4日目-カワイ・進化?-
夜間警備組が死んだように眠る中、新本は1人むくりと体を起こした。
他の人達を起こさないよう、音を立てないようにこそこそ着替えて客間を出ると玄関には大量の弁当が積み上げられていた。
「あ、おはようございます……えっと」
「新本です」
弁当の前で待機していた騎士・アルフォートが挨拶をしてきたが、名前を思い出せなかったのか途中でしどろもどろになった。
見かねた新本が苦笑いしながら助け船を出すとアルフォートは救われたかのように安堵の息をついた。
「ああそうだ新本さんだ。夜組なのに早いですね」
「いえ、昨日は本当に見てるだけでしたから」
昨日新本はファイアでゴブリン達と応戦することは出来たがラスキルを取ることは最後まで出来ず、特別手当を得ることもなかった。
ただモンスター図鑑に描かれていた通りの緑色の肌をした小鬼のような姿とホブゴブリンが近くにいる時にしか見れないという一糸乱れぬ戦闘スタイルを見れただけでも収穫はあった、と新本は思っていた。
「この弁当が朝食と昼食です。中身はほとんど同じですが」
「はい、ありがたくいただきます」
アルフォートが弁当を2つ持って新本に手渡す。新本は会釈すると裏手にある厩舎へと向かった。
「おーい、スライムー? 朝だぞー」
モンスター用に流用されている厩舎に呼びかけると奥からスライムがやる気なさげにノロノロとした動きで姿を見せたが、外には出て来ず木製の囲いからちょこっと体が見えるところで止まった。
「悪かったよ、昨日は放置しちゃって。今日は単独でも動くからちゃんと出番あるから」
しゃがみこんで説得するとスライムは機嫌を直したのか妥協したのか、外に出てきてすぐ新本の頭に飛び乗った。
新本は頭にほどよい重みと冷たさを感じながらおにぎりを頬張りつつゴブリンの本拠地とみられている森へと向かった。
「たぶん昼はどっかに潜んでいるんだと思うんだよなぁ……」
図鑑の情報から捜索が行き届いてない地域に潜伏場所があるのではないか、と予想し該当する箇所を重点的に探すことにした新本はそこら中に生えている木々を手すり代わりにしつつ、道なき斜面を登っていった。
また、昨夜夕食を食べている時に聞いた話によると森の中はゴブリン以外のお金になるようなモンスターが出て来てない状態らしく、その情報通り道中でモンスターと出くわすことはなかった。
その情報を教えてくれた傭兵はゴブリン達が暴れまくった結果、他のモンスター達は他方に逃げ出したのではないか、と予想していた。
木の周りに巻きつくように生えた植物をかき分けて進んでいると萎れた葉や枝が大量に転がっている獣道のような物にたどり着いた。
近くにあった木や落ちている枝を見ると鋭い刃物で切られた痕が残っており、何らかの手が入っていることを示す物証に新本の期待は否が応でも高まった。
道はどちらも行っていない方向に伸びている。新本は足元に転がっていた大きな枝を拾い上げるとその場に立てた。枝はすぐに右の方に倒れた。
枝が指した方向に進んだ新本はそう時間が経たないうちにある物を見つけた。
それは苦悶の表情で事切れた男性2人の死体だった。
ボロボロになった皮製の防具の影から内臓や骨が丸見えになっているそれらはまるですごく精巧に出来た蝋人形のようにも見え、ゲームだからか殺されて間もないのか悪臭は感じられなかった。
「えーっと、遺体は遺品を全部回収してから火葬して骨にして……」
ゲームの中とはいえ初めて生で見る人間の無残な死体に感覚が麻痺したのか、新本は無表情で他の傭兵から教えられた遺体の取り扱い行程を言いながら握りしめられた武器や血まみれになったローブ、バッグなどを回収していった。
そして裸にしたところでファイアを唱えると遺体はあっという間に燃え、白い骨へと変わった。
最後に申し訳程度にシャベルで穴を2つ掘り、それぞれに1つずつボロボロになった骨を流し込んで埋めた。さらにその上に土を盛ってから新本は手を合わせた。
「骨にしても持ち帰ったらダメなんだよな……。すいません」
手を解いてから気を取り直し、周りを見渡すと切り取られた枝葉はここで途絶えていた。
引きずられた跡は無く、彼らがここで何らかに襲われて命を失ったことは間違いない。しかし新本が通ってきた道以外に踏み荒らされたり切り開かれた箇所はない。
新本の視線は自然に今まで通ってきた道へと向いた。
「犯人はこの人達を追ってたか待ち伏せしていて、ここで殺して戻っていったと考えるのが妥当かな?」
そう結論づけると自分のバッグになぜか入らなかった遺品のバッグ2つを新たに肩にかけ、そそくさと来た道を引き返して行った。
すると道中に生えていた大木の下に先程と同じような皮製の防具を身につけた別の遺体が転がっているのを見つけた。
その遺体は女性で、皮製の防具ごと心臓を一突きされているのが致命傷となったらしいが男性陣とは違いそれ以外の大きな傷がつけられておらず、バッグも持っていなかった。
「ここまで綺麗だと死因が分かるんだけどな……」
死んでいるからセーフ、問題ない、と心の中で唱えながら新本は女性の遺体から鎧を剥ぎ取った。
そして下着にも手をかけようとした時、ある言葉が新本の脳裏によぎった。
『何を食べさすかっていうとな、新鮮で綺麗な死体なんだよ』
『一部のモンスターはある条件を満たすと進化し、姿や能力値が大きく変わります。進化の条件はモンスターごとに異なります。NPCとの会話の中に進化のヒントが隠されていることも』
「骨は持ち返らなくていい。なら俺が遺体をここでどうこうしてもバレることはない……?」
