2日目-アンドゥー・初めての依頼-

 舗装されていない道をガタガタと音をたてながら進む車内で新本は口から酒の臭いを漂わせる見知らぬ中年男性にからまれていた。

「なぁ、兄ちゃん。なんでスライムなんて戦闘力皆無のモンスターをテイムしちまったんだい? そんなの性処理の道具にしかなんないだろ?」

 新本はスライムを膝の上に乗せ、愛想笑いを浮かべながら男性の言葉を適当に受け流していた。

「いえ、私の師匠から『そいつを食べさせたら食べたモンスターは一気に強くなるよ』と教えられたので」

「あー、そんなのもいたっけな。でもな、せっかくテイムしたんなら食わす前に1発やってみるのもいい経験だぜ?」

 同乗者に女性がいなかったからか、男性は新本の股間を指差しながら大声で続けた。

「なんたってスライムは体内に入れた物何でも自分の栄養にするから後処理の必要がないしな! それに食べさせた物によっては人の姿にも獣の姿にもなるから色んなシチュエーションが出来るし」

「食べさせた物?」

 新本は最初こそ無視を決め込もうとしていたが、気になる単語が出てきたためについつい反応してしまった。

「おうよ。ここから先はちょいとグロテスクな話になるんだが……」

 すると先程までデリカシー皆無な話を大声で話していた男性はそう前置きした上で急に小声で話し始めた。

「何を食べさすかっていうとな、新鮮で綺麗な死体なんだよ」

「え?」

「ボロボロの死体やアンデッド系統のモンスターでも良いんだがな。ただ知能を持ってないせいで丸見えの骨とか内臓とか隠さないでそのままの形で再現しちまうもんだからそれで萎えちまうやつもいるがお前がそっちの趣味なら俺は止めねぇ。あとそれ以前の問題としてな……」

「まもなくアンドゥー、アンドゥー。皆様降りる準備をお願い致しまーす」

 男性が何かを言おうとした瞬間、御者が幌の中に顔を出した。話の端を折られてしまった男性は他の乗客と同じように荷物を整理し始めると、その作業が終わってからもまるで酔いが醒めてしまったかのように続きを話そうとしなかった。

「アンドゥー、アンドゥー。ご乗車ありがとうございましたー」

 幌の中から出るとレンガ造りの建物が多かった始まりの街とは違う木造建築の建物と田畑が一面に広がる牧歌的な風景が目前に広がっていた。

 土地勘のない新本は偶然見かけた休憩中とみられる農家の老人に話しかけた。

「すいませーん、この近くにハデスホーネットでお困りのジャックさんのお家があるはずなんですがー」

「あー、ジャックんならあの山の入口の近くや」

「ありがとうございまーす!」

 そのようなやり取りを何度も繰り返しながら田畑の間を進んでいくと、そこそこ大きな民家にたどり着いた。

「すいませーん、依頼を請けた者ですがー」

 インターホンの類が見当たらないので閉められた玄関の扉に向かって大声で呼びかけてみるとものすごい勢いで走ってくる足音が屋内から聞こえ、同じくらいの勢いで扉が開かれた。

「ようやく来てくれましたか! さぁ、早くこっちに来てください!」

 家から出てきた脂ぎった中年女性は早口かつ大声で喋りながら新本の腕を掴んで庭に引きずっていった。

「ほら、あの蔵の屋根の裏にあるあれです」

 女性が指さした先の建物の屋根には太った大人の頭と同じぐらいの大きさのハチの巣とみられる物体がぶら下がっていた。そしてその周りには小さな虫が何百何千と飛んでいた。

「あれのせいで私の夫は病院送りになって……どうにかして退治してください」

 目が完全に据わっている女性に新本は気圧されながらも話しかけた。

「あのー、奥さん。あれがどれだけ危険か分かってます?」

「知りませんよ、ただの小さい羽虫でしょう? それなのに皆見た瞬間に『違約金払うから勘弁してくれ』なんてのたまって全く……。あ、くれぐれもくだらない理由で呼びつけないでくださいね。こっちは夫がいない間内職で稼がなきゃいけないんですから」

