3日目-カワイ・依頼更新-
「あ、しまった。氷の確認しないと……」
夕日が見えてきた頃、ハロルドは木箱の中身を確認し始めた。
「あれ? 漏れてないから大丈夫だと思ったんですが」
「うちの木箱は氷が溶けても水が漏れ出さない特別製なんですよ。……ああやっぱり、だいぶ溶け出してる」
覗いてみると確かに食材の下に敷かれていた氷のほとんどが溶け出た水の中に沈没し始めていた。
「えーっと……あった。フロスト」
ハロルドは荷台に置いてあった棚からファイルを取り出すと呪文を唱えた。すると溶けた水が一瞬で巨大な1つの氷に変わった。
「ハロルドさんも魔導士をサブに取っているんですか?」
「え? いやいや、これくらいの魔法なら魔導士じゃなくても扱えますよ」
ハロルドは笑いながら新本にファイルの中身を見せた。中には品質の維持や鑑定などに使うという魔法陣が大量に挟まれていた。
「結構使うんですね」
「いえいえ、魔導士さんのファイルなんか少なくてもこの5倍ぐらいの厚さになりますよ? 行商者だからこれくらいの厚さで済んでるんです」
「そ、そうなんですか」
サブジョブとはいえ、魔導士でありながらファイルにわずか3枚しか入れていない新本は引きつった笑みを浮かべた。
「ヘンリー、もうそろそろ着く頃だけどどうかな様子は?」
「今の所平穏そのものですよ。この近くでゴブリンが大暴れしてるとは思えないほど」
ハロルドが幌を上げてみると、オレンジ色に照らされた平原に引かれた石畳の道の奥に風車のついた塔が複数見えた。
「あの塔はカワイのですか?」
「ええ。あれで石臼を回して大量の小麦や蕎麦をすり潰してるんですよ」
「あっしらだけでなくここら辺の商人はそれを仕入れて色んな街に持って行くんですが……今年は相当高くなりそうですな」
商人2人が深いため息をつく。恐らくゴブリンが田畑を荒らしていることが原因なのだろうが2人が語る被害の凄まじさに対して依頼に書かれていた報酬額の低さが新本は気になった。小窪の言っていた「やらせる仕事に対して報酬がみみっちい」というのはこのことを指していたのだろうか。
「ニイモトさん、そろそろカワイ周辺に入ります。念のため警戒を強めてください」
「了解」
新本は考えを打ち切ると荷台の後部へと移動して背後からの襲撃に備えた。しかしこれといったアクシデントは無く、馬車は無事にカワイにたどり着けた。
「こんにちはー、デスター商会の者ですがー」
両翼を広げた鳥の紋章旗が掲げられた古民家の広い庭に馬車を停めながらヘンリーが声をかけると中からワインレッドの鎧に身を包んだ男性が出てきた。
「ああ、来てくれましたか。この度は危険な目に合わせるような要請をして申し訳ない」
「いえいえ、北西の方にはまだ来てないみたいでいつも通りの行程でしたよ」
「ニイモトさん、すいませんが荷下ろしを手伝ってもらえますか? ここにはうちの社員がいないので……」
「いいですよ。ちなみに取り扱いに気をつける箱はどれですか?」
男とヘンリーが世間話をする傍らで、新本とハロルドは着々と荷下ろしを始めた。するとワインレッドの鎧や外套を着た別の男性達が続々と古民家から出てきた。
「すいません、我々も手伝ってよろしいですか?」
「あ、では皆さんはここらへんの荷物を貯蔵庫の方に持っていってください。それとこの印が貼ってあるのは食材が入っているのですぐに冷蔵室に入れてください」
ハロルドの指示を受けて男性達が下ろされた荷物を古民家の中へ持って行く。その様子を見てハロルドは食材が入っていない荷物を持ち上げようとしていた青年を呼び止めた。
「あのー、貯蔵庫ってあっちの方ではありませんでしたか?」
「あ、貯蔵庫は4日前に襲撃されてしまって……なのでここの大広間を臨時の貯蔵庫にしているんです」
「え? となるとひょっとして東部の方は」
「いえ、一応撃退はできたのですが壁や保冷装置の損傷が激しくて。修理しないと利用出来ない状態になっていまして……」
暗い表情で語る青年の言葉に新本は表情を強張らせながら最後の荷物を持って荷台から下りた。
「デスターさん、ところでそちらの調教士さんは?」
「え、ああ。今回の護衛兼ゴブリン退治の依頼の受注者さんです」
ハロルドが代わりに答えると青年は慌てて新本の元へ駆け寄った。
「ほ、放っていて申し訳ありません! この中で説明を行いますので来て下さい!」
「あ、報酬……」
「ニイモトさん、説明終わるまで私達待ってますから安心してください!」
ハロルドから謎の保証を受けながら、新本は青年に半ば引きずられながら古民家の中に連れこまれた。
「調教士様、こちらの席に座ってお待ちください。上司をすぐに呼んできますので」
青年は新本を玄関横にある書斎に通すとそう言って出て行った。新本は所在なさげにしながらも扉の横に立っていた。
「お待たせしたな」
しばらく待っているとワインレッドの外套を羽織り、立派な口ヒゲを蓄えた壮年の男性が入ってきた。男性は新本のいる方とは逆にある、奥の黒い革製のソファーへ座ると深々と頭を下げた。
