13日目-オークン・竜のあぎと-
遊歩道の途中にあった木製の看板によると「竜のあぎと」と地元住民から呼ばれている崖は遠くから見ると竜が大きな口を開けているように見えることからその俗称がつけられたという。
ただ新本にはそれが単に大きく抉れた崖にしか見えなかった。
「しかしでっかいなーこのゼンマイ」
この崖は白竜と何も関係がなさそうだと断定した新本の注目は崖よりも自分の腰の高さまで伸びているゼンマイにいっていた。
地下熱によって温められた地面にしか生えないオンセンゼンマイは説明書きによると腰ぐらいの高さが一番美味しい時期で、そこらへんの木と同じぐらいの高さにまで伸びてしまうと大きく味を損ねてしてしまうらしい。NEW PLANETの運営は大きくなった植物を不味くする縛りでもしているのだろうか。
依頼達成のため新本とスライムがのんきに周りにあるオンセンゼンマイの根元を刈っていると草木を掻き分ける音と金属が擦れ合う音が聞こえてきた。
敵性生物であることを警戒し、音をたてないように注意しながら新本が頭を上げると偶然にも視線の先に竜のあぎとのある方向へと歩く武装した男性1人と女性3人の姿が見えた。
「あるじ、男、オレンジのバッグ、持ってる」
「えぇ?」
人型になったスライムが新本の耳元で囁く。しかし新本のいる場所からでは女性と姿が重なっており、それを確認することは出来なかった。
とはいえスライムの言葉を信じるならば視界に捉えた男はまだ会ったことがないテストプレイヤーである可能性が高い。そしてテストプレイヤーがコースを外れて歩いているということは、男もここで何らかの用事があって来ているのだと新本は予想した。
「何目当てなのか気になるし……ついて行ってみるか」
「ん」
新本は近くに積み重ねていたオンセンゼンマイをスライムと一緒にバッグの中に急いで詰め込むとその後を静かに追い始めた。
まるで敵兵から身を隠しながら進むエージェントのように茂みの中や木の影に移り渡る輩が後ろにいるとは思わず、4人は普通に話を交わしていた。
「アリエルー、モンスターが出て来ない原因の1つに自分よりもはるかに強いモンスターが近くに現れたから、っていうのがあったよねー?」
「ええ。ただここらへんは元からモンスターが少ない地域だから参考にはならないけどね」
「ねぇ一岡、あそこの岩おかしくない?」
「本当だ、何というか……土砂崩れじゃあんな感じに積み重ならないよな」
4人が駆け寄った先には何かを塞ぐように周りの土や壁と色が明らかに違う巨大な岩石が不規則に積み重ねられていた。
「私の矢やシノレスの剣じゃ無理だぞこれは。一岡、壊せるか?」
「多分行けると思うけど……こうもデカいと最大火力で行かないと無理そう」
アリエルに尋ねられた一岡は岩を確かめるように触った後距離をとった。
「カーラ、後でMP分配魔法頼む。ニライカナイ!」
一岡が両手でファイルを挟み込みながら叫ぶと大量の水が何もない空中から岩に向かって降り注いだ。岩は高圧の水流により砕かれ、押し流され、その奥にあった大人1人がギリギリれそうな小さな穴が姿を現した。
「あたしなら、1個1個、飲み込む」
「張り合わんでいいから」
その様子を見たスライムの感想に新本は反射的に突っ込んだが、4人の耳にそれは届かなかった。
「やっぱり入口隠してたか」
「まぁ、そのくらいするでしょ……はい、マジックシェア」
「よーし、銀貨4枚は私達の物だ! いっくぞー!」
意気揚々と4人が隠れていた穴の中に入って行ったのを見届けてから新本達は顔を出した。
「あるじ、行く?」
「当然。……ただ銀貨4枚って相当高く雇われたなあいつら」
スライムの問いかけに頷きながら、オカシンキンで落札された鱗は買えないけれども、世間的には充分大金だと言われる額を目指している彼らにさらに興味が湧いた新本は洞窟の入口に向かった。
覗き込んだ洞窟は天井に生える光り輝くキノコと入口から奥までの距離が短かったことにより入ってくる日の光によって全体を見渡すことが出来た。
「硬っ! なにこの硬さ!」
「矢が全部跳ね返されるぞ⁉︎」
「くそ! MPさっき使うんじゃなかった!」
「限界まで強化魔法かけるから諦めないで! アタクモア!」
そんな薄暗い空間の中心にある台座のような岩盤の上で眠っているように目を閉じて寝転んでいるように見える、銀色に光輝く鱗に身を包んだドラゴンに向かって4人は本気で襲いかかっていた。
「何やってんだお前らー⁉︎」
それを見て思わず叫んでしまった新本の声に気付いた魔導士2人が振り返る。
「ん? 誰だあんたは……?」
「オレンジのショルダーバッグ……プレイヤーか⁉︎ スパイク!」
「しまっ、うおっ⁉︎」
新本の肩にかけられたバッグを見て一岡は咄嗟に魔法を唱えた。新本が突然盛り上がってきた足元の地面からすぐに離れるとそこから巨大な土のトゲが突き出した。
