5日目-ファイサン12番街道・初めての野営-

 騎士からの意見を参考に考えた末に新本はグロップへ向かい、野間はカワイに残ることを選択した。

 少々無茶な日程になっても多くの依頼を達成してクエストを発注してくれるNPCとの遭遇を狙いたい新本とクエストは請けてみたいが無理はせず出来るだけ長くこのゲームを楽しみたい野間、重要視する対象が違った故の結論だった。

「それじゃあ、またいつか」

「はい! 新本さんもお元気で!」

 いつか再会することをお互いに願いつつ、カワイを発った新本達は2日前に馬車で通ったばかりの道、ファイサン12番街道を道なりに歩いていった。

 舗装されていない脇道へそれることなく北上していくとファイサン8番街道と12番街道が交わる十字路にたどり着ける。

 そのまま真っ直ぐ進めばアンドゥー、右にいけばムジェル唯一の都市・エディーやオカシンキン、そして左にいけば目的地であるグロップに行くことが出来る。そこへ今日中に到着することが新本達の目標だった。

 だが生き残りのゴブリンやその他のモンスター、盗賊などが襲撃してくるなど想像がつくアクシデントは起こらなかったものの、オカシンキンへの道が通行止めにあっていることからか馬車の姿は無く、出立が遅かったこともあり十字路にたどり着く前に陽が落ちてきてしまった。

 街灯が全く無い道を徹夜かつ小さいヘルメットの明かりだけで進むわけにはいかず、新本は早々に野宿をすることを決めて遺品からいただいた「簡単キャンプセット」の品々を街道すぐ横の原っぱで開けていた。

「ヒッチハイク出来るならしたかったんだけどなー」

 グロップに向かう予定の馬車を道中で捕まえてご相伴に預かりたい、という思惑が見事に外れた新本は周りに誰もいない中、カン、カン、と金属製の杭を地面に向かってハンマーで叩きながらつぶやいた。

 最後の杭を打ち付け終わると新本は人2人は余裕で寝転べそうな大きさの丸いテントの頭頂部に手をかけて強めに揺らしてみた。四隅の杭は全く抜ける気配が無く、テントをしっかりと地面に縫い付けていた。

「さて、本日の食事はレトルトカレーだー……はぁ」

 久々の自炊が野営という現状に、無理矢理上げようとしたテンションは一瞬で冷めてしまった。

 新本は飯ごう4つにペットボトルの水を流し込み、保存食のつもりで買っていたご飯パックとカレーのパックを放り込み、キャンプセットに同封されていたどこかの狩猟ゲームで出てくる道具そっくりな見た目の「簡単野営料理キット」の鉄の棒にご飯を入れた飯ごうを通してから火をつけた。

 それからタブレットに内蔵されていたタイマーを設定していると念のため街道に残って馬車が来ないか見張っていた、ライト付きヘルメットをかぶったスライムが戻ってきた。

「あるじ、ご飯、出来た?」

「今、火にかけたばっか。その様子だとやっぱり来なかったか」

 新本がそう言うとスライムは申し訳なさそうに謝り出した。

「ごめん、なさい」

「いいよ、来るの期待してたら今頃テント張ったりご飯作ったりしてないから。……しかし本当に生米じゃないのが売っててよかったわ」

 飯ごうでの炊飯は非常に難易度が高く、うまく炊くための方法だけで30分番組が1週分は作れるレベルである。それだけに湯煎するだけで出来るパックのご飯がカワイの雑貨屋に売られていたのは非常に幸運であった。

 スライムは肉焼きセットのそばにしゃがみ込むと鉄の棒にぶら下がっている飯ごうと新本の手元にある飯ごうを何度も見て、ふとつぶやいた。

「飯ごう、2つ、多い」

「お前の分だよ。水だけでいいのは知ってるけど食っとけ」

 新本は素っ気なく答えながらバッグの中から皿など食器類を取り出していた。

「それより、お前も周り確認しといてくれよ。うっかりモンスターの接近許して不意打ちなんて嫌だからな」

「……わかった」

 スライムが頷くとほぼ同時にタイマーが短く鳴った。音を聞いた新本は鍋つかみを手にはめて素早く鉄の棒を片方だけ外すとカレー入りの飯ごうをそこから新たに投入した。

「あっつ……」

 新本は棒を元の位置に戻してから鍋つかみを外すと顔を顰めながら軽く手を振った。その様子にスライムは冷めた視線を送っているように見えた。

「私、任せれば、いいのに」

「なんか言ったか?」

「別に……」

 目を逸らすスライムに新本は首を傾げながらも追及はしなかった。

 それから数刻も待たずに日が落ち、光源がヘルメットのライトと肉焼きセットの炎だけになった頃、タブレットの画面が光り出し大きな音をたてて震え出した。

「お、出来た出来た」

 新本は鍋つかみを再びはめると、留め金を両方外し、鉄の棒を飯ごうごと火から外した。

 そして鉄の棒から飯ごうを外し、蓋を開けると中から大量の湯気が上がった。

 とはいえ、両方ともパックなので仕上がりは分からなかった。

 鍋つかみを外し、パックの封を切って皿の上に流し入れると現実の物と遜色ないカレーライスがそこにはあった。

「じゃ、いただきまーす」

「あるじ」

 カレーをスライムに渡し、すぐに食べる気でスプーンを持ちながら手を合わせた新本をスライムが呼び止めた。

「……どした?」

 ひょっとしてカレーの準備をしているうちにモンスターが接近してきたのか、と新本は身構えたが、スライムは膝上に置いたカレーに視線を落としながらつぶやいた。

「私も、スプーン、欲しい……」

「あっ、うん……ごめん」

 すっかりカワイの時と同じように皿ごと飲み込んで、後で皿だけを出すのだろうと思っていた新本は申し訳なく思いながらバッグから新しいスプーンを出して手渡した。

 スライムは受け取ったスプーンを使ってカレーを一口頬張った。すると頬張ったまま固まり、涙目になってプルプル震え始めた。

 異変に気付いた新本が料理に使わなかったペットボトルの水を差し出すとスライムはそれをひったくるように取り、空にする勢いで飲み始めた。

「スライムは辛口がダメ、か」

 その様子を見ながら新本は平然とカレーをすくい、食べ始めた。

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