「この度は遠路はるばる助けに来てくれて感謝している。……依頼主のキジ騎士団第9番隊長、ユークリッド・ハルパーだ」
「調教士の……新本卓矢です」
手前のソファーに座った新本は相手の言い方に合わせて外国人風に名乗ろうかと一瞬だけ考えたが結局言い慣れた方を選択した。
「今回は要項にも書いてある通り、現在ファビオ領カワイを襲撃しているゴブリン達を退治して……」
「あの、その件なんですが」
新本はユークリッドの話を遮るとウイングで受注した依頼の紙をテーブルの上に出した。
「だいたい2日前にこの依頼を受注したのですが、依頼に書かれている状況とこちらで耳にした状況がかなり違っているように思われるのですがこれは一体どういうことでしょうか?」
「……確認させてくれ」
ユークリッドはどこか呆れているかのような表情になりながら依頼の紙を受け取った。しかし読み進めていくうちにその表情は鳴りを潜め、真剣そのものに変わっていった。
「受注元はウーゴか……またあそこは……」
ユークリッドは忌々しげに舌打ちして立ち上がると机の上に置いてあったハンドベルを鳴らした。すると先ほど新本を案内した青年が戻ってきた。
「隊長、いかがなされましたか」
「すまない、現在の依頼を持ってきてくれ」
「……了解しました」
来て早々ユークリッドにそう命じられた青年は戸惑いながらもすぐに踵を返した。ユークリッドは目頭をつまみながら元の位置に戻った。
「ウーゴの狩人ギルドは以前から問題行為が指摘されている所でな。依頼が少ない時は見栄えが悪いからという理由ですでに解決した物や更新される前の物を平気で掲示している、という話で……」
「ひょっとして私が請けたのは更新される前の依頼、と?」
話の途中で新本が問いかけるとユークリッドは目を閉じ、大きくため息をつきながら頷いた。
「……その通りだ。この文章だと多分第1稿の物だろう。ちなみに現在は第7稿になっている」
「隊長、お持ちいたしました」
青年がテーブルの上に置いた紙束の一番上の物をユークリッドは新本の前に差し出した。その紙には新本が請けた依頼の要項よりも被害の記述量や報酬額の数が大幅に増えていた。
「本来なら我々依頼主は君に違約金を請求するはずだが今回の場合はギルド側の不手際で誤った契約内容となっている。なので今回我々は違約金を取らない形で手を打っても構わ……」
「いえ、単に待遇改善を訴えようと思っただけなので……この内容なら、このまま請けたいと思います」
新本が大幅に条件が良くなっている依頼を見直しながら頷くとユークリッドは明らかにホッとした様子で背もたれに体を預けた。
「そうか……。では、現状を説明しよう」
テーブルの上に広げられたカワイの地図の上にはすでに赤ペンで日付と丸印のセットが大量に書かれていた。
「丸印があるところはゴブリンが集団で確認された場所だ」
「集団? ゴブリンって単独行動が主じゃありませんでしたか?」
モンスター図鑑で学んだ知識を出すとユークリッドは深く頷いた後で訂正を入れた。
「確かにその通りだ。だが進化種であるホブゴブリンが近くにいるとゴブリンは突然知能を得たかのように集団行動や連携した攻撃をし始めるんだ」
その言葉を待っていたかのようにバッグの中のタブレットが震え出したが新本は無視した。
「奴らは倉庫や貯蔵庫を襲ってそこから武器や農具を略奪してその後の戦いから使っている。たかがゴブリンだと舐めてかかると大ケガすることになるだろう」
「戦力は?」
「見分けがつかないので確定出来ないが最低でもゴブリン30体とホブゴブリン1体は残っているだろう。対して我々の部隊で働ける者は26人、傭兵は君を含めて13人集まっている。今回の作戦では我々騎士団が街の防衛と先行隊を、傭兵陣が遊撃隊を担当してゴブリンを殲滅する予定だ」
現状から作戦内容まで一気に言い切るとユークリッドはいつの間にか運ばれていた紅茶を口に含んだ。
「そして目標と報酬についてだが、ホブゴブリン及びゴブリンの全滅が確認された所で払わせてもらう。また追加手当としてゴブリンの死体を1体持ってくるごとに500G、ホブゴブリンの死体には2000Gを支払う。なので放置せずにここまで持ってきて欲しい。あとゴブリン達が使っている武具のほとんどはさっき言った通りカワイの物なので手当は出さないが必ず回収してきてくれ」
「了解しました。今からでも行きますか?」
「ああ、人手が多いに越したことはないからな。それとこれも重要なことなんだが……ゴブリンの退治に出た住民1名と傭兵3名の行方が分かっていない。もし遺体を見つけたら火葬してくれ」
「火葬しないとダメなんですか?」
新本が意外そうに言うとユークリッドは真面目な顔で頷いた。
「ああ。人間含め一部の遺体は火葬しないとアンデッド化して襲いかかってくるからな。くれぐれもそのまま担いで戻ってこないようにな」
そうしたバカが以前いたのか、ユークリッドは強い調子で念を押した。
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