7日目-グロップ・連続依頼-

「ニイモトさん、そろそろ着きますぜ」

 それから何時間が経ったのか、ヘンリーの呼びかけで目を覚ました新本はうめき声を上げながら体を伸ばした。

 幌から顔を出すといつの間にか朝になっていたようで日が東の地平線から上がろうとする所だった。

「あっしは店舗に行く前に後ろの不届き者を届けに詰所に行きますが、ニイモトさんはどうします?」

「んー、せっかくだから詰所までご一緒しますよ」

 そんな会話を交わしてから少しも経たないうちに馬車は止まった。

 前の荷台から盗賊達が縛られたまま連行されていくのを眺めながら荷台から降りるとヘンリーが騎士と話をしていた。

「デスター商会様、ご協力ありがとうございます」

「いえいえ。しかしまさかあんなチャチな手を使ってきた輩が指名手配犯だとは思わなかったですわ」

「彼らは商隊襲撃ではなくて詐欺行為での手配でしたからこの手のことには不慣れだったんでしょう。ところで褒賞はお店に持って行った方がよろしいですか?」

「そうしてもらえると積荷的にも嬉しいですな」

「じゃあ後でお伺いいたします」

 騎士が頭を下げて詰所に戻っていくとヘンリーは新本の方に振り返った。

「じゃあニイモトさん、あっしはこれで」

「はい、お世話になりました。後で買い物しにそちらのお店におじゃまします」

「お、ぜひぜひ。お待ちしとりやすー」

 ヘンリーと別れた新本は朝食をとらないまま早速詰所の近くにあった宿屋へ入り、寝直しにかかった。

 新本が二度寝から目覚める頃、備え付けの時計は11時を少し過ぎていた。

 まぶたを擦りながら訪れた中心街にあるギルドは狩人と商業が同じ建物に入っている形だったが、利用者が混乱しないようにするためか掲示板や受付窓口までは一緒にされてなかった。

 そこで新しい依頼を3つ受注した新本はスライムと一緒に道中の露店通りで焼き鳥やホットドッグなど、歩きながらでも食べれるものを買い食いしながらグロップの周りにうっそうと茂っている森に足を踏み入れた。

 その理由は周辺に生い茂る森林に生息しているというモンスターを討伐する依頼を達成するためだった。

 ヤマヤシガニはその名の通りヤマヤシという木の近くに穴を掘って生息する平べったいカニのモンスターでその肉は非常に美味……らしい。

 哺乳類だか爬虫類だかはっきりしない名前のマングースネークは小さな茶色いヘビのモンスターで、その肉を漬け込んだ酒は精力剤として珍重されている……らしい。

 最後にムツオサキは狐の姿をしたモンスターである。肉食ではあるが虫や小動物を主に食べるため物理的に人間へ襲いかかってくることはないが、幻覚を見せて同士討ちをさせたり武器を誤って壊させたりなど妨害してくるため、旅人からも傭兵からも嫌悪されるモンスターである……らしい。

 どれも図鑑からの情報で実際に見たことも食べたこともないため本当かどうかは分からなかったが、要項に書かれた報酬の額や道中で見かけた店に置かれていた値札からその情報の信憑性は高いように思われた。

「えーっと、ヤマヤシヤマヤシ……」

 本来はこのヤマヤシガニの依頼を行うために購入したシャベルを担ぎながら新本が依頼に書かれた詳細な絵を頼りにヤマヤシを探していると幸先の良いことに別の目当ての物が現れた。

「はい、ドーン」

 こちらに気がついてないのを良いことに、道を横切ろうとしていたマングースネークの頭をシャベルで思いっきり殴りつける。不意打ちを受けたマングースネークはそのまま動かなくなりバッグに入れられるようになっていた。

 これで依頼の品を1つ確保できたが、納入する量が多ければ多いほど報酬の額は伸びるし経験値も手に入るので、他のマングースネークを見逃す理由にはならなかった。

 しかしそれからしばらく探して続けてもヤマヤシの姿もなければマングースネークも現れなかった。その代わりに茂みからくすんだ緑色のヘビが複数匹現れた。

「お前は対象外なんだよー!」

 フォレストスネークというヘビのモンスターの群れを新本は叫びながらシャベルでボコボコにした。

 マングースネークとは違い大した使い道がないため依頼の案件にもならないモンスターとの遭遇だったが、八つ当たりの標的として新本の気分転換の役には立ったようではあった。

