第28話 エメラルドの彗星――五百旗伽子戦(3)



 宇多川鏡子は、祈るような気持ちで、朝香瞬の三日月宗近を見つめていた。

 瞬の試みた攻撃がまた、むなしく空を切った。

 コロッセオは、静まり返っている。

 五百旗伽子が用いた高難度サイ≪イリュージョン≫は、観客席から感嘆の溜め息をもって、迎えられた。


 瞬の攻撃が、伽子に通用する気配は、まるでなかった。

 試合の結末が見えた気がした。

 伽子がイリュージョンを攻撃に用いた時、瞬は敗れ去るだろう。


 美しい栗色の髪を靡(なび)かせて戦う伽子の姿は、同性の鏡子が見ても、見とれてしまうほどに、華麗だった。≪六河川の華≫とうたわれてきた鏡子と並び称せられてきた美少女だけあって、戦っている姿も、計算されたように、常に美しい。

 伽子は、完全に手中にした獲物を弄んでいるだけだ。

 

 今はろくに口もきかない仲だが、あのことがあるまで、鏡子と伽子は、無二の親友だった 。


 伽子もまた、幼少から空間操作士としての身体能力をひたすら高めてきた。才能に恵まれている上に、決して努力を怠らなかった。

 抜群の資質と鍛錬の痕跡があるとはいえ、サイも使えず、TSコンバットの特訓を始めて、たかだか一か月。促成栽培の瞬とは、年季がまるで違っていた。

 瞬の、四度目の攻撃もまた、宗近が虚像を斬って、終わった。いくたび試したところで、何人も、幻影を、斬れはしない。

 

 余裕でかわした伽子が華麗な連続テレポートを決める。

 瞬は、押されっ放しだが、かろうじてかわす。


「あんたの剣の伎倆(ぎりょう)だけは、一流だって、認めてあげるわ。でも、あんたの負けよ」


 伽子は、息をしずめながら、童子切安綱を構え直した。落ち着き払った様子で、息も、まったく乱れていない。


 対する瞬は、肩で息をし、片膝を突いていた。チャクラだけは防御してきたが、チャクラ周辺の箇所を、何度も痛打されていた。瞬は防壁を張れないから、薄いバトルスーツに、そのまま打撃を食らう。

 もはや、立ち上がることさえ、できないのではないか。


「さすがは、序列二位やわ。イリュージョンを使われたら、対抗でけへん。守っとるだけや。勝負……見えてしもたな……」


 コロッセオにいる誰もが、直太と同じ思いで、いるだろう。鏡子でさえ、絶望しているのだから。


 五百旗伽子は、瞬に休み時間を与えているわけではない。最後の攻撃に向けて、サイを貯めているだけだ。

 伽子が眼を見開くと、コンバット・スーツが、エメラルドの深い緑色に強く、妖しく輝いた。

 一見して、伽子の精神力、身体力が最高潮に達していると、わかった。


「一七六番。サイも使わずに、あたし相手に、二〇分以上も粘れただけでも、偉いわ。まして、あたしに大技まで使わせるなんて、これからしばらくの間、この学校で、自慢していいわよ」


 伽子は、大きく息を吸うと、安綱の柄を握りなおした。


「準決勝で、大河内相手に使う予定だった必殺技を、まさか本選の一回戦で使わされるなんてね。さすがに、あの鏡子がホレただけのことはあるわ。でも、いけ好かない女の前で、その女が心を奪われているヤツを、いたぶった挙げ句に、叩きのめせるのは、すごい快感よ」


 宇多川鏡子は、残酷な笑みを美しく浮かべる旧友を見ながら、唇を噛んだ。


「でも、鏡子ちゃん。イリュージョンは高難度のサイや。攻撃には発動できひんのちゃうか?」


 鏡子は小さく首を横に振った。


「やるわ、伽子なら。まだ完成させていない技を、彼女は決して使わない。美しく、ないから。次の攻撃で伽子は、イリュージョンを使うはず……」

「え? 連続テレポートで、幻影が出るんか? 相手の正確な場所も分からへんのに、十何撃も、防御できるわけないやんけ」


 もちろん、サイの発動量が倍増する重い技だが、伽子は、次を最後の攻撃と決めているはずだ。


 片膝をついていた瞬は、よろりと立ち上がると、伽子に向かって、微笑みかけた。


「さすがだよ、五百旗さん。天才が努力を重ねれば、ここまでやれるんだってことが、肌で分かった。でも、僕だって、四回もただ、無駄に攻撃に失敗していたわけじゃないさ」


 鏡子は目をみはって、瞬を見た。


(まさか……瞬君は、伽子のイリュージョンを見切るために、時間制限内いっぱい、無謀に見える攻撃パターンを繰り返していたの……)


 伽子は、可笑(おか)しくてこらえ切れないといった様子で、高笑いした。


「口だけは、達者ね。あんたじゃ、あたしの攻撃型イリュージョンの初撃さえ、かわせはしないわ。襟章組(えりしょうぐみ)だって、初見(しょけん)じゃ、とうてい無理ね。まして、防壁も張れないあんたには、〇・〇一パーセントも、あたしに勝てる見込みはないわ」


