10日目-オカシンキン・オークション会場-

 オカシンキン。山と川に囲まれているこの町はファイサン第2の都市とも称され、各方向に1つだけある道や橋を塞げば入ることが難しくなる自然の要塞都市の一面を持っていた。

「ああー、着いたぁ……」

 そのせいで遠回りをする羽目にあった新本は馬車から降りると固い椅子に座り放しで所々痛くなった体を思いっきり伸ばし始めた。

「あるじ、どうする?」

 そんな新本にスライムが今後の予定を問うと新本は頭上で組んでいた手を解きながら答えた。

「まずは依頼者の所に挨拶だろ、オークションは明日なんだし。掲示板覗きや宿屋探しはそれが終わってから」

「場所、わかってる?」

「当然。会場が依頼者の家だから……本邸ではないらしいけど」

 この依頼の主は現在は引退して隠居生活を送っているもののかつては先頭に立ち、その辣腕を全国で振るった大商人であるそうだ。

 そんな彼は自らの商会の本拠地であるエスピリッツ以外にも別荘を各地に持っており、今回オークション会場に使われる建物もファイサンでの貿易のために設けていた拠点の1つだったらしい。

 そしてそれは市街地から少し離れた閑静な一等地の住宅街の中に構えられていた。

 綺麗に手入れされた広い庭を横切って、高級感溢れる扉の取っ手につけられた輪っかで2回叩くとすぐに質の高そうな黒いスーツに身を包んだ老練そうな男性が中から現れた。

「はい、なんでございましょうか」

「明日行われるオークションの警備を請けた者です。今日はご挨拶に参りました」

 依頼を表示したタブレットを新本が見せると男性は目を細めた。

「ああ、それはまたご丁寧にどうも」

「それで、そちらの都合がよろしければ会場の間取りとかを事前に見せてもらえると書かれていたのですが」

「ええ、かまいませんよ。ちょうど今日オークションの品も届いておりますので一緒にどうぞ」

 男性の招きに応じて新本達は屋敷の中へ入った。

 今回出品されるのは大商人の人脈によって集められた富裕層向けの商品ばかりではあるが、何が出品されるかは当日まで告知されず、参加者はオークション前にここに来て初めて品物を確認し、本当に落札を狙っていくのかを決めるのだという。

 この中で見たことを明日のオークションが終了するまで一切口に出さない、という旨の誓約書を書かされた新本達はまず入札会場に通された。

 入札会場となる部屋には本番は前日だというのにすでに多くの人が入っており、舞台上に当てるライトの微調整や赤いカーペットの上に客が座るための席の整列などを行っていた。

 今回新本が受注した依頼の案件は当日の警備だけなのでその輪に加わることはないのだが、なんとなくその素性が気になった。

「あの方々は?」

「彼らは本社から呼んだ新入社員です。本来なら警備も社員だけで賄えればいいのですが……商売が出来て戦闘も出来るという逸材はなかなか見つからないもので、どうしても本職の方に頼むしかないんです」

 ここオカシンキンの屋敷の管理を任されており、今回のオークションでは大商人の代理人として司会をするという男性は互いに声を掛け合いながら席を並べる新入社員達に聞こえないように依頼を出した理由を語った。

 そのすぐ横の大広間には大量のガラスケースが並んでおり、その中には各地の伝統工芸品だという食器や刀剣、遺跡から発掘された書簡や埴輪などが収められていた。

 そんな品々が多々並んでいる奥に一際大きく、人の手が一切入ってなさそうな白い板が奥に鎮座していた。

 平均体型の大人数人が余裕で入るほどの大きさを持つそれは磨かれたように光っており、まるで鏡のように新本達の姿を映していた。

「これは……鱗、ですか?」

 男性は新本からの質問を肯定しながらその正体を教えてくれた。

「ええ。それは白竜と呼ばれているモンスターの鱗です」

 白竜の鱗、それはすりおろして真水に混ぜ合わせればあらゆるケガや病気を回復する薬になり、どれだけ汚染された水も入れた瞬間に浄化するという伝説を持つ……と新本が買った図鑑には記されていた。

 新本が内心興奮しながらそのことについて尋ねると男性はどこか陰りのある笑顔を見せながら首を振った。

「いいえ、それはただのおとぎ話に過ぎません。どれだけ水の中に混ぜてもそれはただ鱗が浮いているだけの水でしかありません」

「……試したことあるんですか?」

「ええ。昔は誰でも頼めば簡単に手に入る物でしたから」

 それを聞いた新本はややガッカリしながらも同じような効能を持つと伝えられているユニコーンの角に似ているという理由で大量に乱獲され、一時期生息数を減少させたイッカククジラの話を思い出した。

「へぇー……ちなみにこれは大体何年物なんですか?」

「そこまでは。彼女は歳を全く教えてくれなかったので。まぁデリケートな話題ですから仕方ないことなんですがね」

「そうなんですか……って、え?」

 昔はそこら中に生息していたが、今では希少種になってしまったモンスターなのだと思っていた新本は反射的に頷いてから目を見開いて男性を見た。

「初めて聞いた旅の方は皆そのような反応をされますよ」

 男性は昔を懐かしむように鱗を見つめながらつぶやいた。

「私だけ……というよりファイサンに古くから住んでいる者は皆彼女は会っていると思いますよ。昔はそこら辺の酒場に前触れもなくふらりと現れては、地元の住民と笑いながら酒を一緒に交わしていたものですから。……ただあの出来事があってからは」

「出来事?」

「何があったかは一応私も同業の身でしたから人づてで聞けましたが、気づいた頃にはもう手遅れでした。それだけではなく彼女はその街どころか人々の前に現れなくなりました……何者かに討伐されてしまったのか、人間という存在そのものを見限ってどこか遠くへ去ってしまったのか……」

 男性はそこまで語るとハッとしたように面を上げてはにかんだ。

「すいません、変な話をしてしまいました。あとは実際に商品の受け渡しをする部屋もあるのですが、私は上の階で明日に備えて目録や名簿の整理をしなければならないのでお先に失礼致します。先ほど見かけた社員に聞けば場所はすぐにわかると思いますので」

 男性は事件のことについて一切口にしないまま大広間から去っていった。新本は男性が大広間から下がってもなお鱗をじっと眺め続けた。

 それは話を聞いていてある疑問を抱いたからだった。

 この大きさが何十何百もくっついているであろうモンスターが余裕で入れる建物がこの街にあっただろうか、と。

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