6日目-ファイサン8番街道・遭遇-
この日の朝もならず者やモンスターの襲撃を受けることなく、平和に休息と撤収作業を終えられた新本達は昼過ぎには十字路にたどり着けた。
しかし多くの旅人や馬車がすれ違う中、早速ヒッチハイクを試みた新本達だったが、タダで乗せてくれそうな馬車どころかグロップに向かう馬車すら見つけられていなかった。
「やっぱり難しいか……」
この街道ではグロップに向かうよりも出る方が多い、という情報を偶然通りかかった親切な旅人から教えてもらった新本は「グロップまで、調教士、スライムと相乗り」と書いたスケッチブックを足元に下ろして唇をかんだ。
ヒッチハイクは諦めて歩けるところまで歩いて今日も野宿か、と諦めかけた所、アンドゥー側の8番街道を見張っていたスライムが猛スピードで滑り寄ってきた。
「あるじ、グロップ行き、乗せてくれる!」
「マジか!」
スライムの報告に、新本は慌てて足元に転がしていたバッグを担いでその後を追った。
「あ」
「お、ニイモトさんじゃありませんか。お久しぶり……と言うにはちょっと短すぎますかね?」
スライムの呼びかけに止まってくれた馬車の御者席には気さくそうに手を挙げるヘンリーがいた。
まさかの知り合いとの遭遇に戸惑う新本の様子にヘンリーはにやにや笑いながら席を降りた。
「まあ、積もる話は荷台の中でしましょうや。狭い車内ですけどどうぞー」
そう言いながら開かれた、前回乗った物よりも小さな幌の中には人1人がギリギリ立って入れそうな隙間が辛うじて残されていた。スライムはそれを見ると無言で球体状になった。
「あれっ⁉︎ 今の嬢ちゃん、あのスライムだったんですかい⁉︎」
それを見たヘンリーの驚きように新本はやや引きながら頷いた。
「え、ええ、まぁ……」
「確かに人型のモンスターにしては向こう側が透けて見えるな、とは思いましたが……。聞くことが増えちまいましたね!」
ヘンリーが張り切りながら御者席に戻っていくのを見送りながら新本はスライムと一緒に荷台に乗り込んだ。
「で、下世話な話ですが今回の件では報酬支払いませんがいいですよね?」
「構いませんよ、むしろこちらがお支払いしなきゃいけない立場ですし」
「そうでっか。じゃあ出発させますよー!」
鞭がしなる音が聞こえるとゆっくりと馬車は動き始めた。
「ではではニイモトさん、早速で悪いんですがスライムに何を食べさせたらあの嬢ちゃんになるんですかい?」
幌越しからでも一切逃す気が感じられないヘンリーからの質問に新本は嘘と演技を交えながら答えた。
「死体ですよ、ゴブリン討伐で殉死した傭兵の」
「はぁ⁉︎」
「以前別の馬車に乗った時に同乗したおじさんに遺体を食べさせたらこういう風になる、って教えてもらったんで実践してみたんですよ」
新本が言うとヘンリーは無言になり、それから感心したようにため息をついた。
「一応あっしも調教士を齧ってますが初めて聞きましたよそんなこと。でもそういうことに詳しかったとなると……その人は死霊遣いだったのかもしれませんねぇ」
「死霊遣いって、ネクロマンサーのことですか?」
「ですです。ただニイモトさん、ネクロマンサーっていう呼び方は嫌がる人もいるんであまり使わない方がいいでっせ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ネクロマンサーの『ネクロ』の部分が『根が黒いイコール性根が腐ってる』に重なるから無礼に当たる、って言う人がいるんですわ。考えすぎだとあっしは思いますがね」
調教士の話題で2人が盛り上がる一方、話題の起点であるスライムは無言を貫いていた。人型になると
「で話は変わりますが、ニイモトさんがここにいるってことはそんな死人を出すほどの激戦だったゴブリン討伐はもう済んぢまったんですかい?」
「正確に言えば騎士団の方々がまだ残党が残ってないか捜索中、って所ですね。その間傭兵は自由行動が許されてて、どうせだったらグロップの掲示板を見に行こうかな、って」
「あー、オカシンキンまでの街道は封鎖中ですもんね。でもそれならあっしがアンドゥーに戻る頃には余裕で開放されてそうですな」
新本はヘンリーとの会話を交わしながら荷物を少しだけずらして座るスペースを確保した。
それから他愛のない話を続けているとヘンリーが突然話を切り上げ、囁いた。
「ニイモトさん、おかしなやつが前にいます。一応戦闘の準備しといてください。まずかったら『もうかりますよね』って叫びますから。……どうしましたー?」
ヘンリーがどこかへ呼びかけると困惑したような声が返ってきた。
「ああ、ついさっき馬を繋いでいた紐が切れてしまって逃げられてしまったんです」
