第25話 二つ名なし――大八木勲戦




 宇多川鏡子は、訓練棟の最上階にある部屋に、朝香瞬を案内した。


「鏡子さん。ここ、どこなの?」


「あまり良くない話なんだけどね。新人戦とかのイベント用に、三旗や六河川には、学校側から、個室が割り当てられているの。私は出場しないから、うちからは今日、誰も来ていないけど。部屋に、救急道具は常備してあるから」


 鏡子は部屋のドアを施錠すると、ソファにバスタオルを敷いた。


「瞬君。スーツを脱いで、そこに横になって」

「え?」


 瞬がとまどった顔で、鏡子を見ていた。


「いえ、手当をしてあげるだけよ。タオルを適当に使って」


 鏡子は、瞬がコンバット・スーツを脱ぐのを手伝った。汗でぴったりと肌にひっついて、脱ぐのも、ひと苦労だ。

 下半身のほうに瞬の手がかかると、鏡子は、瞬に背を向けた。スーツの下は、全裸だ。


「そっち、見ないから。汗も、ふいて」


 床にスーツが落ちる音がし、身体をぬぐう音が終わると、鏡子は向きなおった。

 やせ型だが、筋肉質の少年の半裸があった。腰もとをバスタオルで、覆っている。


「やっぱり打ち身がひどいわね。手当てしておきましょ」


 二年次で随一であろう膂力(りょりょく)に、三〇分近くの間、耐え続けた瞬の身体には、あちこちに打ち身が、できていた。


 チャクラこそ攻撃されていないものの、チャクラ周辺は、ミッキーに何度も、強打されていた。瞬としても、チャクラのかわりに打たせた個所もあったろう。


 本来、コンバット・スーツは、光壁による打撃の吸収を計算に入れて作られているから、それ自体、防具としての強度は低い。ガロアの防壁を展開できない瞬にとっては、相手の攻撃はすべて直接の打撃となった。


 鏡子は、ケガの手当てしながら、自分が首筋まで真っ赤になっているのが分かった。瞬もはずかしそうな様子だった。

 深窓の令嬢だった鏡子が、まさか、ほとんど裸の異性の手当てをするとは、夢にも思っていなかった。


「よくがんばったね、瞬君。誉めてあげる」

「ありがとう。せっかく鏡子さんからもらった機会だからね。絶対に、負けるわけには、行かないんだ」


「瞬君のCスーツ、もう、汗だくでしょ? よかったら、ウチの家のを使う?」


 瞬のコンバット・スーツは、兵学校から貸与される汎用型だった。瞬の霊石は不明だが、同じL組なら、最適ではないにせよ、石の波長も不適合ではないはずだ。もっとも、瞬にはまだ、測定可能レベルのサイを発動した実績もないのだが。


 鏡子にも、宇多川家の娘としての誇りがあった。

 たとえ求められても、宇多川家のCスーツを、他人に気安く使わせるわけにはいかない。だが、瞬は違った。


 宇多川家のCスーツを瞬が使うことは、鏡子が瞬といっしょに築いていく将来を暗示してくれるような気がした。オブリビアスの瞬には、継ぐべき家もない。六河川では自由な気風のただよう宇多川家なら、入り婿の話にも、現実味があった。


