4日目-カワイ・我、夜戦ニ再突入ス-

「え、遺品渡さなくていいんですか?」

 ゴブリンの住処と思わしき場所を突き止めたことを報告するため足早に古民家に戻った新本は待機していた騎士に遺品も引き渡そうとしたが受取拒否をされてしまった。

「ええ。傭兵業してる人って名前や住所が分からないことの方が多いので渡されても扱いに非常に困るんですよ。それに万が一それらが分かった場合でも大抵が家族と縁を切ってたり死別してたりするので」

 騎士はややゲンナリした表情を浮かべつつも笑いながら答えた。

「あ、でもこの鉄の剣は回収させてもらいますね。ほら、柄のところにカワイの町章が刻まれるでしょう?」

 新本が真っ先に出したゴブリンが持っていた剣の持ち手の底には風車の印が彫られていた。

「こういう印が入っている物は例の倉庫から強奪された物なので……すいませんがご理解お願いします」

 むしろ全部引き渡すつもりマンマンだった新本は騎士から頭を下げられ、困惑するしかなかった。

「で、なんで、こっち来た」

 その数分後、厩舎にやって来て遺品を広げ始めた新本にスライムは人型の姿で抗議した。どうやら人型にならないと人の言葉を話せないようだ。

「いや、ここぐらいしか広々と使えるスペース無かったから……」

「私、寝る場所、削られる、嫌」

「寝る時間までには終わるから我慢して……。ったく、なんでタブレットがないかな……」

 新本が信用出来ないのか頬を膨らせているスライムをなだめながら新本はタブレットが遺品のバッグに入ってないことにぼやいた。

 訴えても無駄だと思ったのか拗ねたのかスライムが球体状に戻る中、新本がバッグを2つ同時にひっくり返すと大量の道具が雪崩のように出てきた。

 予想外の量に思わず固まってしまった新本だったが衝撃から立ち直るとそれらを「欲しい物」「他の人は欲しそう物」「処分物」の3グループに分け始めた。

「服のサイズは……Mか、だめだ着れない。バッグは血まみれだから絶対売れないー。ファイルの中は……魔法陣か、後で見よ。何だこれ瓶詰めの……いい匂いがするから香水か? 後でバッグに突っ込んで確認するか」

 量が多く、使いたいか否かも一緒に考えながらの作業だったからか、一通り終わった頃には夕日が沈みかけていた。

「ニイモトさん夕食持ってきたぞー、ってすごい量だな」

 焼肉定食を2人前載せた盆を持って来たマイクがそれら3つの山を見て驚く。新本は出てきた物の1つであるヘルメットのライトのスイッチを切った。

「まぁ、遺品3人分ですし。右のは処分したい物の山なんですけどどうすればいいですかね」

「じゃあゴミ袋いくつか持ってきてやるから入れとけ。燃える燃えない分けてゴミ袋に入れてくれれば収集役が……ここはいつだったかは忘れたが取りに来てくれるからな」

「はーい。ありがたくいただきます」

 マイクとの会話を終え、新本が視線を戻すといつの間にか人型に戻っていたスライムが懐かしむように「他の人は欲しそうな物」の山に入っていた金色のメダルを手に取って見ていた。

「それがどうかしたのか?」

「な、なんでも、ない」

 話しかけるとスライムは慌ててメダルを山の中に戻した。新本は山とスライムを交互に何度も見てから言った。

「……夕食の後に明日の作戦会議があるから、それが終わるまでにお前が欲しい物を取り出しとけ。お前の分の夕食はこっちに残してくから」

 新本の言葉にスライムは嬉しそうな表情を浮かべたが、生暖かい視線に気づくとすぐに無表情に戻って顔を逸らした。だがその顔には赤みが残っていた。

 光り物が好きなのかな、とその様子を内心微笑ましく思いながら新本は定食を1つ載せた盆を両手で持ちながら古民家へと入った。するとマイクが折りたたまれたゴミ袋をそばに置いて靴を履こうとしている所にちょうど出くわした。

「あれ、ニイモトさん。あちらで食うもんだと思ってたよ」

「いやいや、さすがにあの吹き晒しの所で食べるのは辛いですよ」

「そりゃそうだな。ゴミ袋はどうする? 厩舎に置いとくか?」

「いや、もうここで受け取っちゃいます」

 そんな会話を交わしながら客間へと入っていくとたくさんの歓声と拍手が新本を出迎えた。

「お、本日のヒーローが来たぞー」

「まさか昨日来たばっかのやつが根城を見つけてくるとは思わなかったぞー」

「とはいえ、ゴブリンの首は譲らないからなー」

 傭兵陣全員による出迎えに新本はむず痒さを感じながら空いている席に座った。

「新本さん、ものすごい戦果上げましたね」

「といえども、奥までは見て来なかったので。ひょっとしたらただのトンネルかもしれないし、根城だったとしても明日にはいないかもしれないですし」

 満面の笑みで話しかけてくる野間に新本はやや遠慮がちな笑顔を浮かべた。

「今はそんなネガティヴなこと考えずに明日のフィーバータイムを楽しみにしてた方が得ですよ」

「フィーバータイム、ねぇ……」

「おい、全員揃っているか」

 千切りキャベツに箸を抜き差ししながら新本がつぶやいているとユークリッドが客間に顔を出した。

「はい、騎士・傭兵共に全員揃っております」

「そうか。なら今夜からの動きを説明したいのだがよろしいか」

 反対意見が出ないことを確認してからユークリッドは客間に足を踏み入れた。

「皆も知っての通り、この度ゴブリンの住処と思われる場所が発見された。我々は、まぁ……ないとは思うがゴブリンがこのことに気づき、遠方へ逃亡するのを警戒し、明日当地へ侵攻することを決定した」