「そいつは大変ですねぇ」
新本が幌の隙間から外を覗くと別の荷台が街道を塞ぐように止まっていて、側にはその荷台の持ち主であろう髭面で体格の良い男性が立っていた。
「それでこれからどうしようかと考えていたところで……。もしよかったら一緒に運んでもらえないでしょうか?」
「ええ、あっしなんかでよろしければ。ちなみにどちらまで?」
ヘンリーは了承すると御者席を降りて、相手の荷台へと向かった。そして幌を開けて中を見ようとした瞬間、中から剣が飛び出しヘンリーの首元に突きつけられた。
「なっ……!」
「悪いな、嘘だよ」
ヘンリーが怯えた表情を浮かべながらゆっくりと後ろにさがると追いかけるようにバンダナで口元を隠した男が幌の中から現れた。
先ほどまで困った表情を浮かべていた髭面の男はそれを見ると一転して愉快そうに笑い出した。
「ははは! 街道を塞がれてたらそりゃあ誰だって声をかけざる負えないよなぁ! 流石だぜ兄貴!」
「こいつ相当荷物を積んでるみたいだしなぁ。抵抗せずにあの馬車を俺達に譲ってもらえれば痛い目には会わせねぇ。……どうよ? ここは大人しく従った方が身のためだぜ?」
「そ、それは……」
「あ? 何だって? 聞こえねぇなぁ」
気圧されたのかその場に尻餅をついてしまったヘンリーにバンダナの男はさらに詰め寄っていく。
「そんなことしてたら」
「してたら?」
バンダナの男が聞き返すとヘンリーは怯えた表情を引っ込めて不敵な笑みを浮かべた。
「さぞかしもうかりますよねぇ?」
その瞬間、ダスター商会の荷台から1人と1匹が飛び出した。
御者席から飛び出したスライムは球体状のままバンダナの男の横腹に体当たりするとそのまま押し倒した。
突然のスライムに気を取られて立ち尽くしていた髭面の男の顔面には後ろから出ていた新本のシャベルが勢いよく振り上げられていた。
アッパースイングをノーガードでくらった髭面の男はカエルが潰れるような声を出しながら歯を口から吐き出して地面に転がった。
「こ、この、うぐっ⁉︎」
「おいスライム、うっかり殺すなよ!」
「わかってる……」
スライムは球体から人型になり、反撃しようとしたバンダナの男の顔を体内に沈めた。ゴブリンとの戦闘を思い出した新本が慌てて注意すると、スライムは心外とばかりに頬を膨らませた。
バンダナの男はスライムの体の中で息をこらえようとしたが、すぐに耐えきれなくなり口から空気の泡を吹き出した。
「あ、兄貴!」
「おやおや、荷台の中にお仲間はいなかったんですか。盗賊にしてはお粗末な体制ですな。これならニイモトさんの助けを求めなくてもよかったですわ」
バンダナの男を助けようと立ち上がろうとした髭面の男にヘンリーは隠し持っていた短剣を突きつけていた。
「あっしもまだまだ未熟とはいえ一介の商人なんですわ。あんたらみたいな不届き者に大切な荷物は簡単に渡しはしまへん」
固まったように動けなくなった髭面の男の頬にヘンリーは短剣を撫で付ける。パラパラと剃られる髭とヒンヤリとした刃の感触に髭面の男の顔は真っ青になった。
「さて……ニイモトさん縄あります?」
「あ、はい。こんなんでよろしければ」
溺れて気絶したバンダナの男を縛り上げようとするも、体を思うように動かせず悪戦苦闘していた新本はすぐに持っていたロープを投げ渡した。ヘンリーは縄を見分すると満足そうに頷いた。
「これはなかなかいいですな。さ、そこの。腕を上に挙げて大人しく縛られなさい?」
「は、はい!」
こうして返り討ちに遭った盗賊達はヘンリーによって縛られ、自分達が用意した荷台の中に転がされた。
「さて、出発し直しますか。面倒くさい用事が1つ増えちまいましたが」
盗賊達を閉じ込めた荷台の幌を中から開けられないように固定し、牽引の準備を済ませたヘンリーが面倒くさそうに首を横に振る一方、新本はホッとしたように息を吐いた。その様子が気になったのかヘンリーは御者席に戻る前に新本に話しかけた。
「あれ、どうかしました?」
「いや、盗賊退治なんて今のが初めてだったもので」
「そうなんでっか? その割には見事なアッパースイングでしたよ」
ヘンリーが新本を勇気付けるように褒めるとそのまま御者席に入った。
新本は新しく増えた荷台の御者席に座り込むと自分の右手を何度も開け閉めした。
「あるじ、どうした」
その後ろから人型のスライムが抱きつく。新本は心配させないように笑顔を作りながら振り返った。
「いや、何でもない」
鞭がしなる音がする。新しく余計な荷物を加えた馬車は再びグロップを目指して動き始めた。
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