「は、はい!」

 蜘蛛の子のように作業員達が散っていくと階段の周りには新本達と町長、そしてその部下だけが残った。

「あなた方は……どうするおつもりで?」

「町長は何かご存知で?」

 新本が正面から聞くと町長は目を細めて頷いた。

「ええ、このごみ山の中に反社会勢力のたまり場がある、と。これがそうかどうかはまだ分かりませんがね」

 後ろの部下達がバッグの中から武器を取り出しているのを見て、新本は彼らが何をしようとしているのか察しがついた。

「……どうするよ?」

「何をどうするんじゃ? 一緒に突入しようとなど考えているなら止めておけ」

「ですよね」

 新本は隣にいる白竜に小声で話しかけたが冷たい反応が帰ってきただけだった。

 そんな時、階段の底から声が聞こえてきた。

「おやおや、昔の通路が開いた反応がしたと思えば中々面白いことになっているじゃありませんか?」

 火の入ったカンテラを右手に持ちながら暗い階段を登ってきたのは白い短髪を薄汚れたフードを被った青年だった。

 人を食ったような不気味な笑みを浮かべる彼に町長は毅然とした態度で話しかけた。

「この下で非合法な取引が行われているという報告を受けた。覚悟は出来ているな?」

「非合法……ねぇ。まぁ、いくらでも見てくれて構いませんよ?」

 その内容に青年は含み笑いを浮かべながら階段へ手を差し出した。

「そうさせてもらおう」

 大義名分をもらった町長とその部下達は青年を置いて階段を下っていった。そして最後の1人の姿が見えなくなった所でスライムが口を開いた。

「ねぇ、この人、大丈夫?」

「うん? どうしたのかなお嬢さん?」

 目ざとく聞きつけた青年が体を屈ませてスライムと視線を合わせる。開いているかどうか怪しいほど細い目で見つめられたスライムはたじろぎながら発した。

「このままだと、あなた、逮捕、される、町長、言う通り、なら」

 青年はスライムの指摘に目を丸くした後、大声で笑い出した。その隣で白竜は息を吐いた後苦笑いを浮かべた。

「ステラよ、勝算が無ければこんな堂々と出てこんわ。町長の言う通り非合法な取引はやっているのかもしれんがな?」

「おや、そちらのお嬢さんは中々の切れ者のようですね?」

「お褒めにあずかり光栄、かのう?」

「せっかくですし皆さんもいかがですか? どうやら先ほどから黙り切ってるそちらの旦那様は我々と浅からぬ関係があるようですし?」

 そう申し出てきた青年の視線は新本の左肩にかけられていた物体に向けられていた。

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