19日目-シンユンオン・昔語り-

 今から12年前、ベール卿というエスピリッツでも五本の指に入るほどの大貴族を筆頭とする一団がモンスター狩りをするために森に入った。

 この一団にはベール家の幼い子供達も混ざっていた。満足に銃を扱えない彼らは親達が楽しんでいる様を見ているだけだった。

 当然のことながらやんちゃ盛りな彼らがそれで満足するわけがなく、扱いに困った親達は自分達から離れて行動を許してしまった。

 この判断が悲劇の始まりとなり、兄は多くの人々から狙われる存在となってしまった。

「トランスドか」

「トランスド?」

 青年の話を聞いて白竜がつぶやく。聞いてきた新本に白竜は腕を組みながら返した。

「獣神教の信者から『天からの恵み』と崇められておる、触れた者をモンスターにしてしまう不思議な地面のことじゃよ」

「あー、そういえばディックさんがそんなこと言ってたような」

「モンスターなのによく知ってますね、お姉さん。ひょっとしてそれなりに名が通っていたり?」

「ご想像にお任せする」

 素性を話そうとしない白竜に不満そうに口を尖らせながらも青年は肘をテーブルの上に置いた。

「兄は妹を庇ってトランスドを受けてしまって半人半獣になりました。それだけならまだ不幸な事故で終わったのでしょうが……宿ったモンスターが問題でした。モンスターの名前はユニコーン、ご存知でしょう?」

「え、あ、あの、角が生えてる馬、ですよね?」

 突然振られた質問に動揺しながら新本が答えると白竜が手を控えめに挙げた。

「ちょっと待っとくれ。本当にそれはユニコーンの角だったのか?」

「その翌年、致死率が7割を超えていた流行病にかかった彼の母親にこれを削った粉を飲ませた所、完治したそうです。偶然かもしれませんがね」

 青年の答えに白竜が唸る。そして再びファイルに手を伸ばそうとしたところ、その前に青年が自分の手元に寄せてしまった。

「……まさかユニコーンの角って、本当に病気を治しちゃうんですか?」

「ああ。妾の鱗と違ってな」

「あらゆる書物に残されていることから信憑性は高いでしょう。人間の手で滅んでしまった今では確かめる術は無いですがね」

「やっぱり絶滅させられてんだ……」

 一度失われたはずの万能薬が復活したという情報はあっという間に全世界に広がり、角を高値で買い取りたいという申し出や婚約の話が大量に舞い込んだ。

「その貴族からしたら良い話のように思えるんですけど?」

「確かに見た目だけは良い話です。ただユニコーンには万能薬以外にもう1つ伝承がありましてね、これが問題だったんです」

 角は残り寿命をさしており、角が無くなったユニコーンはすぐに死に至る。

 その伝承を知っており、息子の幸せを考えている父親が角を切り取る前提の申しそれらに頷くことは出来なかった。

 そんな中、フレッチャーズの皇帝からある書状が届いた。内容は今までの申し出とほとんど同じ物だった。

「……まさか王族相手に拒否しちゃったんですか⁉︎」

「最愛の妃だったり皇太子だったりだったらベール卿も考えたんでしょうがねー、相手が浪費癖で鳴らした90過ぎでボケの入ってる婆さんじゃあ」

 いくら皇帝の母親だとしても未来の無い者のために未来ある者を犠牲にはしたくない、という返答に皇帝は激怒しエスピリッツにベール家全員の死罪を要求した。口うるさい親ごと殺して死体から角を剥ぎ取ろうと考えた可能性が高い、と囁かれている。

 だがエスピリッツ王家はこの申し出に簡単に頷かなかった。

 なぜなら当時のベール卿は宰相を務めており、国民からの支持率も高かったからだ。そんな彼を「フレッチャーズから要求があったので殺します」となれば国民どころか部下からの反発を買うことは容易に想像出来た。

 そこで国王はベール卿の職を解任した上で辺境の地に彼ら一族を赴任させた。それは一目で左遷だと分かる処分だった。

「それでもフレッチャーズの使者は抗議してきましたがね。でもこれが国王が出来た最善の策だったと思いますよ」

「……やけに知ってますね」

「それぐらい印象に残る事件だったんですよ、私達にとってはね」

 ここで青年はファイルを開いて再び少年の写真を1人と2匹に見せた。

「この措置によってベール家の命は救われました。その代わりこの子の心は傷ついてしまった。自分がいたせいで家族に迷惑をかけてしまった……と。そうして」

「そうして?」

「彼は失踪してしまったんです。だいたい1ヶ月くらい前でしたかね、少量の金品を持って」

 その言葉に新本達の表情が曇った。

「……家族や使用人はケアをしなかったんですか?」

「しましたよ。でも青年期に入ったばかりの彼には逆効果に働いてしまった。優しくされたことでより一層の自己嫌悪に陥ってしまったんです」

 聞いていて気分が悪くなったのか新本は深いため息をつき、白竜は舌打ちをした。

「なんで、話した?」

 重苦しい雰囲気が流れ始めた中、ずっと黙って話を聞き続けていたスライムが口を開いた。

「ん? 何かなスライムのお嬢さん?」

「殺すだけ、素性、いらない。なのに、話した。あなた、何、考えてる?」

「ふふふ、何を考えてるんでしょうね?」

 小首を傾げておどけてみせる青年に新本はどことなく不気味さを感じた。

「それに、あなた、知り過ぎてる、まるで、近くで、見てた、みたい……あなた、何者?」

「私ですか? 私はシンユンオンの闇ギルドのしがない職員ですよ」

 青年は手を組んでテーブルの上に肘をつくとどこか狂った感じをさせる笑みを浮かべた。

「転封された直後からベール家への婚約話の代わりにこちらへ彼の暗殺依頼が届くようになりました。そして護衛も監視の目もない今は誰にもバレることなく彼を殺す絶好の機会です。さぁ、この滅多にこないビッグウェーブに乗る気はございませんか?」

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