 サイと剣技において鏡子と互角な鏡子でさえ、伽子の攻撃型イリュージョンを、ただの一度で見破る自信はなかった。


「それだけ確率があれば、充分さ」


 伽子が面白そうに微笑んだ。


「あたし、強い男って、嫌いじゃないわ。今は、恋なんて面倒くさいマネするつもり、全然ないんだけどさ。もしも、あんたが、このあたしに勝てたら、あんたに、ホレて、あげてもいいわね!」


 伽子が怒涛(どとう)の連続テレポートを開始した。

 鮮烈なエメラルド光が、次々と瞬を襲う。イリュージョンをあわせて使っているため、光線は幾重にもなって、瞬を襲っていた。


 コロッセオに、ため息に似たどよめきが広がっていく。

 鏡子は手に汗を握りながら、太極を見つめていた。

 驚くべきことに、瞬は伽子の攻撃型イリュージョンを、すべて受け止めている。


 コロッセオは、静まり返っていた。


「何でや、何で見切れるんや?」

「……わからない。伽子のイリュージョンがまったく、効いていないわ」


 瞬はぎりぎりのところで、攻撃型イリュージョンをかわし続けていた。

 伽子の連続テレポートが十数回の斬撃で尽きた時、瞬が攻勢に転じた。


 瞬の宗近は、伽子の豊かな胸の合間にある第四チャクラを突いていた。


 伽子は、吹き飛ばされるように、倒れた。


 ――勝負あり! 勝者、朝香瞬一郎!


 場内アナウンスに、コロッセオは沸騰した。


 伽子が、ぼう然自失した様子で、へたり込んでいた。

 瞬が差しのべた手を、伽子は振りはらった。


 伽子は、立ち上がりもせず、叫んだ。


「なぜ! どうやって、あたしのイリュージョンを破ったって、言うの?」


 瞬は、みじめなくらい肩で息をしながら、答えた。


「君の、美しく靡(なび)く髪が、本当の君の居場所を、僕に教えてくれたんだ」


 鏡子は、はたと気づいた。


「鏡子ちゃん、どういうこっちゃ?」


 そういえば、昨日の特訓の途中、鏡子が髪をポニーテールに戻そうとした時、瞬は、髪を結ばないように頼んできた。

 ストレートの髪型が好きなのかと思ったが、そうではなかったろう。瞬は、髪の動きを見て、テレポートを見切ろうとしていたのだ。


「伽子の長い髪は、高速で移動する連続テレポートのさいに、必ず風に靡く。本当の姿は、滑らかに風が靡くはずだけど、イリュージョンの場合は、空間を曲げているから、その姿まで歪んでしまうのよ」


「瞬は、不自然な歪みで、見切りおったんか……」


 伽子は座ったまま、瞬に向かって吼えた。


「たった、それだけで……。あたしのイリュージョンが敗れたっていうの? じゃあ、あたしが、髪をアップにしていたら?」

「僕は負けていたよ。今の僕に、君の攻撃型イリュージョンを見切る力はないからね」


 伽子は、瞬がもう一度差しのべてきた手を、今度は握った。

 鏡子には、伽子の頬がわずかに赤く、染まったように見えた。


 試合終了のアナウンスがされても、コロッセオの熱狂は冷めなかった。


 鏡子は、テレポートで、瞬の傍へ駆けつけた。


「おめでとう、瞬君。素晴らしい試合だったわ」

「ありがとう、鏡子さん。すべて、君のおかげだよ」


 競技場を立ち去りかけていた伽子が、ふり向いた。


「朝香瞬、あんたに、礼を言わなきゃね。あんたのおかげで、予科の生活が楽しくなりそうだわ。あんたを叩きつぶすっていう目標が、できたから」


 鏡子は、瞬の左腕を取って腕を組むと、伽子に見えるように、自分の胸を押しつけた。

 案の定、瞬の頬が真っ赤になった。


「瞬君、行きましょ。午後の本選二回戦まで、少しでも身体を休めておいたほうがいいわ」


 本選の二回戦は、瞬のルームメイト、鹿島長介だ。

 序列一〇位の難敵に対抗する策を、鏡子と瞬はまだ、何も考えていなかった。



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■用語説明No.28:チャクラ

エンハンサーの働きにより、時空間操作能力が発動される身体のエネルギー・スポット。ヨガ理論をベースとするが、足裏の第〇チャクラから、頭上の第七チャクラまで、全部で八個所あるとされている。なお、あと四つのチャクラが存在するとの説もある。

実戦ではチャクラの攻撃の成否により、サイ発動が封じられ、死命が決せられる。そのため、競技においても、チャクラ攻撃の成否で勝敗が決まる。

競技用のコンバット・スーツには、各チャクラの位置に微小結界が生じ、打撃の有無を作動痕で判定できるようになっている。

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