5日目-カワイ・今後の予定-
MPは眠ることで回復します。MPを使い切ってしまうと眠れば長時間起きれず、眠るまで強い眠気に襲われ続ける状態異常が発生してしまうのでMPは計画的に注意しながら消費しよう!
そうヘルプに書かれていた通り、翌日新本が目を覚ました頃には時計の針は12時をすでに過ぎており、当然ながら他の傭兵達は全員出払っていた。
「……今から追いかけても、無駄だよなぁ」
そう言った直後に新本はまだ寝足りなさそうに大欠伸を浮かべた。
とはいえ二度寝はせず、留守番役の騎士から食事を受け取って食べ、それから洗面所に行って雷光亭に泊まった時にもらってきた備品で歯を磨いた。
そうしていると厩舎から出てきた人型状態のスライムが窓を叩いてきた。その目元にはご丁寧にも隈が浮かんでいた。
「人型になれるからってそこまで再現しなくていいんだがな……」
手酌で口を濯いだ新本は厩舎へ出向くと昨日厩舎に置きっ放しにしていた3つの山のうち、処分物は複数のゴミ袋の中にまとめられていたが欲しい物の山の量が2倍近く増えていた。
「……これでも、頑張って、厳選、した」
そう言いながらもまだ未練のある品が残っているのか、スライムはチラチラと他の人は欲しそうな物の山を見ていた。
「……元々が少なかったから別にいいけどさ。でもこれなんて何に使うんだか」
新本はスライムに聞こえないほどの小声で、欲しい物の山に追加された品々を見ながら呟いた。とはいえバッグの容量を超える量ではなかったため追及はしなかった。
1人と1匹でダラダラと片付けていると表の方が騒がしくなってきた。厩舎から顔を出してみると垣根の隙間から続々と騎士と傭兵達が戻ってきているのが見えた。
「お、起きてたのか。これから庭で集会を行うからニイモトさんもこっちに来てくれ」
新本がスライムを残して玄関に出向くと先頭を歩いていたユークリッドが途中で気づいて声をかけてきた。
そのすぐ後ろを歩く騎士達は疲れながらも満足した様子を見せているのに対し、傭兵達が全員苦い顔を浮かべていた所から新本はなんとなく侵攻の結果を察した。
縁側に立ったユークリッドを中心にして騎士達が横並びに、傭兵達が前に整列するとユークリッドは口を開いた。
「この度、我々はホブゴブリンとゴブリンの一団の討伐に成功した」
騎士達からまばらな拍手が起きる。しかしユークリッドは間をおくこと無く話を続けた。
「だが現時点ではまだ残党か別勢力が残っている可能性があるため、達成報酬は支払えない。報酬は3日間ゴブリンの集団が出現しなかったのが確認されてから支払わせてもらう。この間他の町へ行っていても構わない。ただもし再び確認された時は行った先で別の非常事態が起こってない限り戻ってきてくれ。報酬を支払うのは討伐確定から1ヶ月以内まで。支払いはここでは無く本来の詰所で行う。代理受取は証明書があっても断るので注意してくれ。また、ここを仮詰所として使えるのはゴブリンを最後に確認してから3日後までなのでそれ以降もカワイに滞在する場合は別に宿を取ってくれ。……あと今の討伐戦でゴブリンを倒した者は遺体を持って隊長室まで来ること。では、解散」
そう告げてユークリッドが古民家の奥に引っ込んだ途端、張り詰めていた緊張感がふっと消え、傭兵達は揃って大きなため息をついて何人かその場に座り込んだ。
「……お疲れ様でした」
新本が気を遣いながら野間に小声で話しかけると、野間は疲れた様子を見せながら笑った。
「いやぁ、あそこまで騎士が本気出して突撃してくとは思わなかったです。今度から騎士団が依頼主の物はスルーすることにしますよ……。あれ見たらもう全部あの人達に任せればいいんじゃないかな、ってなりますよ」
そんな会話を交わす間、古民家に入っていく傭兵は1人もいなかった。どうやら宣言通り騎士達は傭兵達に全く出番を与えなかったらしい。
「あ、例の傭兵とみられる方々の遺品の整理が終わったんで、欲しい物があるかどうか皆さん見ていかれませんか?」
ユークリッドの演説により言いそびれてしまった要件を新本が大声で言うと傭兵達は様々な反応を見せた。
「そうだなぁ……せめて今日の時間の分は回収したいよなぁ……」
「どうせお前転売して金になるような物全部確保してるだろ? いらんいらん」
「ゴブリンにやられるようなやつらが良いもの持ってるとは思えないけどなぁ」
昨日新本が騎士に遺品の一部を渡そうとした時、その遺体の特徴や服装を根掘り葉掘り聞かされていた。
その結果彼らが行方不明になった傭兵達である可能性が高い、という判断が下されその情報は全員に告知されていた。そのため内容はスムーズに伝わった。
「ちなみにその一覧は?」
「厩舎に全部置いてるのでついて来て下されば」
興味を持った傭兵達を案内しながら厩舎に戻ってくるとスライムは新本のバッグのそばで球体状になって眠っていた。
「とりあえず、すぐに再利用出来そうな物はこの山の中にあって……血がついてたりしていて使いにくい物はこの袋の中に入れてます」
「血で染まった物は頼まれても使いたくねぇなぁ」
「念のために聞いとくが、袋の中もひっくり返していいんだよな?」