 瞬はすでに、鏡子の恋心を知っていた。瞬は、明日乃の手前、宇多川の紋章と基調色のCスーツを着ることに、抵抗を感じるだろうか。


 だが、鏡子の考えすぎだったのか、瞬は、あっさりと礼を述べた。


「ありがとう。じゃ、お借りしようかな」


 鏡子は、化粧戸棚から、ラベンダーと白のコンバット・スーツ とブーツを取りだして、瞬に手わたした。


「じゃ、これを」


 実は、昨日のうちに、鏡子が家からわざわざ運ばせていたものだった。

 瞬が着ている間、鏡子は、瞬に背を向けた。

 衣ずれの音がやんだ。


「ちょうどいい感じだ、ありがとう」


 鏡子はふり返った。ラベンダーと白のツートン・カラーがよく似合っている。

 しばらく、見つめ合っていた。

 自分の好意は、分かるように伝えてある。だが、瞬からのはっきりした回答は、まだだった。


 別に、言葉でなくてもいい。たとえば、口づけでも構わなかった。

 今は、施錠された個室に二人きりだ。明日乃にもキスをしたのなら、もっと親しくなった自分にも、していいはずだ。

 それなら、この際……

 鏡子と瞬が、同時に口を開こうとした時、ノックの音がした。


 ドアを開けると、直太が立っていた。


「お待たせ~。二回戦の相手の情報、仕入れてきたで」


 直太は、ソファにどっかと座ると、報告を始めた。


「相手は、G組の大八木(おおやぎ)勲(いさお)。俺の知らん奴やな」


 鏡子は、聞きおぼえがあるような気がした。が、思い出せない。少なくとも、序列二十位の≪枠内≫には、いない。


 ストレッチをしていた瞬が、口を開いた。


「ああ、大八木君なら、知ってるよ。実技クラスが同じだからね。サイのほうは、あまり冴えないけどなぁ。もちろん、僕よりはできるけど」


 瞬と同じなら、最低ランクの第十二クラスにいるわけだ。


「序列は一六七位なんやけど、一回戦で、序列九位を倒しとんねん。しかも、瞬殺やと。開始して五秒で、勝負ありや」


「でも、いったい、どうやって? 鏡子さんみたいな連続テレポートなんて、とてもできないレベルのサイだけど……」


 瞬の疑問は、もっともだ。鏡子も、首をひねった。

 連続テレポートを使えるほどテレポート技能が高ければ、TSコンバットで、翼を得たようなものだ。序列一〇〇位以下に甘んじるはずがない。


「和仁君。試合を見ていた予科生たちは、何か、言ってた?」


 直太が頭をかいた。


「何人かに訊いてみたんやけどな。とにかく、アッという間やったそうや。あまりにも、はよ終わりすぎて、注意して見とらんかったし、わからん、言いおるねん。九位のヤツに訊いたら、『じゃかましい!』って、ドヤされてしもたわ」


 直太の馬鹿笑いに、瞬もつられて笑ったが、鏡子は腕を組んだままだ。どうやって格上を瞬殺したのだろうか。

 不気味な相手だ。


「たまに、新人戦でいい成績を出すためだけに、わざと序列を落として油断させる、たちの悪い、予科生もおるらしいけどな……」

「瞬君は、疲れているわ。短期決戦で行きましょ。サイが弱いから、剣技で決まる。最初から攻めて攻めて、攻めまくって」

「了解」


 念入りにストレッチを終えた瞬が、最後に訊いた。


「それで、大八木君の得物は?」

「ただの黒い棒、らしいねん」


 ――予選第二回戦、後半に出場する選手は、試合会場に集まってください。


 校内アナウンスが聞こえた。三人は、エレベーターへ向かう。

 午前十一時三〇分に、試合開始だ。



***

 宇多川鏡子の前で、白とラベンダー基調のコンバット・スーツを着用した朝香瞬と、対戦者である大八木勲が対峙(たいじ)していた。

 宇多川家のCスーツを着用した人間が、予選で敗退した歴史は、恐らくないだろう。


 瞬は、ミッキーと三〇分間も戦い、体じゅう打ち身だらけで疲労困憊(こんぱい)している。対する大八木は、一回戦をわずか五秒で終わらせ、体力を温存していた。

 試合開始前から、見た目の余裕が、まるで違った。


 試合開始の鐘が鳴るや、瞬がすぐさま仕掛けた。打ち合わせ通りだ。

 長引けば不利になる。短期決戦で、決める。サイは発動できないが、三日月宗近で、チャクラを狙う、正確な猛攻撃が続いた。


 瞬は確かに優勢だった。が、対する大八木は黒い棒で応戦している。涼しい顔で、瞬の斬撃を受け止め、流している。


(瞬君の攻撃を流すなんて、尋常な伎倆(ぎりょう)じゃないわ……)


