3日目-カワイ・顔合わせ-
新本が古民家から出てくると、スライムをプニプニしながら荷台に腰かけていたハロルドが慌てて立ち上がった。
「あ、お話し合いはどうでしたか?」
「うん。ウーゴの狩人ギルドがクズすぎ、っていうのが分かった」
「は?」
ハロルドの脳内に大量のクエスチョンマークが生まれたが新本はあえてそれに触れないでおいた。触れれば話がややこしくなるのが目に見えていたからだ。
「若旦那、そろそろ戻らないと夜になっちまいますよ」
「ああ、そういえばそんな時間だったね」
ヘンリーが封筒を持ちながら声をかけるとハロルドは我に返ってそれを受け取った。
「ニイモトさん、これが今回の報酬となります。分かりきってることですが、荷物や我々に被害は無かったので減額はしてないです」
そんな封筒の中には銅貨が40枚とチケットが3枚入っていた。要項には書かれてなかった「デスター商会商品券300G」と書かれているチケットに新本が戸惑っているとハロルドは笑顔で言った。
「デスター商会全ての店舗で使える300G商品券です。もし近くにお立ち寄りの際はぜひお使いください」
しっかりと宣伝も忘れないハロルドの姿勢に新本は思わず吹き出してしまった。そんなやり取りを経てハロルド達は空になった木箱を荷台に積め終わるとそそくさとアンドゥーの地へ帰っていった。
「さて、さっきタブレットにきたのは何だったんだ?」
ハロルド達を見送り終わると、新本は縁側に腰かけてヘルプを開いた。そこにはユークリッドが言っていた進化種についての説明が書かれたスクリーンショットがあった。
「『一部のモンスターはある条件を満たすと進化し、姿や能力値が大きく変わります。進化の条件はモンスターごとに異なります。NPCとの会話の中に進化のヒントが隠されていることも』……?」
新本の脳裏にアンドゥーに向かう時に聞かされた酔っ払ったおじさんの言葉がよぎった。
「まさか性処理とか新鮮な死体を食べさせるとで進化すんのか、こいつ?」
疑惑の眼差しを送られていることに気づかず、スライムは暢気に飛んでいる蝶を追っていた。
「いやいや、流石にぶっかけるとか死体食わせるとかで進化するなんてないよなーないわー」
そんなほのぼのとした様子に感化され、
先ほどハロルドから貰った報酬だけでなく僅かに残っていたお金まで出し、鉄製の防具と別の依頼で必要になる物を購入しているとちょうど荷下ろしの時に見かけた騎士が中に入ってきた。
「あ、先ほどの。これから出発ですか?」
「そうですね。ゴブリンって今どこらへんにいそうですか?」
新本が肯定しながらゴブリンについて尋ねると騎士は小さな窓から見える小山を指しながら言った。
「日が昇ってる間はあの森の中にいて、夜になるとこちらに下りてくる感じですね。ホブゴブリンの姿は街中では確認されてないので森の中に潜伏して指示を出していると考えられてます」
「ほうほう」
「ただもう今日は遅いので、灯りがないならこれから向かうのはやめておいた方がよろしいかと」
新本の購入した品の中に灯りになりそうな物がないのを見てか、騎士は申し訳なさそうな表情を浮かべながらもそう断言した。
「そうですか……。今日のうちに
新本が細やかな抵抗をすると騎士はこう提案した。
「……なら今夜の防衛に参加しますか? 希望者には夜の防衛にも参加してもらっているんですよ」
「そうなんですか? じゃあ参加させてもらってもいいですか?」
差し出された救いの手に新本はすぐに飛びついた。
「ええもちろん。あと1時間ぐらいで夕食が出来ると思いますから」
「夕食はどこでとるんですか?」
「仮詰所です。……あ、先ほど隊長とお話しされた民家のことです。あと皆さんの宿泊地も同じとなります」
「あれ、大広間は埋まってるって聞きましたが?」
「ええ、埋まってますよ。ただあれには同じくらい広い客間があって、そこで傭兵の皆さんに食事と休息を取ってもらってます」
そんな会話をしながら雑貨屋を出た2人は踏み倒された農作物の残骸が放置されている田畑の間の道を歩いた。
