11日目-オカシンキン・烏酒場-
「あれ、絶対落札会場の方が楽しそうだったよな……」
商品の運搬、招待者の案内や介添えなどは主催者側の社員が全て担当し、強盗団が乱入したり参加者が暴れたりしなかったため、途中から新本達は値段を言い合う声や上がる歓声を聞きながら空になっていくガラスケースの周りをグルグル回っているだけだった。
朝の会議で行われたくじ引きで会場班と広間班に分けられていたこともあり、新本は今日の引き運の悪さを呪いつつ帰路についていた。
その途中、新本の鼻が良い匂いを感じ取った。昼食の弁当の量が少なかったためか、新本の腹が鳴る。思わず視線を下に向かわせた新本は周りに人がいなかったことに安心しながら匂いの源があるとみられる路地裏に足を踏み入れた。
まるで碁の目のように道が多い路地裏だったが、匂いの発信源は入った道を真っ直ぐ進んだ先にあった。
「烏酒場」と黒い筆文字が印字された赤い暖簾と赤提灯が掲げられたそのお店はカウンター席だけで見るからに狭く、人が1人しか入っていなかった。
「いらっしゃいませ! お1人様ですか?」
「スライムと一緒なんですけど大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ!」
ゲームを始めてから初めてのお店に入る時の口ぐせになりつつあった質問を投げかけると厨房を1人で回していた人の良さそうな青年は笑顔で頷いた。ちなみにこの質問をして断られたことは現時点ではなかった。
「よかったな、ご新規さんが来てくれたぞ。お前が焼く日はいつもの客が全然来てくれないからな」
白髪を刈り上げた、いかにも頑固親父っぽい風貌の男性が笑って酒が入ったお猪口を突き出す。
青年は困ったような表情を浮かべながら水の入ったコップと突き出しを新本達の前に置いた。
「やめてくれよ親父」
「あれ、ひょっとしてこのお店のご主人は……?」
「おう、俺だ俺」
新本が問いかけると男性はおちょこを持ってない方の手を挙げた。
「俺が焼く時は沢山客が来るんだが、こいつの時になると『焼きが甘い』やら『なんとなく親父の方がうまい』やらなんやら理由つけて来てくれなくてな。困っちまうよ、常連名乗るなら後継ぎの育成のための生贄になれっての」
「親父、俺の焼きが不味いみたいに言わないでくれよお客さんの前で!」
青年が焦ったように反論する様子をこの店の主人は面白そうに笑いながら見つつ、酒に口をつけた。
「それじゃあ……とりあえずノンアルコールビール1つと主人のオススメ3品と後継ぎさんのオススメ3品をそれぞれ2本ずつ頂けますか?」
新本がメニューを見ずにそう注文すると主人は口から酒を吹き出して咳き込んだ。どうやら予想外の展開だったらしい。
「分かりました。親父はどうする?」
「そうだな……。お前は何にする」
「今日はロック鳥の良いのが入ったから、レバーのタレと皮の塩と……手羽先のタレにしようかな」
「そうか……。ならささみとハラミの塩、あとひなのタレを追加しろ。あと今言った3つ俺にもな」
小声で相談を終えた青年はよく冷えたノンアルコールビールと空のコップを新本に出した後、慣れた手つきですでに食べやすい大きさに切られている鶏肉を竹串に刺し、それぞれの調味料をかけて焼き始めた。
新本は自分でノンアルコールビールを注ぎ、突き出しで出されたポテトサラダをつまみながら出来上がりを待つ横で、体質上席に座ることができないスライムは席をどけて自分が入るためのスペースを作っていた。
「はい、オススメ6種盛りです」
香ばしそうに焼かれた焼鳥が並んだ長皿が置かれる。その見た目は決して美味しくなさそうには見えなかった。
「じゃ、いただきますー」
「どうぞー」
主人の焼鳥になれた常連客から酷評をつけられた物とは思えないほど焼鳥は美味しかった。
スライムも黙々と食べては手を伸ばしているところから新本だけの感想では無いようだった。
「おい、ささみの梅肉大葉揚げ1つ」
「あいよー」
主人からの注文を受けて青年が焼き場から離れたところで、新本は昨日今日と見ていた物の小さい版が厨房にあるのに気づいた。そしてその上で青年は平然と梅肉を潰し始めた。
少し小さいものの今日のオークションで60万の値で落札されていた物と同じ物が、路地裏の居酒屋でまな板として使われている事実に新本は驚愕した。
「……あのー、あのまな板って」
恐る恐る聞いてみると主人は上機嫌な様子で食べ終わったあとの竹串で指差した。
「おう、あれはうちの親父の代から使い続けてる代物だよ。ん? なんだい、あれに興味を持つってことはあれか? 料理人志望か?」
「いえ、そうじゃ……」
「悪いがあれはもう手に入れられないぜ。持ち主がどこかに行っちまったからな」
どうやらこの主人も白竜のことを知っているらしい。ひょっとしたら何か情報をもっているかもしれないと思った新本は焼鳥片手に尋ねた。
「どこかに行った、ってどういうことですか?」
「んー、俺も詳しい話は聞いてないんだがな。騙されたやらなんやらで、北の街にあった商会と揉め事になっちまって、ブチ切れたあいつが大暴れして商会の建物をぶっ潰しちまった、って感じらしい。それからはどの店にも遊びに来てねぇ。当然うちの店にもな」
「その商会ってカットガン商会ですか?」
鎌をかけるつもりでオークションの依頼主の名前を出すと主人は鼻で笑って一蹴した。
「いやいや、誰でも知ってるような大手はそんな揉め事になるような事なんか犯さねぇよ。確か……なんて商会だったっけな、忘れちまったよ」
昔の記憶から呼び起こす事を早々に放棄した主人は照れ笑いを浮かべながら焼鳥を取ろうとしたが、すでに皿の上は抜き身の竹串だけになっていた。
「親父、ささみの梅肉大葉揚げお待ち」
「お、見た目は中々……うん、ちゃんといいタイミングで揚げられたな」
そのタイミングで出された揚げ物をすぐに口に運んだ主人は、その断面を見ながら満足そうに頷いた。その感想を聞いて青年が小さくガッツポーズをしたのを新本は見逃さなかった。
「じゃあ、俺もこれ1つ。……その商会か関係者が何かをやらかして白竜の逆鱗に触れた、みたいな感じですか」
あまりに主人が美味しそうに食べるので新本は思わずそれを注文した。それからノンアルコールビールを飲んでから話を戻すと主人は食べかけの揚げ物を口の中に放り込んだ。
「まぁ、そういうことだろうな。ただ両方とも事件の後行方を暗ましちまってるからどういう経緯だったのかは知らねぇが。ただ1つ心残りがあるとしたら」
主人は一旦うつむくとお猪口の中身を一気に呷った。
「俺が厨房を任された時にあのまな板をもらえなかったことかな。あいつは気に入った店の従業員が独立したり店を任されるようになったりするたびに自分の鱗をまな板にしてお祝い物として持ってきてくれたんだが……間に合わなかったなぁ」
そう言って主人は大きく息を吐いて残念そうに首を振った。新本は主人の横の席に移ると黙って空いたお猪口に酒をついだ。
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