19日目-シンユンオン・地下室-

 光の全く入らないジメジメと湿っている通路を進んでいくと錆びた鉄の板が見えてきた。

「ご丁寧にも閉じてくれたんですか、親切ですねぇ」

 青年が困ったように笑う。鉄の板の先からは耳をつけなくても聞こえるほどの怒声が漏れ出ていた。

「少しでも僕の帰りを遅らせたかったのか、それとも大暴れする気なのか」

 そう言って青年が板を蹴り倒すと中にいた人々の視線が彼らに集中した。その視線の中には先に入っていた町長やその部下の姿もあった。

「いやはや、皆さん楽しそうですねぇ。僕も混ぜてくださいよ?」

 青年は大股で部屋に踏み入るとまっすぐに町長に向かって行った。

「町長さん、ちょっとこちらへ」

「なんだ? 馴れ馴れしく触るな」

 眉間に皺を寄せる町長の首に腕を回すとそのまま部屋の隅へ連れて行く。そして二言三言話し、懐から何かを取り出して見せてから解放した。

 解放された町長の表情は動揺しており、声も上ずっていた。

「調査は終了だ、上に戻るぞ」

「な、何を言っているんですか! 前科者がこんなゴロゴロいるところで!」

「うるさい! 私の指示が聞けないのか、すぐに行くぞ!」

 抗議する部下を黙らせると町長は追い立てるように穴から出て行った。あまりの変貌ぶりに新本はその後ろ姿を一瞥してから青年に小声で話しかけた。

「一体何を話したんです?」

「一般人には関係ない話ですよ、いくら印持ちだとしても、ね?」

 青年はわざとらしくウインクをして答えた。

 その一方で邪魔者がいなくなったからか騒然としていた人々は少しずつ落ち着きを取り戻していった。その中で白竜は丸いテーブルの上に投げ出されていた黒いファイルを流し見していた。その目つきは見たページが増えていくにつれどんどん険しくなっていった。

「おい、そなた。ここは一体何なんじゃ?」

「はい、私にですか?」

 ファイルを持ったまま2人に話しかけた白竜に青年が振り返る。白竜はファイルをめくりながら問いかけた。

「このファイルには誘拐やら密輸やら暗殺なら、犯罪関係の物しか入ってない。……もう一度聞く。ここは一体何なんじゃ?」

「おや、オレンジのバッグを持っている方の使い魔なら知っているものだと思っていたのですがね」

「……申し訳ありませんね」

 不思議そうに青年が新本を見る。新本は目を細めて言った。ニヤニヤと笑みを浮かべる青年の視線に新本は居辛さを感じて目を逸らした。

「で、妾の問いかけにはいつ答えてくれるんじゃ?」

「おおう、そうでした。すいませんすいません。ここは裏稼業の依頼を回す施設……世間からは『闇ギルド』なんて呼ばれてますがね」

「……闇ギルド、ねぇ。そなたあの男に何を吹き込んだ?」

「おやおや、尋問ですか?」

「あの様子を見るとあの男はそれなりのお偉い様なのだろう? それが慌てて逃げ出すなど……何かあるようにしか思えん」

「おお怖い怖い。まあ、隠すことでもないですし……」

 棒読みで怖がってみせた青年はもう一度懐に手を入れると巻かれた紙と何か紋章が刻まれた立方体の物体を取り出した。

「それは……。なるほど、中々大きな組織が後ろにいるんじゃな」

 その紋章に新本は見覚えがなかったが白竜の方にはあったようで白竜は息を吐いて唸った。

「分かっていただけたようで何よりです。どうせでしたらこのまま依頼を受けてみますか、失敗すればあちらにいる方々のように大手を振って歩けなくなりますがね?」

 青年は挑発するように椅子に座っている人々に視線を移しながら言った。見られた方は微笑むだけで特に抗議してくることもなかった。

「……失敗しても傷がつかない依頼はないんですか」

「無いことはないですよ? 指名手配犯やマフィア幹部の確保とかバックのお偉い様方が確実にもみ消してくれる物で、まぁめちゃくちゃ難しいことが多いんですがね」

 青年は白竜の手からファイルをひったくるとあるページを開いた。

「今は、これだけですがね」

 ファイルから取り出された書類には額から角を生やした無表情な少年の横顔の写真が貼り付けられていた。明らかな隠し撮り写真だった。

 その書類には彼の殺害を依頼する内容と0が8つ並んだ額の賞金がかけられていることが記載されていた。

「……どこのマフィアの息子だね?」

「残念ながらこの国の元重鎮の息子ですよ。ちなみに報酬は他の物と比べてお高くなっております。今は比較する他の依頼がございませんが」

 どこかの通販番組のように勧めてくる青年を尻目に新本はこうつぶやいた。

「……角が生えてるなんて、この国の貴族には人外の方がいらっしゃるんですか?」

「ん? いえいえ、ご両親もそれ以前の先祖も真人間ですよ? ただ彼の場合は聞くも涙語るも涙のエピソードがありましてね」

 青年は空の椅子を4つ引きずり出すとその内の1つに腰掛けて無言で座るように指図してきた。

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