そして仮詰所こと古民家に戻ってくるとちょうど別の騎士が古民家を出立するのに出くわした。
「アルフォート・エイギス、ただ今戻りました。18時20分発のパトロールでゴブリンらの姿は確認されませんでした」
「お、おかえり。マイク・アストライア、これより18時40分発のパトロールに入る」
「はい、頼みました。今日の夕食はなんでした?」
「ポークカレーだ。おいしかったぞ」
張り付いてなければなかなか見られなさそうにない騎士の交換時のやり取りをよそに新本はアルフォートに教えられた客間へと向かった。客間ではすでに何人かの騎士と傭兵が混ざってポークカレーを食していた。
「お。この時間に食べに来る、ってことは新顔さんは夜間警備参加ですか?」
そう新本に声をかけてきた長い黒髪を後ろでまとめている青年の横には見慣れたオレンジのバッグが置かれていた。新本はその青年の横に座りながら答えた。
「はい、そのつもりです。そのバッグをもっているってことは」
「
「新本卓矢です。こちらこそよろしくお願いします……ちなみに他にプレイヤーの方は」
「
「そうなんですか」
きちんと礼節を弁えている野間の対応に新本は小窪の時とは違い、ちゃんとした会話をする気になったようで自分のバッグをその場に置いて場所を確保した。
「新本さんはいつ頃こちらに?」
それからポークカレーを給仕役の騎士から受け取り戻ってくると野間が興味ありげに新本に話しかけてきた。
「それはどっちの意味でですか?」
「もちろんログインした方で」
「それなら、大体2日前ですね」
「2日前ですか? だいぶ遅いですね」
「そうですねー。本当は初日から入りたかったんですが、色々とありましてね……」
カレーをスプーンでつつきながら遠い目をし始めた新本の様子を見て野間は慌てて話題を変えた。
「に、新本さんはゴブリンの姿はもう見られたんですか?」
「いえ、図鑑で見ただけですね」
「図鑑? そんなのタブレットにありました?」
「いやいや、商店街の本屋で400Gで売ってたんですよ。出版された時期が古くて、珍しいモンスターの情報もほとんど書かれてないんですけど生息数が多いモンスターについてはなかなか充実してて……」
実際にバッグから図鑑を取り出し、光が戻った目を輝かせながら話す新本の様子を見て、野間は密かに地雷を爆発させずに済んだことに安堵した。
それから約2時間かけて食事や自己紹介、準備を済ませた新本と野間ら夜間警備志願者8人は絶えず灯され続ける篝火の元に集合させられた。
「こんなに本職の騎士さんが待機しているとなると私達の出番なさそうですね」
「まぁ、正面撃破よりも騎士から逃げるゴブリンを追撃するのが俺達の役目ですから。それでもこの3日間、これだけでも3千ぐらい稼げたし」
新本がその周りに待機している騎士達を見ながら余裕そうに笑っていると野間がタメ口で喋りながら親指を立てた。
野間の言うことが本当であれば1夜戦1人につき少なくても2匹撃破は固いこととなる。しかし逆に捉えればそれだけゴブリンが襲来する、ということでもあった。
「先遣隊から入電、ゴブリン10時の方角から6、2時の方角から8来ます」
騎士から伝えられた情報に現場に緊張感が走る。しかし誰1人として慌てる者はいなかった。
「いたぞ、あっちだ!」
「おらおら首置いてけー!」
「そこをどけ! わいが全部倒すー!」
ただそこにチームワークなどなく騎士達に追い立てられるゴブリンの姿が見えた瞬間、テストプレイヤー以外の傭兵達は放たれた矢のように思い思いの方向へと飛んでいった。
「野間さん、これ私、本当に出番ありますかね」
「……サブジョブの方ならワンチャン」
そんな会話をしながら新本と野間もその後を追った。言外に出番無しと言われ、置いて行かてしまったスライムは不満そうに地べたに潰れた。
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