 女性はそう一方的に言うとズカズカと家の中に戻ってしまった。新本は思わず目頭を押さえてため息をついた。

 モンスター図鑑によってハデスホーネットはその特徴や見た目からスズメバチに近いモンスターであることは分かっていた。

 しかし元ネタとは違い一つの巣に生息している量が段違いであり、一度ひとたび外敵が近づいてくれば何百何千もの猛毒の針がそれに襲いかかってくる。なので病院送りで済んだという女性の旦那は非常に幸運であるのだが……あの様子では女性があのモンスターのことを調べてなければ知る気もないことは明白だった。

 テレビで見る防具などが用意されてないであろう状況に新本は回れ右をして帰りたくなったが、現在の所持金では依頼に書かれた違約金は支払えない。

 ヘルプにはお金を支払えない時どうなるかについて書かれていない。だが書かれていないということは、現実と一緒で警察かヤで始まる方々のような立ち位置の人がやって来て長時間拘束されてしまうのだろう、と新本は想像していた。

 そんな目には遭いたくない新本は腹をくくるとハデスホーネットを刺激しないように辺りを散策し、母屋に必要な物があることを確認してから家の中に声をかけた。

「すいません、ハシゴ借りて屋根に登っていいですか?」

「勝手にどうぞ?」

 苛立ち混じりの声が母屋から響く。許可を得た新本は地面に無造作に転がっていたハシゴを近くの壁に立てかけた。

「スライムー、一気に片付けるぞー」

 スライムは大きく体を震わせてから跳ねると新本の頭の上に着地した。

 新本がそのままハシゴを渡り、屋根の上に登っているとその様子を見たからか音に反応したのか、ハデスホーネット達は巣の周りに集まり新本達を注視し始めていた。

 それに気づかないまま新本は巣に1番近そうな所にたどり着くと頭のスライムをおもむろに掴み、思いっきり振りかぶって巣に投じた。

 投げられたスライムは射線に偶然入ったハデスホーネット達を巻き込みながら山なりに飛んでいき、見事に巣の上部に取り付いた。

「よし!」

 新本がガッツポーズを見せる中、スライムは薄く広がりながら巣を体内に飲み込んでいく。

 残ったハデスホーネット達は仲間達を飲み込もうとしているスライムに向けてすぐに突撃していったが、猛毒の針が突き刺さってもスライムはビクともせず、逆にその体を飲み込んでいった。

 飲み込まれたハデスホーネット達はスライムの体の中で最初こそもがいていたものの、次第に動きが鈍くなり最終的には消化されていった。

 そしてスライムの周りに舞うハデスホーネット達が1匹もいなくなった頃、巣と蔵の屋根の接合部が溶けたためにスライムは巣ごと地面に落ちた。

「まさか作戦通りうまくいくとは……」

 スライム属は雑食、毒を無効化する体質がある、とモンスター図鑑に書いてあるのを見てこの作戦を思いついた新本は念のため用意していた魔法陣を使わずに済んだことに舌を巻きながらハシゴを降りた。

 するとスライムが落ちた音を不審がったのか女性が家から出てきた。

「何よ今の音……って、あなたこんな短時間で巣を除去できたの⁉︎」

 何もなくなった蔵の屋根を見て女性が興奮しながら新本に話しかける。その足元ではスライムは空っぽかつバラバラになった巣を吐き出していた。どうやらお口に合わなかったらしい。

「ええ、そこに転がっている通り」

「ありがとうねー。いやー、本当に良かったわ。あ、そうそう謝礼ね謝礼」

 女性は手を叩いて家の中に引き返すと、すぐに封筒を持って戻ってきた。

「はいこれ」

「あ、ありがとうございます。中身確認しますね……えーっと5、10、15……」

 銅貨の数がちゃんと要項通りであるかどうか確認していると女性は突然手を叩いた。

「そういえばもうそろそろ夕食の時間ね。良かったら一緒に……」

「20、25、30。はい確かに受け取りました。では失礼します」

 謎の寒気を感じた新本は上目遣いを使い出した女性からの申し出を聞かなかったことにし、一方的に退出の言葉を述べて早歩きで帰路についた。

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