 鏡子は、雷に撃たれたように、身をびくりと震わせた。


「思いだしたわ。大八木君のこと」

「へ? 一年次でもクラス、違(ちご)たやろ?」

「彼は昨年、コンバット部への入部を希望したけど、サイが規定発動量に足りなくて、入れてもらえなかったのよ」

「そんなヤツ、おったっけ?」

「いたのよ。その時、部長がいて、私に勝ったら、入部を認めるって、話になったの」


 隣の直太がふき出した。


「そら、鏡子ちゃんには、負けるわいな」


 鏡子はゆっくりと首を横に振った。


「……いいえ。私は負けなかったけど、勝つこともできなかった。結局、引き分けだったから」


 直太が沈黙した。


「……え? 鏡子ちゃんが、サイを使ってんのに、か?」


 直太の顔がいくぶん青ざめて、見えた。


「そう。一年ほど前の私のサイだから、今よりはずっと弱い。でも、彼だってその間、鍛錬を積んできたはずよ。瞬君と同じで、サイの発動能力は非常に低いから、序列はたしかに低い。でも、さっきから、瞬君の攻撃をかわしているように、通常戦闘能力は別格よ。……これは、難敵ね」


 鏡子は唇をかんだ。



***

 試合開始から一〇分ほどが経過した。

 大八木が初めて攻勢に出た。瞬に似て、チャクラのヒットのみを狙う正確無比な打撃だ。

 瞬が守勢に回る。


 瞬には明らかに疲れが見えた。だが、チャクラへの攻撃はかろうじて、かわしている。


「なあ、鏡子ちゃん。大八木は一回戦で、五秒で相手を倒しおったんや。ぜったいなんか、かくし技、使いおったはずやろ? なんで、今回は温存しとんにゃろ?」


 鏡子も最初、疑問には思っていた。

 だが、二人の戦いを見るうち、大八木の冷徹な計算が、鏡子にはわかり始めていた。


「しょせんは格下だとあなどって無警戒の序列九位には、通用する技だった。大八木君はきっと、同じように抜群の通常戦闘能力を持つ者として、最初の立ち合いの瞬間に、瞬君の力量を見きわめたんだと思う。瞬君の抜群の反射神経と剣技の前には、かくし技が見切られてしまうと気づいたのよ。だから、待っているのよ」


 直太がゆっくりとうなずいた。


「瞬は、ミッキーとの試合で、最初から疲れとる。このまま、持久戦に持ちこんで、瞬の身体が動かんようになった時に、使いおるわけか。。反射神経もなにも、反応できんようになってしもてから」


 直太の分析の通りだ。大八木は明らかに、瞬の疲れを待っている。そのために瞬を攻撃し、あるいは瞬に攻撃させているのだった。

 だが、瞬の不利は、それだけではなかった。圧倒的に不利な点がもう一つ、厳然として、あった。

 大八木はもちろん、瞬もそれに気づいているだろう。


「やっぱり大八木のヤツ、ほとんどサイを使うとらへんな」


 大八木は、瞬と違って、サイを使えないのではない、使っていないだけだ。最低限のうすい光壁しか、展開していない。


「たとえ二人の伎倆(ぎりょう)が、伯仲するレベルであっても、二人は最初から、対等じゃない。大八木君は一つ、瞬君が持っていない技を、使える」

「……サイ、やな。……ごっつ、不利やのう……」


 序列一六七位といえども、サイを全く発動できないわけではない。そうでなければ、二年次に進級できはしない。今の瞬は、学籍維持要件さえ満たさないサイ発動レベルであって、論外だが、大八木は、そうではない。最低限のサイなら、発動可能だ。


 鏡子や直太なら、当たり前のように使えるサイが、対瞬との関係では、圧倒的に有利な必殺技となるわけだ。


 これまで鏡子たちは、もし瞬にサイが使えたら……と、願望のような仮定をしばしば置いてきた。だが、大八木はまさに、瞬に匹敵する伎倆を持ちながら、サイを使えるわけだ。


 序列九位があっけなく敗退した結果も、十分にうなずけた。いや、大八木には、瞬と同様、番狂わせの優勝を狙う実力さえ、ありそうだった。


「大八木は、まさにダークホースやな」



 宇多川鏡子は、観戦スペースの一番前で、身を乗り出して、試合の行く末を見守っている。


「朝香君。俺と君は、同じだよ」


 瞬の猛攻撃をかわし切って、身を引いた大八木が、片笑みを浮かべた。


「最優秀のクロノスの成長過程は、二つに分かれるそうだ。最初からサイをバンバン使える天才肌の早熟タイプ。これは、わかりやすい。それともう一つ、俺たちのような遅咲きタイプだ」