 それのおかげかグロップ周辺はギリギリ北限に当たるかもしれない、という話を思い出した新本は早々にヤマヤシ探しを諦めて目標をムツオサキの捜索に切り替えた。

「あ、マングースネーク」

 すると物欲センサーが解除されたせいなのか、先ほどまで全然姿を見なかったマングースネークが新本達の前を何度も横切るようになった。なお当然ながら全部バッグの中に収まった。

「これ、ムツオサキと逢えないフラグとかじゃないよな……」

 まさかの入れ食い状態に不吉なことを考え出しながら歩いているうちに依頼の記述通り、タマムツネの巣があるという植物が全く生えていない岩肌が丸見えになっている場所へとたどり着いた。

 とはいえ馬鹿正直に正面からいけばムツオサキにとっていいカモになってしまう。そこで新本は適当な大岩の裏に隠れてタブレットを操作した後、バッグの中を漁り出した。

 そこから出てきたのは鉄線が巻かれたリールのついた安そうな釣竿と狩ってきたフォレストスネークの死体だった。

 新本は釣り針に上手くフォレストスネークの死体を引っ掛けると寄りかかる大岩の反対側に向けて竿を投げた。

 それから少し時間が経つと竿が大きくしなり始めた。新本はリールを巻くことなく静観の構えを取っていると、遠くから小さな悲鳴が聞こえた。

 その瞬間新本が一気にリールを巻きとると、急に引っ張られた鉄線によって抵抗するヒマもなく1匹のムツオサキは宙を舞った。

「スライム、やれ!」

 新本の指示を受け、スライムは手に持った包丁を地面に叩きつけられたムツオサキに突き立てた。

 ムツオサキの甲高い悲鳴が岩場に響くと新本はムツオサキの口に刺さった釣り針を外した。すると拘束が解かれたムツオサキは尻尾のあった所から血を垂らしながら1人と1匹の元から脱兎の如く逃げていった。

「ほんと、これで、いいの?」

 スライムは切り取ったばかりのムツオサキの尻尾をぶらぶらさせながら尋ねたが、新本はバッグから新たなフォレストスネークの死体を取り出しながらどこ吹く風な様子で言った。

「いいんだよ、これであれは幻術を使えなくなったんだから」

 ムツオサキの幻術の源は太い尾にあり、それを失うと何の特徴もないただの4足歩行のモンスターになり下がる。

 そのためムツオサキの討伐依頼は討伐の証拠として尻尾を持ってこれればOKというバッグの容量的に嬉しい内容だった。

「あれの今後を考えてるなら考えない方がいいぞ。そんなの考え出したら罪悪感で狩りなんて出来なくなるから」

 本来ムツオサキが幻術を使えるようになったのは人間に悪戯をするためではなく襲ってくるモンスターから自分を守るため。その自衛手段を取り上げられたムツオサキがこの後どうなるかは火を見るよりも明らかだった。

「変則的とはいえ釣りだったらもう少し手応えが欲しいよなー。あまりにもあっさり釣れちゃうし……要望後で送ってみるかな」

 そんなことをつぶやきながら新本はフォレストスネークをつけ終えるとまた竿を投げた。

 スライムは表情を変えずじっとまだ温かさの残る尻尾を見つめながら、包丁の柄をぎゅっと握りしめた。

 この後も人力の罠を仕掛け続けた新本はフォレストスネークの死体と引き換えに10本の尻尾を手に入れ、上機嫌のまま森を後にした。

「こんばんはー、依頼受注者でーす」

 次の依頼の場所として指定されていた住所はグロップの都市部から少し離れた、巨大なビニールハウスが並ぶ一角にあった。

 扉の近くに吊るされていた呼び鈴を鳴らすと少し年季の入った女性の声が聞こえた。

「あら、ちょっと待っててねー」

 言われた通りに待っていると扉が横に開かれ、人が良さそうな恰幅の良いおばさんが姿を見せた。

「お待たせしたねぇ。『ランタンヘッダーの収穫の手伝い』だね?」

 ランタンヘッダー。分かりやすい風に言うとハロウィンでよく見るオレンジ色お化けカボチャである。しかし現実と違うのはそれが動物と植物の中間に位置するようなモンスターであることだ。

 熟するとその肉は非常に固く、かつ渋くなってしまうが、外皮が緑色で熟してない頃は柔らかく甘い。食用としても観賞用としても普通のカボチャより高値で取引されている一品であった。

