0日目-都内某所・ゲーム開封-
「
「はい、そうです」
コンビニの袋を持って頭を下げる小太りの男に話しかけられると新本と呼ばれた細身の青年は肯定しながら立ち上がった。
「
田中と名乗った男は自分の写真と名前が入った社員証らしきカードを見せながら新本に改めて一礼するとにこやかな笑顔を見せつつ奥にあるエレベーターホールへと案内した。
「エレベーターに乗ってこられるものだと思ってました」
「いや、同僚から夜食のお使いを頼まれまして……テスターが来、いらっしゃったのでついでに案内もしてくれ、と」
乾いた笑い声を発する田中の持つビニール袋の中には炭酸飲料やスナック菓子、おにぎりといった品々が詰め込まれていた。
エレベーターの前に設置された改札のような機械に田中が社員証をかざすと改札が音を立てて開いた。
「ではお通りください」
そう言いながら田中が先に改札を通ってエレベーターの呼び出しボタンを押すとちょうどその階に止まっていたのか、扉はすぐに開いた。
新本が続いて乗り込むと田中は社員証をボタンの下にある黒い板にかざした。するとボタンを押していないにも関わらず扉が閉まり、動き始めた。
普段なら階数も表示されるはずの電光掲示板には下を指す矢印のループだけが動く。そのループが止まって扉が開くとそこにはビジネスホテルのような風景が広がっていた。
田中はタブレットを取り出すと何かを確認してから新本に指示を出した。
「新本さんは……98番の部屋に入ってください。担当の者が中で待っているはずなので」
「分かりました」
「では私は運営室に戻りますね。またいつか」
そう言うと田中はテスター用の部屋がある方とは反対の道へと消えていった。
1人残された新本は指示通りに「98」と刻まれたプレートがはめ込まれた扉の前へと向かうと、扉を開ける前に大きく深呼吸をした。
「よし」
奮い立たせるかのように声を出してドアノブをひねるとその先にはゲームセンターで見覚えのあるタマゴ型の筐体が中央に鎮座しているだけの殺風景な広い部屋があった。
「新本
その筐体の横には斜め45度のお辞儀をするベージュのスーツ姿の女性がいた。
「こちらが『NEW PLANET』の筐体となります」
女性が頭を上げて筐体の横についている緑色のボタンを押すとプシュー、と音をたてながら筐体の前面がウイングドアのように開いた。
その中には歯医者の施術中に座る物によく似た椅子と大量の機械、そして1本のホースが入っていた。
「プレイ時にはこの機械を全身につけてもらいます。この機械はゲーム中の動きと連動して新本様の体を動かして運動不足を防ぎます。またこのホースから実際に食料を送り込み、咀嚼させることで顎の筋力の低下を防ぎます」
女性が一方的に説明する中、新本は遠慮がちに手を挙げた。
「あの、万が一骨折とか窒息した場合は……」
「ゲーム中で骨折しても現実では骨折するような無茶な動きはさせないように出来ているのでご安心ください。食べ物を喉につまらせて窒息した時は常時待機している治療班が対応します。治療をする際は強制的にログアウトすることとなりますが、その場合治療が無事に終了したあと復帰出来ますのでご安心ください」
女性は新本の質問に答えると、1つ咳払いをしてからこう言い放った。
「……では新本様、お召し物を全て脱いでいただけますか?」
「へ?」
どういう意味か分からず目をパチクリさせる新本に女性は笑顔のまま歩み寄り彼のシャツのボタンに手をかけ始めた。新本は驚いて女性の手を振り払った。
「な、な、何するんですか!」
「脱いで下さらないので僭越ながら私が脱がしてあげようかと」
「結構です! 自分で脱げますから! ……これでいいですか?」
顔を真っ赤にして言い返しながら新本はすぐに上半身裸になった。しかし女性は不服そうに視線を下に移した。
「下がまだですね」
「え?」
「先ほども言いましたが、ちゃんと機械を体に装着させる必要がありますので、下も脱いでください。もし勃っていたとしても私は気にしませんので」
堂々と言い放ちながら女性は流れるような手つきで新本のズボンのベルトに手をかけていた。
数分後、大の大人が全裸で体中によくわからない小さな吸盤や拘束具を大量につけられて椅子に縛り付けられているという情けない姿が完成した。
「では『NEW PLANET』の世界に行ってらっしゃいませ」
その出来栄えに満足してるのか、清々しい笑顔を浮かべる女性が筐体横に回ると開いていた扉がゆっくりと閉まりだし、中は真っ暗になった。
「まさか下まで脱ぐことになると……」
