3日目-アンドゥー・地理と出立-
次に行う予定の依頼はアンドゥーからカワイという町へ向かう商隊の護衛。ただ集合にはまだ少し時間があったため新本は近くにある食事処へと早めの朝食を取りに向かった。
「へい、らっしゃい!」
「焼鮭定食1つで」
「はいよー!」
カウンター席に座りながら食事処の前に置いてあった立て看板に「本日のオススメ定食」と書かれていた品を注文すると新本は定食が運ばれるまでの間、世界地図を眺め始めた。
このゲームの世界は左に傾けた「L」の字のような形をしており5つの国に分かれている。
現在新本がいるのは角にあたる部分にある国「ファイサン」。国旗にはワインレッドの生地の中心に両翼を広げた鳥の紋章が刻まれた旗が使われている。手つかずの森林や山脈が多くあるためモンスターの生息域が最も広く、新人調教士にとっては仲間集めに適した国と言えるだろう。
そのファイサンの中には宗教国家「ムジェル」がある。山腹にある都市国家で紺色の生地に蜂の紋章を刻んだ旗を国旗としており温泉地としても有名らしい。
北にあるのは「グランデ」。国旗にライトグリーンの生地に青い羽を刻んだ旗を使っているが国土の半分以上が砂漠に覆われている。その地には過酷な環境を耐え抜く強力なモンスターが多く生息しているという。
ファイサンのすぐ西にあるのは「フレッチャーズ」。紫色の生地に交差した3本の矢の紋章が刻まれた国旗を用いている、この世界で最も巨大かつ栄えている国である。恐らく多くのテスターやNPC達がここに集い、本拠地にしているのだろう。
最西端にあるのは「エスピリッツ」。オレンジの生地に五重塔が中に入った黒い盾の紋章が刻まれた国旗を使っている、急成長中の海洋国家。
「へい、焼鮭定食お待ちどう!」
黒いお盆に乗ったご飯に味噌汁、鮭の塩焼きさらに漬物盛り合わせというどストレートな定食が目前のカウンターに出された所で新本は本を閉じて食事を始めた。
「ほい、ちょっとだけ食うか?」
新本がキュウリの漬物を1個だけつまんで持っていくとスライムはキュウリを箸の先っぽごと一度飲み込み、キュウリだけを体内に残して吐き出すという器用なことをやってのけた。
スライムの体の中で輪切りのキュウリがじんわりと溶けていく様子を見ながら新本は豆腐とエノキの味噌汁をすすった。
それから10分ほどかけて黙々と食べ進めていき、定食の皿は空になった。
「ごちそうさん」
小声でつぶやきながら手を合わせると新本は銅貨を2枚皿の横に置いて食事処を後にした。すぐそばにあった時計台は集合時間の約15分前を指していた。
他にすることもないのでなんとなく様子を見に集合場所へと向かってみるとちょうど荷物の積み上げ作業が行われているところだった。
「すみません。護衛の依頼で来たのですが、デスターさんですか?」
「ああ、あんたがニイモトさんかい? 今日はよろしく頼むよ」
荷物を運ぶ人々に指示を出していた頭髪が薄い少し太り気味の男性に後ろから話しかけてみると
「今回の依頼は書いてある通りここからカワイまでの道中に襲ってくるかもしれない盗賊とかモンスターとかを退散させる仕事だ。もし荷物や人員に被害が出たらその分報酬から引かせてもらう。その代わり、全く襲われなくて終始寝転んでいるだけだったとしても報酬を割り引いたりはしないから安心してくれ」
デスターが新本の背中を強めに何回も叩いていると店舗の中から青いバンダナを頭に巻いた細身の少年が出てきた。少年は2人の姿に気づくと駆け寄ってきて頭を下げた。
「あ、ニイモトさんですか? 僕、今回の商隊を率いますハロルド・デスターっていいます、今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。ところでデスターって」
「おう、俺の可愛い息子だ。よく似ているだろう?」
デスターはとろけそうな笑顔を浮かべながら答える。そんな父親の姿にハロルドは苦笑していた。
「すいません、子煩悩な父でして……。父さん、予定していた積荷は全部入れたけど追加のは無いよね?」
「ああ。あれで全部だ」
「なら……ニイモトさん、少し時間は早いですけど出発できますか?」
ハロルドが少し悩んだ様子を見せながら問いかけると新本は嫌な顔1つ見せずに頷いた。
「はい、俺はいつでも」
「それじゃあ行きましょうか。ヘンリー、運転頼みます」
「合点だ、若旦那」
ハロルドは後ろに控えていた白髪で少しやつれ気味の御者に声をかけながら幌馬車に乗り込んだ。
続いて新本も乗り込むと昨日乗った馬車よりも大きいはずの荷台の4分の3ほどを積荷がすでに占領していた。ただ座れるスペースがあるだけマシと言えた。
「じゃあ父さん、行ってくるよ」
ハロルドは最後に幌の中から顔を出して父親に話しかけた。
「おう、気をつけていけよ。あの街道で盗賊やモンスターの群れの出現情報は最近出てないが、近くの方は物騒なことになってるし、いつ出てくるか分からない存在だからな」
「わかってるよ!」
そうハロルドが答えるとほぼ同時に荷台に繋がれた2頭の馬が嘶き、車輪がゆっくりと回り始めた。それからあっという間に馬はトップスピードに入り、アンドゥーの街を出立した。
「そういえばニイモトさんは何をしにカワイに行くんですか?」
「え、何でです?」
「いや、カワイって田畑と製粉所以外何もない所ですから。それこそ行商者以外となるとカワイが指定されてる別の依頼を請けている方ぐらいしかカワイ行きの護衛を請けてくれないんですよ」
そう強調しながらも、あまり困ってなさそうにハロルドは笑った。新本も別に隠すことではないのであっさりと明かした。
「そうですね。実はカワイでゴブリンの群れが田畑を荒らしてるらしくて、それの討伐依頼を請けたんですよ」
「あー、それ相当酷いことになってるらしいですな」
小耳に挟んだのか、ヘンリーが御者席から幌越しに2人の会話に入ってきた。
「あっしらが進んでる北西の街道はまだ平気なんですが、田畑だけじゃなくて東の方の街道とかにもよく出没してるらしくて。今回の積荷も緊急で注文されたんでさぁ」
「こらヘンリー、いくら他業種の人とはいえこっちの内情をペラペラと喋るな」
「ハハッ、スイマセン」
ヘンリーが笑いながら謝る中、新本は真顔になって胡座を組んでいる脚の間に入ってきたスライムをプニプニする手を止めた。
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