「一岡、何いきなり人に攻撃してんの⁉︎」
「殺す気はない! でも手柄を奪われるわけにはいかないだろう⁉︎」
シノレスからの怒声に一岡は同じくらいの声でかえす。その中でアリエルは光が集中していく矢の先を竜から新本達へと向け直していた。
「シノレス、一岡の言う通りだ! 銀貨4枚の依頼なんて易々請けられるわけがない! 邪魔者はさっさと退散してもらう!」
放たれた矢は新本のはるか手前に突き刺さると大爆発を起こした。
「今のは威嚇射撃。次は狙うわよ」
絶句する新本に向けてアリエルは再び弓を引き始めた。しかし新本は逃げず、その場にとどまってファイルを開いた。
「……やっぱり。あんたも報酬目当てか」
「あの男、色んなやつに声をかけてたのか……。太っ腹なことね」
新本の反応にアリエルと一岡は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる一方、新本はそばに寄ってきたスライムと小声で会話を交わしていた。
「あるじ、誰、狙う」
「回復されたら面倒だから真っ先に女の魔導士を気絶させる。次に弓使いで、あとは近くにいるやつを適当に。殺すなよ」
「ん」
そこにアリエルの光の矢が再び放たれた。するとスライムは新本の前に出て、光の矢を自分の体内に取り込んだ。
矢は爆発する前に消化され、跡形もなく消されてしまった。
「食われた⁉︎」
「ファイア3連打!」
「リフレクト!」
アリエルが目を見開く中、スライムの影から新本が顔を出してカーラに向けて呪文を放つ。しかしカーラは冷静にバリアを目の前に張る魔法を唱えてそれを受け止めた。
「甘いわね、最低威力の魔法で戦えるとでっ⁉︎」
カーラは新本のチョイスを鼻で笑おうとしたが、3発のファイアを連続で受け止めたことにより発生した煙が晴れた途端に目の前に現れた巨大なスライムの姿に言葉を失った。
「カーラ⁉︎」
その状況に気付いた3人が叫ぶが固まったカーラの体はあえなくスライムの体内に飲み込まれた。
「くっ、まさかあのファイアは誘導⁉︎」
「カーラ、今すぐ助」
「ドラグノフ・ショット!」
「ぐはっ⁉︎」
カーラを救おうとシノレスが慌てて前に出たが、考え無しに出てしまった結果新本の魔法の餌食となって吹っ飛ばされた。
「シノレス! くそっ、男の方は俺が受け持つからアリエルはカーラを」
「ドラグノフ・ショット!」
「頼んうおっ!」
「分かった、でも……!」
アリエルはスライムに照準を合わせたが、カーラを巻き込んでしまう危険性があるためなかなか第3矢を放てず、カーラの方も頬を膨らませて息を止めて必死に体内から出ようとしていたが、液体状の体の中でもがくことしか出来ていなかった。
一方プレイヤー同士の闘いは攻撃魔法の撃ち合いになっていた。
「おいおい、ドラグノフ・ショットとファイアしか撃てねえのか!」
「煽る余裕があるなら1発ぐらい当ててみろ!」
しかし一岡の方はMP不足、新本の方は魔導書不足により両者とも命中率が高く大きなダメージを与えられる威力の魔法を撃つことが出来ず、こちらもどちらが先に根負けするかの持久戦になっていた。
「……ううっ、しまった油断してた……」
その
「お主、派手に吹っ飛ばされとったが大丈夫か? 頭など打っとらんか?」
すると聞き覚えのない声がシノレスの耳に届いた。シノレスが反射的に声がした方へ振り向くと白いマーメイドラインのドレスに身を包んだ、背が高く肌の白い金髪の女性が切れ長の目でシノレスを見ていた。
「おい、本当に大丈夫か⁉︎ 名前言えるか?」
「え、あ、はい!」
その美貌に一瞬見とれたシノレスだったが、反応がないことに女性が心配し始めたのを見聞きしてすぐに慌てて応えた。
シノレスの反応に安心したのか、女性は戦い続けてる4人と1匹に視線を移すと苛々しげにつぶやいた。
「まったく……殺しに来たかと思えば内ゲバ始めてドンパチやりおって……、ちょいとしつけが必要かの」
怒りが見え隠れする笑顔を見せた女性は大きく息を吸い込むとよく響く声で叫んだ。
「エア・エルカトル!」
本能から咄嗟に近くのとんがった岩にしがみついたシノレスを除いた4人と1匹は突然起きた竜巻に飲み込まれ、悲鳴をあげる暇なく洞窟から遥か彼方へ放り飛ばされた。
「ったく、熱い湯をかぶって冷静になってこい。……おや? お主は耐えたのか」
「あ、あなた、何者、ですか」
見たことがない威力の魔法を目にし、興奮と恐怖で息を絶え絶えにしたシノレスに女性は伏し目がちにしながら答えた。
「そなたに語る名など無いわ。ただあえて言うなら……現れるだけで多くの人を不幸にする疫病神、かの」
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