8日目-グロップ・行く先は-

 現時点で判明している「NEW PLANET」の依頼を新本が大雑把に分けると「討伐」「護衛」「雑用」「納品」の4種類となる。

 「討伐」は道中で暴れてたり農作物に被害を与えているモンスターを狩る仕事。狩人ギルドの案件である。

 「護衛」は依頼主や品物を守る仕事。時の運によって忙しさが大幅に変わりどちらのギルドでも扱っている。

 「雑用」は狩人ギルドの案件ではあるが部屋の大掃除やペットの散歩など、あまり戦闘を行わない便利屋的な側面が強い仕事である。

 「納品」は商業ギルドが各商会から注文を受けた品を取ってくる仕事。品物によっては危険な地域に足を踏み入れることも戦闘をする必要もある。

 いずれにしても報酬は依頼主から直接もらうことが多いのだが、その中で「納品」だけは必ず依頼された品物をギルドに納め、ギルドが注文してきた商会の代わりに報酬を支払う、という形をとっていた。

 商業ギルドがこのような面倒くさい方法を義務付けているのは以前とある商会の代表が要項に書いた報酬金を払えず品物を受け取ったまま逃亡、代金の踏み倒しを狙った事件があったから……らしい。

 そのため新本は実際にお店へ届けに行くことなく、商業ギルド受付にて男性職員がマングースネークの肉の状態を確認しながらメモを取る様子をじっと眺めることとなっていた。

「えー、マングースネーク5点、合わせまして3500Gになります」

 職員はギルドが控えていた依頼の紙の上に銅貨を1枚ずつ丁寧に積み上げてタワーを作るとそれを崩さないように新本の方に寄せた。

 新本は軽く会釈してからそれらを無造作にカバンの中に突っ込んで狩人ギルドの受付に向かった。

 せっかく同じ建物で掲示板を一まとめにしてるんだったら受付も共有すればいいのに……という意見は胸の内に秘めたまま新本はマングースネークと同じようにカウンターの上にタマムツネの尻尾を並べた。

 狩人ギルドの職員もタマムツネの尻尾が模造品じゃないかを確認した後に銅貨のタワーを作り、新本に渡した。

 それから狩人ギルドの掲示板を覗いてみたがそこには「ゴブリンの残党確認により報酬受け渡しは延期」と数日前まで自分がいた場所で起き、関わっていた事件に関する途中経過を知らせる紙が貼られていた。

 幸か不幸かその報告の中にホブゴブリンの確認情報はなく、今すぐカワイに戻る必要はないが、それは新本の行動を決定させる重要な情報であった。

 グロップからオカシンキンにいくルートは3つ存在している。

 1つは前々から話に出ているオカシンキンへの直通便。次にカワイに戻って山道の通行止め解除を待つルート。そして直通便が休憩のために一旦停まるオザキという港町で乗り換えるルートだった。

 グロップからオザキまでの距離はカワイとほぼ同じ。しかしカワイからオカシンキンまでは2時間で行ける道があるのに対し、オザキからオカシンキンに向かうルートは乗り換えを含めて約1日かかってしまう。

 そのため本来ならばオザキ通過ルートは明らかなタイムロスになるため選択肢から除外されるはずだったが、現在のカワイルートにはゴブリンの有無によって通行の可不可が左右されるというイレギュラーな問題が生じているため一概には判断できない状況にあった。

 ここであと何体ゴブリンが残っているかはまでは書かれていないためいつオカシンキンに繋がる道が復旧するかわからないという情報が入ってきた。これによりカワイに戻るのはこの後の依頼の進行に大きな影響が出てしまうのが確定的になったため選択肢は2つに絞られた。

 新本は念のため掲示されている依頼も見てみたが、新しい物を受注することなくギルドを出て馬車の停留所へと向かった。

「ただいまキンコ号の車内清掃を行っております、乗車される方は今しばらくお待ちくださーい」

 そこに偶然停留されていたグロップとオカシンキンの間を通る馬車は今まで新本が見てきたあらゆる馬車の何倍も大きく、その分大量の馬が繋がれていた。

 パンフレットからの情報によると徒歩なら3日間かかる距離を半日で踏破し、席は個室のように区切られ、座る部分はフカフカでベッドにも変形可能。さらには著名なレストランの料理長が考案したメニューが朝昼晩3食提供され、お酒も振る舞われるなどとどこぞのファーストクラスのような充実したサービスが全席で提供されていた。

 その代わりお値段も非常に充実しており、スライムの分まで入れると新本のバッグの中身では到底払えない額であった。

「……あの騎士野郎」

 案内所でその事実を知った新本はこの馬車を紹介した名も知らぬ騎士に向かって小声で呪詛を吐いた。

 こうなれば新本が選ぶ選択肢は1つだけしか残っていなかった。

 オザキはファイサンで消費される魚介類の半数を漁獲している世界有数の港町である。そのため陸路でも海路でも多くの商人や漁師達がそこに集っており、護衛の依頼を請けてタダで行くことも容易そうではあった。

 しかし先ほど掲示板を見た時オザキ行きの商隊の情報はなかった。

「その代わり交通網は充実してるんだよな……」

 新本は案内所に張り出された時刻表を見て首をひねった。これは持ってくるよりも現地に行って食べた方が新鮮だし楽、というグロップ市民の考えがあるのだが、新本がそれを知れるわけがなかった。

