第24話 Made in USA――ミッキー・バルボア戦(2)
≪TSコンバット新人戦≫予選一回戦――。
訓練棟の地下四階にある第四訓練場は、予期せざる熱気に包まれていた。
宇多川鏡子は、朝香瞬の初試合を見守っていた。手に汗をにぎる、とはこの試合のことだった。
≪三日月宗近≫を下段に構える瞬に対し、ミッキーが踏みこんだ。リーチの長い薙刀(なぎなた)で、横に払う。
瞬は身体を引いた。ぎりぎりのところで、見切っている。
さながら、義経と武蔵坊弁慶の戦いのようだ。
最初こそ瞬は、剛力で振り下ろされる薙刀に対し、宗近で、何合も打ち合わせていた。だが瞬は、すぐに方針を転換した。
鏡子も、正しい判断だと思う。
ミッキーの剛力にサイを加えた斬撃を受けとめるたびに、防壁を持たない生身の瞬は、消耗していく。
第四訓練場には、しだいに、人だかりができ始めていた。
新人戦に限らず、予選は、正式な競技場である≪コロッセオ≫でなく、日常的な鍛錬のさいに使用している訓練場で、行われた。訓練場には観客席がないから、練習スペースから、観戦することになる。
一本勝負のTSコンバット個人戦は、早ければ数秒で、決着がついた。
新人戦ではエントリー枠にさえ入れば、実力勝負で、シード選手はいないから、例えばトップテンの襟章組が、格下と対戦するような場合には、相手を瞬殺してしまうわけだ。
予選第一回戦の全六四試合は、第一試合から順に、訓練棟の各階にある、八つの訓練場に振りわけられていた。
最大三〇分の時間制限まで続く試合など稀有(けう)だから、試合が終わって訓練場が空き次第、次の試合が順に入っていくわけだ。
だが、この第四訓練場では、第一試合がまだ、終わっていなかった。
「おいおい、まだ試合、やっとんのかいな。鏡子ちゃん、この試合が最長かも知れへんな」
同時刻に予選のあった直太が、試合を終えて、観戦スペースにいる鏡子のそばにやって来た。
鏡子は試合から目を離さず、声だけで問うた。
「和仁君。けっこう、時間がかかったのね」
「……実はワシ、負けて、もうたんや。……新人戦は、何が起こるか、分からんのう」
驚いて右隣を見ると、目を真っ赤にした直太がいた。
直太の相手は、序列一〇八位、さして名も知られていない男子学生だったはずだった。
「みんな、隠れて努力しとんにゃな。ワシも枠内に入れたからって、天狗になっとった。ええクスリになったわ」
慰めの言葉を口にしようとした鏡子を、直太が手でさえぎって、尋ねた。
「ええねん、ええねんで、鏡子ちゃん。……それより、瞬のやつ、苦戦しとるんか?」
「みんなは、そう見ているでしょうね。チャクラをかすられて、二回、有効も取られているし。これまでポイントを取られなかったのが、不思議なくらいの劣勢だから」
「ほな……時間が来たら、判定負けやないか」
鏡子は、ほんのわずか、うなずいた。
「このままなら、ね」
だが鏡子は、瞬がこのまま敗退するとは、思っていなかった。
瞬が、審判部にちらりと眼をやり、残り時間を確認する様子が見えた。
終了時刻まで、あと五分弱だ。
「三〇分近うぶっ飛ばしてたら、さすがのミッキーの防壁も、目に見えて、弱ってきとんな」
ミッキーの青林檎色の防壁は、オーロラのカーテンのようなさざめきを作りながら、光を失いつつある。
「それだけじゃない。バルボア君はまだ、瞬君の攻撃パターンを、一度も経験していない。瞬君はひたすら守りに徹していて、まだフェイクの攻撃しか、仕掛けていないから」
ミッキーは肩で息をしているが、瞬は涼しい顔をしたまま、宗近のエンハンサーを青眼に構えている。
「あれだけ身体を鍛え抜いとるから、できるんやろな」
もともと瞬は、基礎的な身体能力が優れているうえに、鏡子の猛特訓を半月にわたって、黙々とこなしてきた。
「でも、終了まで五分を切ったから、バルボア君は守りに入るはず。防壁強度を弱らせるのには成功したけど、いくら瞬君でも、物理的攻撃だけじゃ、あの防壁は破れない。いったい、サイを使わずにどうやって……」
***
朝香瞬は、宗近を構えながら、間合いを少しずつ詰めていく。
相変わらずミッキーは、クリソプレーズの防壁を展開していた。
最初から瞬は、一度きりのチャンスを狙っていた。サイコキネシスの使えない瞬には、AP(アタック・プロモーター)による直接の物理的攻撃以外に、勝利の可能性はなかった。
もとより、ミッキーが本気で展開する、十七期最強の防壁を、サイなしで破るのは不可能だ。それでも、試合後半になり、防壁強度が下がってくれば、勝機が出てくると考えた。
瞬は、二〇分以上、対戦するなかで、ミッキーの防壁展開のクセがわかった。
ミッキーは、攻撃に転じた直後、サイを攻撃力に転化させる気持ちが生まれるためか、光壁にカーテンのような揺らぎが大きく生じる。
攻撃に転じる直前ならともかく、すでに攻撃に転じている相手の隙を突くのは容易でない。それでも、その一瞬をとらえるしか、瞬に、勝ち目はなかった。
――残り、二分。
鏡子のためにも、負けるわけには、いかなかった。
ミッキーは、明らかに時間切れを狙っている。
瞬が、あえて自分に隙(すき)を作って、勝利を確信させない限り、ミッキーは甲羅(こうら)に引っこんでしまった亀のように、鉄壁の守りに入ったままだろう。
ならば、相手のふところに飛びこむしかない。
長い腕を使い、長柄の得物を自在にあやつるミッキーに対し、あえて日本刀を選んだのも、接近戦に持ちこんで、勝つためだ。
――残り、一分。
瞬は、猛然と突進した。
直上から振り下ろされるミッキーの斬撃。
宗近を使い、両手で受け止める。下への強い力を利用して、ミッキーの足元にすべりこむ。
ミッキーは待っていたように、薙刀をすばやく構えなおして、下ろす。
瞬は両足で、クリソプレーズの防壁を蹴る。
どよめきが起こった。
薙刀が空しく、誰もいない床を突いた。ミッキーの足の下に、あおむけでもぐりこんでいたはずの瞬は、ミッキーのすぐ目の前に、中腰で構えている。
ミッキーがあわてて、後ずさりする。が、遅い。
瞬の三日月宗近が、ミッキーのみぞおち、第四チャクラを強打していた。
――勝負あり! 勝者、朝香瞬一郎!