 大八木は、チアガールが回すバトンのように、黒い棒を回転させた。


「だが、最強のクロノスはたいてい、遅咲きらしい。理由は、簡単だよな。サイを使わない生身の状態ですでに強い者が、サイを武器に使えるんだからさ」


 無駄口を叩きながらも、大八木は瞬のスキを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。

 瞬を見ると、肩で息をしていた。すぐに反応できるよう、身体を常に動かしてはいるが、大八木が駄弁(だべ)っている間、ありがたい小休止をもらっているような、あんばいだ。


「だが、朝香君。この勝負は、俺の勝ちだよ。遅咲きの俺でも、サイを少しは使える。だが、君のサイはエンハンサーが光を宿しもしない。君の才能はつぼみだよ。まだ、咲いてさえ、いないんだ。第十二クラスの劣等生だけじゃない。みんな、知っている、有名な話さ」


 瞬のあごから、汗がしたたり落ちた。ふだんは饒舌(じょうぜつ)な瞬も、言葉を返す余裕がないのだろう。


「朝香君。同じ大器晩成型として、君とは友達になりたいもんだよ。習熟度別では、せっかく同じクラスなんだからさ。序列一六七位の俺が優勝したら、お祝いしてくれないか?」


 瞬は、三日月宗近を下段に構えながら、うなずいた。

「ああ、優勝できたら、祝福してあげるよ。君と友達になることにも、異存はないさ。だけど、君に優勝は難しいだろう。僕は、君に勝てると思うから」


 鏡子は、瞬の整った顔を凝視した。

 瞬は、ハッタリや負け惜しみを言って、みじめに負けるような人間だとは思えない。きっと何か、勝つための秘策を持っているはずだ。


 大八木は残念そうな表情で、苦笑を漏らした。


「俺は、君を買いかぶっていたかも、知れないな。自分が置かれている状況さえ、読めないとはね」


「たしかに僕はもう、ヘトヘトだ。身体じゅうが痛い。君と違って、サイも使えない。でも、その僕が、君に何度も同じ攻撃パターンをしかけたのは、君が試合中に一度しか使えない、サイの秘密を探るためさ」


「ハッタリだな。一度も発動していないサイを見切るなんて、無理だよ。おたがい、預言者の適性はなさそうだからな」


 瞬は動きを止めて、三日月宗近を青眼に構えた。鏡子のような面食いでなくても、ほれてしまう美男子だと思う。


「こうやって、君と無駄口を叩いている間に、体力が回復してきたよ。残り時間は、五分。さすがに延長戦までは、身体がもたない。このあたりで、ケリを付けさせてもらうよ」


 自信ありげな瞬に対し、大八木は怒ったような顔で、対峙していた。


「なあ、鏡子ちゃん。大八木はどう出おんね? ワシには、なんも分からへんで。瞬はホンマに見切っとんのか?」


 鏡子にも、わからなかった。大八木の戦法も、それに対抗できるという瞬の作戦も。


 先に瞬が踏み込んだ。

 残り時間を考えれば、これが、最後の攻守になるだろう。

 が、大八木は、後退した。三メートルほどの間合いは狭まらない。


 瞬は、中段の構えから片足を一歩後ろに引いて、脇構えに変えた。

 その途端、大八木が動いた。

 瞬の背中側から、足元のチャクラを狙うつもりか。違う。

 大八木が黒い棒を突き出す。下腹部の第二チャクラを狙っている。

だが、距離があり過ぎる。届かないはずだ。


 鏡子は、わが目を疑った。

 大八木の黒棒は、にわかに倍以上の長さに伸びた。しかも、目にもとまらぬ速さで突き出された。黒棒の動きにテレポートをかけたのだろう。


 が、さらに驚いたのは、瞬の動きだった。突然、伸び、高速で突き出された黒棒を、瞬は、難なく宗近で打ち落とした。まるで、待っていたように。


 それだけではない。

 瞬は、黒棒の上に立っていた。


 数瞬の出来事だった。瞬は、黒棒の上を駆けのぼる。

 大八木が手をやる。遅い。

 すでに宗近が、大八木の頭頂を打っていた。

 第七チャクラへの攻撃が決まった。


 ――勝負あり! 勝者、朝香瞬一郎!