 オザキ行きの馬車が日が昇っている間は20分間隔で出発していることから、新本は乗る前にデスター商会グロップ店でオカシンキンに着くまでの準備を揃えることにした。

「あ、どうもニイモトさん。約束通り来てくれるとは思いませんでしたよ」

 店にはまだヘンリーが在中しており、新本が気を抜いて会計をしてたところに後ろから声をかけてきた。

「ヘンリーさん! まだいらっしゃったんですか」

「ええ、ギルドでの分配会を終えてないんで」

「分配会?」

 ヘルプに書かれていなかった単語を聞き返されるとヘンリーは微笑を浮かべながら答えた。

「行商をやってない人は基本関わらないから知らなくても当然でさぁ。簡単に言えば、傭兵達が依頼を請けて納品した品々を各商会で分配する集まりのことで」

 その説明を聞きながら店の奥にある席に誘導された新本はそれがいわゆる競りのことを指しているのだと推測した。

 新本を席に座らせるとヘンリーは唐突に話を切り出した。

「話は変わりますがね、ニイモトさんにお話があるんですよ」

「お話?」

「ええ。うちと契約を結びませんか?」

「契約?」

 興味を持った様子の新本にヘンリーはしたり顔になりながら続ける。

「ええ。ニイモトさんも請けたことがあるならわかると思いますが、納品系統のほとんどの依頼が商業ギルド名義での受注でしょう?」

「あー、そうでしたね」

 実際に自分で目にした商業ギルドの依頼掲示板を思い出しながら新本は頷く。その様子に食いつくようにヘンリーは身を乗り出した。

「あれはですね、複数の商会が同じ商品を注文するからギルドが一まとめにして自分名義の依頼にしてるんです。そうして集めた後、分配会であっしらが提示した値段よりも高値でふっかけてくるんですよ! ヒドイと思いませんか?」

 ヒートアップするヘンリーに新本は顔を引きつらせながら頷いた。するとその反応が望む反応だったのか、ヘンリーはニンマリと笑みを浮かべた。

「そこで、商会と傭兵の間で売買契約を結ぶんです。ニイモトさんはギルドの提示額よりも多くのお金を得て、あっしの店はギルドの提示額よりも安く物を仕入れて、他社よりも安い額でお客様に売ることができる。お互いに悪くないでしょう?」

「……あっしの店?」

 ヘンリーの提案に違和感を感じた新本が聞き返すとヘンリーはしくじったかのようにバツの悪い顔を見せた。

「……他言無用でお願いしますよ。あっし近々独立する予定でしてね」

 小声でのヘンリーの告白に新本は目を見開いた。

「それは……おめでとうございます」

「大旦那からそろそろお前も40を過ぎたんだからそろそろ頃合いだろうと言われまして。そこで商品を収集してくれる人や出資者を探しておりまして色々と縁のあるニイモトさんにもぜひともと思いまして……いかがですかね?」

 上目遣いで見つめるヘンリーの視線に新本は少し悩んだ後、こう答えた。

「まだ私も傭兵としても調教士としても未熟な身ですから……この件についてすぐに回答を出すことは出来ないです」

 それを聞いて残念そうな表情を浮かべたヘンリーに新本は慌てて弁解した。

「でも、もしヘンリーさんが独立するまでに助けになれるだけ成長することが出来ていたら……その時改めて、もう一度お話をいただける機会をもらうことは出来ますか?」

「ええ、もちろん!」

 ヘンリーが笑顔を見せて了承したのを見て安心した新本は席を立ち、そのまま店を出た。そこに入れ替わるように店員がお茶を入れた陶器の茶碗をお盆に乗せて持ってきた。

「ヘンリーさん、お茶をお持ち……あれ、帰られましたか?」

 ヘンリーは店員の言葉に反応せず、うつむきながらテーブルの下で拳を握りしめていた。

「くそう、また断られた……。やっぱり……のせいで」

「ヘンリーさん、ヘンリーさん?」

 店員から何度も声をかけられた所でヘンリーは我に返ったように顔を上げた。

「あ、はいはい? 何でっか?」

「先ほどのお客様はもう帰られて……」

「ああ、少し考えて欲しい、って言ってな。あ、そのお茶は裏で飲んでいいよ」

 ヘンリーが不審がる店員をなだめている頃、2人の会話に一言も口を挟まなかったスライムが角を曲がり商会の支店が見えなくなったところで口を開いた。

「あるじ、結ぶの?」

「いや、結ぶには色々と情報が足りなすぎる」

 ヘンリーが申し出た内容は確かにお互いに利益しかない。しかし新本は逆にそれが胡散臭く感じていた。

 その理由としては3つあった。

 まず商会と傭兵の間で結ぶ契約が公的に認められているかどうか。もし認められていなければヘンリーと一緒に罰金を支払ったり牢屋行きになったりする危険性がある。

 次にヘンリーが2回しか一緒に仕事をしていない新本になぜか全幅の信頼を寄せていること。

 ゲームの中の世界だから少し強引な所もあるだろうとも、面識のある傭兵が新本ぐらいしかいないので声をかけたとも、示し合わせてないのに再び出会えたのは運命だと思ったとも色々と考えられるが新本にはそれがどうも不自然だと思われていた。

 最後にヘンリーがきちんと報酬を支払ってくれるかどうか。商業ギルドが現在の支払い方法を常態化する決断をした事件を起こした商会と同じことをやらないという保証はどこにもないし、それをヘンリーがやるはずがないと断言できるほど新本は彼と付き合ってない。

 現時点では新本の天秤は断る方に大きく傾いていた。しかし良い方の情報や資料が揃った時、それを覆すことも新本の頭の中には充分にあった。

「とりあえず機会があったらデスターさんとかギルドの職員さんとかに話を聞いてから決めるよ。今出すのはどう考えても尚早すぎるってだけで」

「そう……」

 新本がきちんと考えていたことに安心したからか、そもそもそこまで関心がなかったのかスライムはそれ以上口を開くことはなかった。

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