ホースを噛みながら恨み節を漏らした瞬間、新本の視界はぐるりと回転したかのような錯覚に見舞われ、新本は反射的に目を閉じた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、目を開けると新本は真っ白な部屋の床に座っていた。
白い長袖Tシャツに黒い長ズボン、赤いスニーカーという動きやすい服をいつの間にか着せられている状況に戸惑っていると空中から機械音声が流れた。
『この部屋ではキャラメイクを行います。ここではプレイヤーの髪・目・肌の色を変えることが出来ます』
アナウンスが流れると同時に新本の手元に自身の顔が写った画面とカラーチャートが現れた。
試しに肌の欄の色を自動的に設定されていた「ペールオレンジ」から「小麦」に変えてみると手の色が即座に変わった。
「日焼けはゲーム中でも出来るだろうし肌はそのままでいいかな……。次は目、あ、右目と左目別々に設定出来るのか」
そんなことをブツブツとつぶやきながらいくつか試した結果、だらしなく伸ばしていた黒髪をショートカットにして茶色く変えただけで設定を終えた。
『キャラメイクの設定を保存しました。次にメインジョブとサブジョブの設定をしてください』
自分の顔が写っていた画面が閉じられると代わりに『メインジョブを選んでください』という文言と一緒に5つの役職が表示された。
・戦闘士
自分の手で扱う武器で戦う役職。その性質上ケガは絶えないが簡単かつ高威力の技を早くに覚えることができる。
・魔導士
魔法陣を使って戦う役職。敵に攻撃魔法を飛ばすも良し、回復・補助魔法を使って味方をサポートするも良し。
・調教士
モンスターを手懐け、使役する役職。調教士でしか懐かない、プレイヤーでは覚えられない技を使うモンスターを使役して戦場を蹂躙しよう。
・行商者
各地を縦横無尽に回りながら商売や取引を行う役職。真偽判定や交渉成功率上昇など商売に必要不可欠な特殊能力が得られる。
・一芸者
素人には真似できない技を極める役職。鍛冶や曲芸など特殊な攻撃方法や技術を学び、扱うことが出来る。花形になるか裏方になるかは君次第。
「……メインジョブとサブジョブって何が違うんだ?」
『メインジョブはサブジョブよりも手に入る特殊能力の数が多くなります。またここで選ばなかったジョブの技術はゲーム中で学ぶことは出来ますが、特殊能力を入手することはできません』
新本が首を傾げているとつぶやいた事以外も付け加えられた答えが空から降ってきた。
新本はその場で胡座をかきなおすと表示された役職説明をもう一度見直した。そして視線は最終的にある役職の欄に戻った。
「確か調教士はそれ自体は弱いしお金もかかるけど、強いモンスターを仲間にできれば無双できるロマン砲って書かれてたよな……なかなか面白そうだよな」
新本は施設に向かう電車の中で見たネットの掲示板に書かれていた、早々にゲームオーバーになったテストプレイヤーだと自称していた人のコメントを思い出しながらメインジョブの欄に調教士を設定した。
「強い仲間が作れたら前線に出る必要は少なくなるから……俺はサポート専門に回るかな」
サブジョブには回復・補助魔法をかけることが出来ると明記されている魔導士を選択して新本は確定ボタンを押した。
『以上でキャラメイクを終了します。続いてチュートリアルを行います!』
アナウンスが流れた瞬間、ただ広いだけの白い部屋だった空間は学校の教室に変貌していた。
綺麗に並べられた机の間を通り、暇つぶしがてら横の壁に掲示されていた習字を眺めていると機械音声とは違う人間の怒声が響いた。
「おう、何そこで突っ立っているんだ! 早く席に座れ!」
新本がビクリと肩を震わせて、声がした方を見ると先ほどまでいなかった大柄でヒゲ面の中年男性が教壇に構えていた。
「さっさとしないとチュートリアルを受けさせないぞ!」
男の勢いに飲まれ、新本は慌てて近くにある机に飛びついた。
「よし、席に着いたな。じゃあサブジョブに選んだ魔導士の説明から始めるぞ。まずはこれを見ろ」
男は教壇の中から不思議な紋様が刻まれたファイルと銀色に輝く腕輪を取り出すと新本の座った机に置いた。
「そのファイルに挟まっている魔法陣が書かれた紙がいわゆるチュートリアル報酬だ。最初のページはファイア、炎の球を相手に向かって撃つ魔法だ。発動するにはな……」
男が別のファイルを開きながら説明していると後ろの黒板が割れてゆっくりと動き出し、射的場が姿を現した。
「発動したい魔法が書いてあるページを開いて、目標物を見据えて、思いっきり叫ぶ! ファイア!」
振り返った男が別のファイルを開いて叫ぶと小さな火の玉が生じ、奥にある的に向かって真っ直ぐ飛んでいった。
火の玉が命中し、ぼうぼうと燃え上がる的をよそに男は説明を再開した。
