13日目-オークン・商業ギルド-
馬車で揺られること約4時間、オカシンキンの北東に問題の街オークンはあった。
オークンは温泉地としても有名なムジェルのあるアヤミ山の麓にあることもあり、恐らくここでも温泉がそれなりに出ているのだろう、馬車の窓から見える景色には旅館や屋外浴場とみられる建物ばかりが立ち並んでいた。
しかし新本が用があるのは温泉でも旅館でも無かった。
「オークン、オークン、お降りの方は足元にお気をつけてお降りくださいー」
周りの乗客がいかにも重そうな旅行カバンを持ちながらヨタヨタと降りようとする中、荷物はショルダーバッグ1つだけと身軽な新本は1番目に馬車から降りた。
新本は抱えていたスライムを地面に下ろすとまずは盾を象った枠の中にたわわに実った麦の穂の絵が入った看板を探し始めた。
いくら見つけることが出来たら巨額の富を得られる可能性があるモンスターだとはいえ、オカシンキンの人々にあれだけ愛されていた存在がなぜタリスマン商会に牙をむいたのか。それを調べないまま新本は白竜の捜索に出るつもりはなかった。
そしてその出発点として新本はまずタリスマン商会がどのような会社で、何をやらかしたのかを調べる必要があった。そこで新本は各商会のことについて詳しいであろう商業ギルドに話を聞くことにしていた。
温泉上がりとみられる着物姿の老若男女とすれ違う石畳の道を紋章を探しながら歩いていると長い行列が出来ているのを見つけた。
行列にそって歩いていくと「オークン温泉コロッケ」とデカデカと書かれたのぼり旗と一緒に商業ギルドの紋章が掲げられたまるで教会のような出で立ちの建物が見えてきた。
その前にはコロッケの受け渡しや調理が行われている小さな建物が別にあり、コロッケを買い食いしている人々が備え付けの椅子に座っていた。
どうやらオークンの商業ギルドはウイングの物と同じく商業施設が併設しているようだ。
新本がその横を通り過ぎ、商業ギルドの中に入ると観光地だからかウイングのギルドよりも広いからか中はそこまで混んではなかった。
白竜にまつわる依頼がないか念のため掲示板を覗いてみると、直接結びつく物はなかったが「竜のあぎと付近に自生」と書かれた依頼がいくつか見つかった。
「竜のあぎとか……。念のためこれも聞いとくか」
新本は適当な依頼を選んで剥ぎ取ると窓口に向かった。
「お疲れ様です、依頼の方いただけますか?」
「お願いします。……あの、竜のあぎとってどこのことを指してるんですか?」
新本がそう質問すると判子を朱肉にぐりぐりと押しつけながら受付嬢は答えた。
「ここから北西に向かった山脈にある崖のことですね。ハイキングコースもあるので看板通りに進めば迷わず行けると思いますよ。ただコース上には山菜が残ってないと思うので外れる必要があると思いますが」
受付嬢は依頼の紙に判子を軽く押すと、そばに置いてあったティッシュを取って判子を拭いた。
「では『オンセンゼンマイの収集』よろしくお願いいたしますね」
「あ、あとここで営業していた商会の情報ってここで聞けますか?」
「商会の情報、ですか? それは奥にある歴史資料室の職員なら知っていると思いますが……」
あまりに唐突な問いだったからか、受付嬢は怪訝な表情を浮かべたが新本は笑顔を見せながら礼を言ってそそくさと離れた。
歴史資料室は名前から想像するような本やファイルばかりの部屋とは違い、温泉を掘るために使われたツルハシや魔法陣、初代町長が愛用していた湯おけなどオークンが現在の形になるまでに貢献した人々の遺品や道具が展示されている私設の博物館と言った方が近かった。
ただギルドの奥にあるからか目を引くような展示物がないからか観光客の姿は無く、担当者とみられる中年の男性職員は受付でヒマそうに頬杖をついていた。
「あのー、すいません」
新本が声をかけると男性職員は慌てた様子で姿勢を正した。
「は、はい! 何でしょう⁉︎」
「ここに来ればオークンで営業していた商会についても知ることが出来ると聞いたのですが」
「は、はい! オークンが開村してからの情報は頭の中に揃っております!」
「では、タリスマン商会について教えていただけ……」
「タリスマン?」
新本がタリスマン商会の名前を出した途端、男性職員は険しい表情を浮かべた。
「はい、タリスマン商会です」
「……どこでそんな名前を聞いたんですか? オークン史に残る汚点の1つですよ?」
言うことすらおぞましいと感じているのか、男性職員は吐き捨てるように言った。新本はその反応に内心身構えながら事情を説明した。
「白竜伝説について調べている時に、ここにあったタリスマン商会と揉め事を起こした、と聞きまして。ただそれを聞けた所では詳しいことがわからなくて」
「だいたい合ってますよそれで。そいつの所為でオークンの名は一度地に陥ちたんですから。……ただ」
「ただ?」
「白竜とタリスマン商会に関してだけはお話しできません」
「えっ」
「この町は、オークンはやっと空白の15年を乗り越えて温泉街として復活してきているんです。ようやくそれが軌道に乗ってきた時にまたその汚名を蒸し返されるような記事を載せられる訳にはいかないんです」
そう一方的に言って男性職員は「STAFF ONLY」と書かれた扉に消えてしまった。取り残されてしまった新本は左手で額を押さえると舌打ちをした。
どうやら「調べている」という言葉で男性職員は新本のことをどこかの出版社の記者だと思いこんだらしい。そして新本にそうではないことを証明する物的証拠はなかった。
「こりゃ相当難しそうだな……」
新本は大きなため息をつくと歴史資料室の入口に掲げられた初代村長の肖像画を睨みつけた。
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