新しい魔法陣や武器を買えるお金は手持ちに無いし、使いこなせるかどうかわからない。ゴブリンを仲間にしてもいいが金に目が眩んだ同業者からのフレンドリーファイアが起きかねない今のタイミングで仲間に入れることは明らかな悪手。
となると現状、簡単に戦力をあげるために行えることは駄目元でスライムの進化方法と思われる物を試してみることだった。そしてその方法に必要な材料が今、目の前に揃っていた。
無言になって固まっていた新本は無表情のままスライムに話しかけた。
「なぁ、スライム。そろそろ腹減っただろ? 昼食にしようか」
新本の強張る声で何をする気なのかわかったのか、スライムは詳しい指示を聞くことなく遺体に飛び乗った。そしてハデスホーネットの巣の時と同じように遺体の表面を包むように薄く伸びていった。
「すいません、あなたの体ありがたくいただきます」
新本は会ったこともなければ名前も知らない女性に向かって頭を下げた。すると死んだはずの女性の目が動き、新本の方を見たような気がしたがそれを確認する前に女性はスライムに飲み込まれた。
「グギャ? グギャギャギャ!」
その最中、聞き覚えのある声に慌てて顔を上げるとゴブリンが3匹も現れた。どうやら自分達の獲物が目を離していた隙に横取りされたことに激怒して喚いているようだった。
新本は地面に刺していたシャベルを引き抜くと刃をゴブリン達に向けた。
ゴブリン達は臆することなく、石斧を持っている2体は新本の後ろに回りこむように、体格と釣り合っていない大きな鉄の剣を持っている1体は真っ直ぐ新本に向かって走り込んできた。
新本は後ろに回り込んだゴブリンを無視してシャベルの柄によるリーチを存分に活かし、正面から来たゴブリンの手から剣を叩き落とした。
そしてすかさずシャベルを投げ捨て、地面の上を滑る剣を体勢を崩しながら拾い上げた。
そのまま振り返りながら剣を振り回すと、刃は右後方から襲いかかろうとしていた石斧ゴブリンの首をとらえた。
ゴブリンは驚愕の表情を浮かべつつ深く切り裂かれた首から大量の血を出して仰向けに倒れた。
仲間がやられたことに驚いたのか剣を奪われたことに動揺したのか、残りのゴブリン達は攻撃することなく慌てふためいて逃げていった。
新本は足跡が残っていないかゴブリン達が逃げた方向を探してみたが、木の根で固められた地面には残っていなかった。
その代わり逃げた時に落としていったのか、石斧が転がっていた。ただ大きな打製石器を大量の植物の蔓で太い木の枝に無理矢理巻きつけただけ、という出来に換金出来そうな要素は一切見受けられなかった。
「……これ、取りに戻って来るかな?」
もし取りに帰ってきたらそこを襲撃して新たなゴブリンの遺体を手に入れることも、その後をこっそり追ってゴブリンの住処を発見することも出来るかもしれない。
帰ってこなければものすごく無意味な時間を過ごしてしまうことになるが、試してみる価値は大いにあった。
「あるじ……?」
新本が囮作戦についての構想を練っていると後ろから声をかけられた。
自分のことか? と思いながら振り返るとそこには水色の裸の女性が立っていた。
とはいえモザイク加工が必要な部分は最初から真っ平らで痕跡もなく、足もふくらはぎまででそれよりも下は同じ色の水たまりの中に沈んでいた。しかしその女性の姿と右肩に彫られた印に新本は見覚えがあった。
「細かい所まで完全に、っていう訳じゃないけどほとんどあの姿を再現してるんだな……すごいなスライム」
「ん……」
女性……スライムは誇るように両手を腰にあてながらまな板な胸を張った。
人間の死体を食べたからかヘルプ通りに進化したからなのか、スライムは人の言葉を喋れるようになったようだった。
新本はこれ幸いとばかりに、これから行う囮作戦の概要をスライムに伝えた。
「……というわけで、もしゴブリン達が
「……わかった」
「あ、あと隠れる時は元の形に戻っていた方がいいかも。その姿だと目立ちそうだし茂みと当たる面積広いし」
スライムは新本の提案を聞くとあっという間に体を崩し、丸まった姿に戻った。
しかしその大きさは前の2、3倍ぐらいに膨れ上がっており、今までと同じように気軽に頭に乗せていたら確実に首を痛めることになりそうだった。
それからしばらく動きはなく、満腹感と心地よい陽気による眠気と戦いながら石斧を凝視しているとお目当ての声が3つ聞こえてきた。
茂みの隙間から見えた先頭のゴブリンの顔はまるでよってたかって殴られたかのように所々膨らみ、青あざが出来ていた。
ボロボロのゴブリンは石斧を手に取ると弱々しい声で後ろの2匹に呼びかけた。2匹はさも当然だというように反応せず、すぐに来た道を引き返していった。
置いてかれたゴブリンが石斧を胸に抱えて慌ててその後を追いかけていった所でスライムは人型になりながら顔を出した。新本が右腕を無言で横に何度も振ると、スライムは音もなく茂みの中をゴブリンが走って行った方へ動き出した。
それからしばらくしてから新本は茂みを出て、スライムの粘液が残る枝葉を頼りに道を進んでいった。
「あるじ……こっち……」
その先でどうやって登ったのか、木の上からスライムが手招きしているのを見つけた新本はその根元に滑り込んで身を隠した。
「どこらへんに行った?」
上を見ながら新本が小声で話しかけると、スライムは左の方を指差した。
その先には大きな岩壁があり、そこに開いた穴の前にズタズタに斬り殺されたゴブリンの死体が1つ投げ捨てられていた。
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