「実演は以上だ。次のページはキュア。回復魔法で、対象の軽微な傷を塞ぐことが出来る。最後のはアタク。対象の攻撃力を上げる魔法だ。あとこのゲームは能力値を見ることが出来ないんだが、発動できない魔法陣は赤色で表示されるからそこで見分けてくれ」
新本がファイルを開いてみると、男が言う通りファイアとキュアの魔法陣は黒色で書かれているのに対しアタクの魔法陣は赤色で書かれていた。
「成長するとアタクのページも黒くなるんですか?」
「そうだ。魔法陣は依頼やクエストの達成報酬としてもらったり、商店で買ったり、宝箱の中にあったり……まぁ、そこらへんは普通のRPGと
強引に話をまとめると男はしゃがみながら教壇の中を漁り始めた。
「次はメインジョブに選んだ調教士の説明だ。モンスターを仲間にするには3つの手段がある。これも他のゲームと似たりよったりなんだが……1つ目はボコボコにして自分の力を示して従わせる方法、2つ目は弱っているところを助けて仲間にする方法、3つ目はモンスターが子供の時から育てて懐かせる方法だ。ただ今回は期限があるから3つ目のはオススメ出来ないな。可愛がる用でやるなら止めないが」
そう語る男は教壇の中から水色の液体が入っている、子供1人がしゃがめば余裕で入りそうな大きさのガラス製の容器を引きずり出した。
「まぁ、とりあえず習うより慣れろでテイムしてもらおうか」
そして唐突にそれを割った。囲いがなくなった液体は床に広がったが、途中でその動きを止めて1ヶ所にまとまり始めた。その姿に新本は見覚えがあった。
「これは……スライムですか?」
新本は席を立って恐る恐る液体を指でつついてみると液体は反撃せずプルプルと震えた。
「ああ。こいつは『グミスライム』って言って、別のモンスターに食べさせるとそいつに大量の経験値を与えるモンスターだ。チュートリアルではこいつのテイムに挑戦してもらう。こいつをさっき渡したファイアで弱らせてみろ」
新本は頷くと机の上のファイルを手に取った。
「ファイア!」
男と同じようにファイアのページを開いて唱えると新本の目前にも火の玉が生まれスライムに向かって飛んでいった。
火の玉はスライムに直撃すると小さく爆ぜ、スライムは体を大きく震わせた。
「おお、いい感じだな。じゃあ次はこのスタンプを押し付けるんだ」
男からスタンプが手渡される。新本は反撃してこないことが分かっているからか、躊躇なくスライムの体にそれを押し付けた。すると熱を持っていないはずのスタンプから白い煙が吹き出した。
そして煙が収まると丸印の中に「新」の文字が入った印がスライムの体に刻まれていた。
「これでグミスライムのテイムは完了だ。それと、ファイルのアタクのページを見てみろ」
男の言う通りに新本がファイルをめくるとアタクの魔法陣の色が赤から黒に変わっていた。
「調教士の特殊能力の1つにモンスターを倒さなくてもテイムすれば経験値が同じだけ入る、っていう物があるんな。その結果お前のレベルは上がり、魔法を使うためのMP……正確に言うならマジックポイントが増えたっていうわけだ」
はぁー、っと声を出して感心する新本の足下にスライムが擦り寄る。男は開きっ放しだった黒板を自分の手で戻しながら話を続けた。
「で、そのスタンプの痕か腕輪が契約者がいることを示す証だ。何もないと野良と間違えられて狩られるかもしれないからな。スタンプはそのスライムみたいに腕輪がつけられないモンスターに使う用だ。別に腕輪をつけられるやつにも使っても良いが虐待だと思われて周りからの視線がキツくなる可能性があるから注意な」
「……あの、モンスターがつけるにはこの腕輪小さくありませんか?」
「大丈夫だ、モンスターの大きさに合わせて勝手に伸縮するから。その代わりチュートリアルでは1個しか渡さないけどな!」
ゲーム内で買ってくれ、と言外にほのめかす男に新本は思わず吹き出してしまった。
「それと……これを忘れちゃいけないな」
そして男は黒板の横に無造作にかけられていたオレンジ色のショルダーバッグを手に取った。
「このカバンの中には生物以外の物全てを一定の量まで入れることが出来る。中には着替えとか当面の生活費とかが入っているからタブレットで確認してくれ。デザインは微妙だがぜひ冒険のお供として使って欲しい」
差し出されたバッグを新本は卒業証書のように両手で受け取った。
「チュートリアルはこれで終了だ! これから『NEW PLANET』の舞台を存分に味わってくれ!」
男が叫びながら教室の扉を開くとその先にはどこかの街の暗い路地裏が広がっていた。
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