 全員予想していたのか、ユークリッドの宣言に傭兵達は驚く様子もなく焼肉定食に手を伸ばしていた。

「その侵攻に当然ながら希望者は参加可能だ。もし参加したい者は明日の午前5時に正面玄関に集合してくれ。ただし我々も金は惜しい。そう簡単にゴブリンやホブゴブリンを狩らせてもらえるとは思わないで欲しい。話は以上だ。あと今夜の警備に参加したい者は例の篝火に集合してくれ」

 それだけ言うともう他に用はない、と言わんばかりにユークリッドは黙って客間を出て行った。

 その数刻後、昨日と同じように煌々と篝火が灯される中、新本はゲームではよくあるビジュアルでは一方向しか照らしてないのに全体を明るくするヘルメットのライトがちゃんと点くか確認しながら横でぶるぶると震えている物に話しかけた。

「……俺、ついて来なくていいって言ったよな」

「……出番来る、話、別」

 ストレッチのような物を終えたスライムは最後に大きく体を伸ばして息を吐いた。

「なら良いけどさ」

 スライムが乗り気な様子を見て、新本はそれ以上聞くのを止めた。そんな1人と1匹にアルフォートは笑顔で話しかけた。

「しかし、まさか今日夜間警備に出る人がいるとは思わなかったですよ」

「いやー、遺品の魔法陣がどんな物か試してみたかったんで。名前だけじゃ何がなんやらわからないですし」

「……私、ゴブリン、戦えれば、いい」

 1人と1匹がそれぞれの理由を述べるとアルフォートは大声で笑った。

「主人と従者で理由が全然違いますね! まぁ、人数的に明日の突入に参加するよりもこっちに来た方がもうけられる可能性が高いですからねー」

 実際、2人と1匹の周りに他の傭兵達はいなかった。今頃彼らは明日の突入に備えて準備を整えているか夢の中へ旅立っていることだろう。

「先遣隊から入電、10時の方向から11体、2時の方向は殲滅したそうです!」

「お、ひょっとしたらあなた達と先遣隊だけで片付けられるかもしれませんね」

 同僚からの報告にアルフォートの顔が綻ぶ。それはまるで自分達の出番がないことを喜んでいるようだった。

 スライムが催促するように新本の鎧からはみ出ていた服を引っ張る。新本は腰ぐらいにまで大きくなった相棒を見下ろしながら頷いた。

「じゃあ、後ろは頼みました」

「おう、自滅しない程度に頑張ってこい」

 いつの間にか来ていたマイクからの檄を受けつつ、新本達はゴブリンが追い立てられているはずの方向へと向かった。

 すると前に見えていた森からゴブリンが1体逃げるように飛び出してきた。しかし森から飛んできた矢によって射抜かれ、地面に倒れた。

 そしてそれを踏み潰しながら薄っすらと聞こえていた人と獣の声の発生元が視界に現れた。

「おお、やってるやっぐえっ」

 立ち止まった新本を踏み台代わりに蹴りとばして跳んだスライムは球体状になりながら、騎士に気を取られていたゴブリンの頭に着地した。

 ゴブリンはスライム元々の重さと落ちてきたことによる衝撃によって骨が折れる嫌な音をたてながら崩れ落ちた。

「いってぇなぁ……」

 言葉に怒気を込めながら新本は蹴られた後頭部を押さえながら立ち上がった。

 当の犯人スライムは別のゴブリンに抱きつくと、自分の体の中にその頭を引き込ませた。

 息が出来なくなったゴブリンは半狂乱になりながら引き離そうとしたが、液状の体をしっかりと掴むことは出来ず、その顔色は真っ赤からどす黒い紫色へと変わっていた。

 新本はパラパラと厚くなったファイルをめくり、新しく増えたページを読み上げた。

「ヘルスピアス!」

 すると新本の周りを囲むようにいくつも巨大な黒い槍が出現し、ゴブリン達に向かって飛んでいき次々とその体を串刺しにしていった。

 その一方でスライムと騎士達が悲鳴をあげながら必死に避けていたのは気にしてはいけなかった。

「うわっ、全部真っ赤になりやがった」

 新本の持っているマジックポイントを一掃したヘルスピアスだったが、その威力は凄まじく騎士団に追われていたゴブリン全員を殺し尽くした。

 槍で串刺しになったゴブリンの遺体のすぐ横で騎士達は急激に浮かんだ汗を拭いながらその場にへたり込んだ。

 そして責めるような呆れるような様々な感情が混ざった視線を送り始めたが、新本はそれに気づくとぎこちなく動きながら目を反らした。

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