「ご自由にどうぞー」
「おいおい、キュアの魔法陣なんてフリマでも売れねぇぞ? ニイモト、出せる魔法陣これだけしか無いのか?」
「お、これ欲しかったんだ。本当にタダで持ってっていいんだな?」
そんな会話を交わしながら新本は他の人は欲しそうな物の山を崩し、きれいに並べ始めた。
来てくれた傭兵達は色々と質問や意見を言いながらそれらを選別し、気に入った物をそこから抜いていく。幸運なことに物の取り合いや小競り合いが発生することはなく、傭兵達が全員いなくなる頃には総量は3分の1以下にまで減った。
そこから傭兵達の反応が特に悪かった品をゴミ袋に放り込み、残りの物はいつか何かの役に立つかもしれないのでバッグの中に突っ込み、即席のお渡し会は終わった。
ゴミ袋の口を結んだ新本はしゃがんだまま厩舎を振り返ったが、何度見てもそこにはスライム以外のモンスターの姿はいなかった。
「しっかし、今の所プレイヤーで調教士、っていう人は聞けてないなぁ……」
一応NPCの調教士とは雷光亭や各地のギルドですれ違ったがテストプレイヤーの証だと思われるオレンジ色のバッグを持ちモンスターを従えている人を見かけたことはない。
新本よりも先にログインした野間や佐々岡も現時点で調教士を選択していたプレイヤーと出会ったことはないという。
「やっぱりピーキー過ぎるからなのかねぇ、性能が」
新本がそうつぶやいても反応したり慰めてくれたりする者はいなかったが、その代わりにタブレットが振動した。
「ん? アップデートのお知らせ?」
起動してみると、タブレットには運営からのメッセージが表示されていた。
「クエストの実装か……」
運営からのメッセージを軽く流し読みした後、初めて目にする「依頼・クエスト」の項目をタッチしてみるとヘルプに描かれていた通りのレイアウトにゴブリン討伐を始めとする依頼全てが表示されていた。
バグでクエストも表示されてないかなー、と甘い期待を抱いていた新本だったが、この時点でクエストに引っかかってたら運良すぎだと思い直した。
ヘルプによるとクエストの発動条件は該当するNPCと接触すること。
ただしそのNPCがどこにいるのかはわからず、特定のNPCによっては該当する依頼を達成しなければ会うことが出来ない。さらにクリアするまでクエストの名前や内容は一覧表に表示されないという仕様だった。
しかし
それはぜひとも見てみたい請けてみたいと、その内容に新本は胸をときめかせた。
「野間さーん、カワイから1番近いギルドってどこですかね?」
「お、早速クエストのために動くつもりですね?」
傭兵達が荷物整理をしている客間に入って声をかけると野間はタブレットから視線を外してニヤリと笑った。どうやら野間も時を同じくして運営からのメッセージを見ていたようだ。
「確かここから近いのはオカシンキンのギルドだったかと。新本さん地図あります?」
「オカシンキンなら確か今通行止めになっている東の山道を抜けてすぐの所ですよね? 確か1週間後くらいに警備の依頼が入ってるのでしばらくそこを本拠地にする予定なんですよ」
そう笑顔で言いながら新本はバッグから地図を出してカワイ近辺の情報が記されたページを開いて床に置いた。
「あ、やっぱり地図も買ってるんですね」
「そりゃそうですよ。ただ問題はその通行止めがいつ解除されるかなんですよね」
「それならゴブリン討伐が確認されるまで解除されませんよ。簡単に開けて、その先で襲われたら大変なことになりますから」
2人の会話を偶然聞きつけたのか、通りかかった若い騎士が廊下から回答した。
「分かってます。その代わりとなると……12番街道に戻って、8番街道を大回りするルートが1番速いかな?」
「お2人はオカシンキンに行かれたいんですか?」
急ぎの用事がないのか、騎士は客間に入り2人の輪に加わった。
「はい。あと1週間後ぐらいに仕事があるんでそこをしばらく本拠地にしようかな、と」
「俺はここに停泊してもいいんですけど他の依頼も見てみたいな、って感じで。カワイにはギルドないですから」
新本と野間それぞれの理由を聞くと騎士は勝手に地図のページをめくり始めた。
「オカシンキンに行くならそのルートを使うよりも……ここから少し遠いんですけど南西の方にグロップっていう町があるんです」
騎士が開いたページの右上にはカワイ、中心には陸地を深い緑色に囲まれた町・グロップがあった。
「そこならここから2日あれば着けますし、森に囲まれていてモンスターが沢山生息している分どっちのギルドにも依頼が充実しているんです。それにオカシンキンへの直通便も出てますから何か起こらない限り期限に間に合わないことはないでしょう」
「騎士さん、そこってヤマヤシって自生してます?」
「あー、ギリギリ入るか、ってところですね。確かこの森が北限だった気がします」
新本が他の依頼にかかわる情報を聞く横で、野間はゴブリン討伐の認定にかかる日数よりもカワイとグロップを徒歩で往復するのにかかる日数の方が多いことに悩みだしていた。
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