 今回新本は食用のランタンヘッダーの収穫の手伝いをする、という案件でここに参っていた。

「じゃあ早速農園の方に行ってもらおうかね」

 おばさんが出てきた住居に隣接する巨大なビニールハウスには飛び跳ねるカボチャとそれを追いかける人々の影がすでに映っていた。

「狩ってくれた分だけ報酬は上乗せしてあげるから、頑張ってね」

 おばさんからの激励を受けつつビニールハウスの入口をくぐると、中では恐らくベテランの農家と見られる男性陣から若い農家や傭兵達に大声での指示が飛びまくっていた。

「蔓に少しでも傷をつけるんだ! そうすりゃあれは大人しくなるから!」

「飛びかかってくることもあるが、死ぬほどの衝撃あれじゃ無いから落ち着いて茎の部分だけ刈り取ってくれ!」

「間違っても実に傷はつけるなよ!」

 ランタンヘッダーは昼間は蔓を地面に突き刺して土中の水分や栄養分を吸収し、夜間になると蔓を外して動き回ってそれらを全身に行き渡らせる。

 そのため夜間に収穫した方が美味しくなるのだが、縦横無尽かつ不規則に動き回る小さなランタンヘッダーを捕まえるのは難しい作業だった。

 うっかり実に大きな傷をつけてしまい、怒鳴られながらつまみ出される少年を横目で見つつ、新本はハウスの壁に寄りかかりながらファイルを開いた。

「おや、ハミル婆さんから鎌もらってないのかい?」

「いや、連れが持ってます」

 鎌を手にせず、ランタンヘッダーに襲いかからない新本のことが気になったのか指示を出していた男の1人が話しかけてくる。それに対して新本が指差した先には鎌を持った方の手を挙げる人型スライムの姿があった。

「うし、準備できたな。じゃあ来たら飛ばすぞー」

 新本が大声で呼びかけるとスライムは遠くからでも分かるようにか、手を振って応えた。その様子を見て男は不思議そうに首を傾げながら離れていった。

 その直後、1人と1匹の間をランタンヘッダーが通過しようとぴょんぴょん跳ねてきた。その姿がスライムの体に重なろうとした瞬間、新本はその方向を指差しながら呪文を唱えた。

「エアプッシュ!」

 呪文により突然起きた強風に煽られたランタンヘッダーはスライムの顔面に直撃して埋まった。

「あっ……」

 新本が絶句して固まっていると、スライムは顔にめり込んだランタンヘッダーの蔓を切ってから、実を掴み忌々しげに投げ捨てた。ランタンヘッダーの直撃をくらい、ぐちゃぐちゃに潰れた顔がゆっくりと戻っていくと細目で睨みつけているスライムの顔が現れた。

 じっとこちらを見つめてくる視線に耐え切れず新本が謝ろうとしたところ、別のランタンヘッダーが間に入ってきた。

 新本がそれをスルーするとスライムは不愉快そうな表情を崩さぬまま新本の元へ寄ってきて言い放った。

「なんで、スルー、した?」

「え?」

「気遣い、いらない。私、あるじ、使い魔」

 新本からの返しを待たずスライムは元の位置に戻り、鎌で軽く素振りをした。その様に新本は呆気にとられていたが、首を振って表情を決め直した。

「エアプッシュ!」

 新本がもう一度ランタンヘッダーを飛ばすと、スライムも反省したのか学習したのか、少し後ろに下がって胸でトラップし、身動きが取れなくなったそれの蔓を切り落とした。

 それからスライムが水たまりから触手を伸ばして自分の腕が届かない位置に飛ばされたランタンヘッダーを捕まえるようになったり、新本のランタンヘッダーを飛ばす方向が正確になってきたり、と数をこなすにつれ1人と1匹のコンビネーションは向上していった。

 そうしてスライムが48匹目のランタンヘッダーの蔓を切り離すと農家からストップがかかった。狩りすぎたのと周りが鮮やかすぎる作業風景に見とれて動かなくなってしまったのが原因だった。

「やってる時は気にならなかったけど、相当狩ったなぁ」

 ファイルを閉じた新本はスライムの足元に散らばった大量の蔓を見て思わず照れ笑いを浮かべた。対するスライムは自分の成果に大した感慨も無いようで手の中の鎌を適当に眺めていた。

 なおこの一件を見ていた農家達から、簡単かつ楽で一度に大量に採れるとして同業者に伝わり、広まり、後にランタンヘッダー収穫法の主流となっていくのだが、当時の新本達が自分達の編み出した行動がそうなっていくことを知るよしは無かった。

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