 場内アナウンスが響いた。


 鏡子はしばらく、言葉が出なかった。

 TSコンバットを見て感動する試合など、近ごろ、見ていなかった。サイ発動の優劣にばかり、目が行っていた。

 

 敗れた大八木は、どこかスッキリした表情で、立ち上がった。

 だが、勝ったはずの瞬が、立ち上がらなかった。大八木の頭を飛び越えて着地していたが、過労のため、足腰が立たないらしい。


 大八木が苦笑しながら、手を差し延べた。瞬は頭をかきながら、その手を取った。

 どちらが勝者か、わからない。

 両者が一礼して、試合が終わった。


 観戦スペースから駆け出た鏡子が、瞬に声をかけようとした時、大八木が再び、瞬に歩み寄った。


「見事だよ。朝香君。約束通り、ダチになってくれるかな?」

「もちろん。今度、一緒にランチでも食べよう。アメリカ人の同級生に、美味いランチを教えてもらったんだ」


 大八木はさわやかに笑った。


「俺の如意棒をかわすとは、君もよほどの鍛錬を積んでいるんだろうな?」


「ああ、かれこれ富士山の倍近くね。僕は、ある人から、特訓を受けていてね。済まないけど、彼女の連続テレポートは、君の如意棒より、数段早い。しょせん僕たちは、遅咲きなのさ。でも、伸びしろがあると前向きに考えようよ」


 瞬が笑顔で笑いかけると、大八木 も笑った。


「賛成だ。気長に行こう。朝香君、最後に一つ、教えてくれ。なぜ、やる前から、俺の技が分かったんだ?」


 瞬は、真顔に戻って答えた。


「君が言ったように、僕と君は同じタイプだ。伎倆もほとんど変わらない。僕なら、どうするかを考えれば、自然に答えが出たよ。僕はつけ焼き刃だけど、空間操作理論の基礎を学んだ。僕より少しできるだけのサイを一度で有効に使うなら、方法は一つだ」


 瞬は、手でペットボトルの形を作った。


「ほら、僕たちは、水の入ったペットボトルさえ、まだ満足に動かせない。だから、重い自分の身体を動かすために、貴重なサイを発動なんてしないし、しても無駄だ。だったら、APのテレポートしかないよ。それも、できるだけ軽い得物を使ってね。君の黒棒は、防御には使えても、やはり攻撃には使いにくい。何か仕掛けがなきゃ、不自然だと思ったからね」


 鏡子にも、腑(ふ)に落ちた。

 大八木は、如意棒の伸びに加えて、如意棒にテレポートを使い、超高速で突き出して、チャクラをヒットしようとしたわけだ。


「後ろに、十七期のマドンナが来てるぜ、じゃ」


 二人が握手して別れる姿を見届けると、鏡子は、ふり返った瞬に、ねぎらいの言葉を送った。


「瞬君。素晴らしい試合だったわ」


 瞬が満面の笑みを浮かべて、鏡子を見た。


「ありがとう、鏡子さん」

「今日はもう、試合がないから、普段着に着替えたら? その後、お昼にしましょ。あれ、左腕が……。瞬君、腕を見せて」


 Cスーツの袖をまくると、左の前腕が腫れあがっていた。


「大八木君の攻撃も、半端じゃなかったからね」

「早く手当てしなきゃ」


「あらあら、宇多川家のお嬢様に、看護師の真似事をさせるなんて、三旗の御曹司かなんか、かしらね」


 鏡子がふり返ると、腰まで届きそうな栗色の髪を、優雅にかき上げる少女が、挑戦的な表情で、立っていた。



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■用語説明No.25:二つ名

TSコンバット戦の出場者について、自身が名乗り、または第三者から付けられる別名。伝統的に、予科生たちが自主的に運営しており、兵学校の正式な制度ではない。動作光、霊石、得意技を含ませる場合が多い。序列が低い場合には、二つ名がない場合が多い。

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