場内アナウンスが響いた。
***
宇多川鏡子は思わず、身を乗り出して、快哉(かいさい)を叫んだ。
「いったい、何があったんや、鏡子ちゃん? 瞬は、ミッキーの下にすべりこんどったやろ?」
そうだ。瞬はいったん、ミッキーの下にもぐりこんだ。
この時、瞬が、下半身のチャクラを狙っていると、誰もが思ったはずだ。ミッキーも同じだった。だから、すばやく薙刀を持ち替えて、自分の真下にきた瞬のチャクラを狙った。
だが瞬は、ミッキーの下半身をねらうと見せかけただけで、実際には、最初から上半身をねらっていた。
ミッキーの下にすべりこんだ体勢から、瞬がすぐ元の位置に戻るなど、誰も考えつかなかったろう。ただ、壁をけるのなら、物理的には、ありえない動きだ。だが、ガロアの防壁はただの壁ではない。光壁がはじき返す力を利用すれば、可能だ。
「考えたわね。瞬君は、同期最強の防壁を、踏み台に利用したのよ」
瞬は、ミッキーの防壁に身体を弾かせるとともに、防壁をタイミングよく蹴ることで、後方に跳んだ。
仰向けに近い状態から、バク転して中腰になると、すかさず踏みこんで、チャクラを打ったわけだ。瞬の高い身体能力が許す技だった。
ミッキーは長時間の戦闘で、防壁にムラが出ていただけでなく、いきなりすべこまれたために、下半身を守ろうと意識を下方に集中していた。
鏡子も気づいていたが、ミッキーが攻撃に転じようとして防壁が揺らぐ絶好のタイミングを、瞬は突いた。あの時、ミッキーは勝利を確信していただろう。
「あいつ、ほんま、凄いやっちゃな。あの一瞬のやりとりを見抜く鏡子ちゃんも、半端やないけど」
直太が、隣でうんうんうなずいている。
試合場では、瞬が差し出した手を、あおむけに倒れたミッキーが握って、立ち上がっていた。
太極の内で、たがいに一礼して、試合を終えた。
ミッキーがふたたび、瞬に歩み寄った。
「サイなしで、五〇ミリガロアの防壁を破るなんて、グレートだよ。いい試合だった。訂正するよ、シュン。キミがここで学んでいるのは、アンフェアじゃない。だが、次は、負けない」
「瞬君、おめでとう!」
鏡子が、観戦スペースから飛び出すと、瞬が気づいて、破顔一笑、はにかみを浮かべた。
鏡子は胸が躍っていた。
完全な作戦勝ちだ。予科二年次で最強レベルを誇るミッキーの光壁を、サイを使えない瞬が、物理的攻撃で、こじ開けた。針の穴にラクダを通すように、なんと無謀な勝ち方だったろうか。
「ありがとう、鏡子さん。勝てたのは、君のおかげだよ」
「防壁の反発力を利用するなんて、さすがは瞬君だったわ」
時計を見ると、午前一〇時四〇分過ぎだ。次の試合まで、一時間もなかった。
「和仁君は、次の対戦相手の情報収集を頼むわ。私は、宇多川の個室で瞬君の手当てをしているから」
****************************
■用語説明No.24:外国人枠
クロノス養成機関への入学が許可される外国人の人数。
主要国に割り当てられているが、数はきわめて少ない。TSCA(時空間操作能力)の関連技術は、日本の第四軍と国立時空間研究所により独占されていたが、空間操作能力についてのみ、近時、外国人に門戸が開放された。
時間解釈士は、名家による寡占状態にあり、外国人枠は存在しない。
ただし、反政府組織「昴」は、独自のクロノス養成機関を持つ。
****************************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます