第4章 TSコンバット新人戦

第23話 Made in USA――ミッキー・バルボア戦(1)


「瞬君、今日も、よく寝たわね」


 バーコードの授業が終わり、昼休みを知らせるチャイムが鳴った。

 朝香瞬が大きく伸びをした時、瞬の席の前に、壁のように大きな学生が立った。


「シュン。メシ、食べないか? サシで」


 ミッキー・バルボアは、わざわざこなれた日本語を使おうとするクセがある。言葉がときどき変になるのは、そのためだった。

 瞬がちらりと右隣りを見ると、鏡子が笑顔で小さくうなずいた。

 昼休みは特訓をしていたが、敵情報の入手も大事だろう。


「分かった。どこで食べようか?」

「カフェテリアが、いい」


 食堂と違い、カフェテリアは、どちらかと言えば、洋食系が充実しているとの評判だった。


 ミッキーは、平均身長の瞬より、頭一つ半ほど大きな、赤毛の巨漢だった。並んで歩いていると、父親に連れられた子供になった気分がした。瞬は、幼い頃、どんな父親と歩いたのだろうか。


「ミッキーはもう、日本での生活には慣れたの?」

「メシはウマイし、女の子はカワイイ。グレイトだよ。トキニ、キミはなぜ、サイが使えないのに、この学校にいる?」

 

「わからないんだ。僕は、オブリビアスだからね」


 ボギーの背後にいる預言者は、何やら手がかりを持っている様子だが、知らぬが仏で、知らないほうがいい面倒な素性の可能性もある。


「オレの恋人も、親友も、あの日に、消えた」


 人類の約三分の二を失った≪大災禍≫では、身内、知人、友人が無事でいる人間のほうが、まれだった。若年でちゃっかり恋人を作っているところが、アメリカ人らしい。もっとも、瞬にも、恋人がいたはずなのだが。


「あの時、その人たちは、アメリカにいたんだね?」

「イエス。連絡が、ゼンゼン取れなくなったんだ。聞いたら、レインボーの光に、消えたって、サ」


「テンドン、ギュウドン、オヤコドン」


 カフェテリアに着くと、ミッキーは迷わず和食コーナーに向かった。常連客であるらしく、三人前を注文した。瞬は、洋食を頼むとばかり思っていたが、丼物が好物らしい。

 瞬が龍田丼を注文しようとすると、ミッキーにあわてて、制止された。


「シュン、ここのタツタ丼は、イマイチだ。オレが注文した、三つの中から、選べ」

「……じゃ、親子丼を」


 巨体だけあって、さすがに大食漢だ。瞬の前には、丼がデラックスに三つ並んだ。


「オレは最初、祖国のために、ニッポンに来た。でも、今は、チガウ」


 ミッキーは海老の天ぷらにかじりつきながら、瞬に問うた。


「シュン。なぜ、カタストロフィは、起こった?」


 瞬も知らない。わかれば、苦労しない。


 現在、明日乃の所属する国立時空間研究所が、軍の諮問を受けて、原因究明に当たっているはずだ。だが、発生からまだ四か月ほどでもあり、原因については、何も公表されていない。


「オレは、カタストロフィの謎を解きたい。オレの叔母も消えた。叔父 は謎を解くと言っている。オレもだ」


 ミッキーは典型的なアメリカ人らしく、話好きのようだった。瞬は、ミッキーに語らせるに任せ、親子丼を食べ始めた。


「ムカシは、アメリカが世界を支配した。エイゴさえできれば、大きな顔ができた時代だった。でも今、アメリカ人のオレには、クロノスの受験資格さえ、ない」


 世界に先駆けて時空間操作技術を手に入れた日本は、最後の超大国となった。空間の壁がついに消えさり、時間操作でやり直しができるのだから、万事に負けるはずがない。日本は並ぶもののない強国となった。


 だが、瞬の生まれる前から確立されてきた体制だ。瞬に言われても、困る。


「カタストロフィは、予知されていた。でも、起こった。ナゼかもワカラナイ。ニッポン人だけで、人類を救えるのか?」


 ミッキーは怒涛(どとう)のように食べ、話し、また、食べた。


「アメリカにも、カイロスの養成スクールは、ある。プライベート・スクールだけど、ガバメントがサポートしているトップ校だ。ニッポンにも負けない。全米から、セマキ門を目指して、集まる。そこで、オレは恋人と親友をツクッタ」


 ミッキーおすすめの親子丼は、甘めの味付けが、なかなか美味い。


「シュン。オレはこの兵学校に入った時、タマゲタよ。一〇〇ミリガロアの防壁を張れる生徒は、オレとあと一人だけだった。でも、アメリカにはゴロゴロいた。今の制度は、フェアじゃ、ない」


 ミッキーは憤懣(ふんまん)やる方(かた)ない様子だが、そのまま次の牛丼に取りかかった。


「オレのソウルストーンは、クリソプレーズ、アレクサンダー大王が愛したという、勝利の石だ。キミは何の石を使う?」

「僕はまだ、霊石がわからないんだ」


 ミッキーは、あきれ切ったといわんばかりに、大きな両手を広げ、大きく肩を竦めた。


「キミのように、自分のソウルストーンも知らない、サイも使えない人間が、兵学校にいることは、オカシイと思わないか? ガイジンからすれば、キミは、アンフェアな制度のシンボルなんだ」


 ミッキーが瞬に対して、最初から悪意に近い感情を持っていた理由が、わかった。


 日本以外の国では、凄まじい競争倍率を勝ちぬいた者だけに、運が良ければ、≪空間操作士≫への道が開かれる。ゆえに、世界からは俊秀だけが、集(つど)う。


 だが、肝心の≪時間操作士≫の門戸は、堅く閉ざされたままだ。まして≪預言者≫とも呼ばれる≪時流解釈士≫は、一部の最有力名家を除き、一般の日本人に対しても、門戸は堅く閉ざされていた。


「だから、オレはキミに、宣戦布告する。キミを叩きつぶして、カイロスのスクールがアンフェアだということを、ニッポン人に知らせる」


 たかだか瞬を倒したくらいで、どれだけの意味があるのか、疑問だった。だが、ミッキーの真剣な志には、むしろ共感できた。


「シュン。オレの養成スクールから、ニッポンに進学できる枠は、たった一人だった。オレは、この手で、親友のチャクラにアタックし、恋人を倒して、ニッポンに来た。オレは、恋人と親友のために、新人戦でゼッタイに勝つんだ。予選なんかで負けるわけには、いかない」


 恋人と親友を蹴落としてまで来日したミッキーにとって、サイも使えないのに在籍している瞬は、目のかたき以外の何ものでもないわけだ。

 しかも、ミッキーは、大災禍で失われた恋人と親友の想いを背負うことになった。なおさらだろう。


「シュン。なぜ、君は二つ名をエントリーしない?」


 二つ名とは、TSコンバットに出場する競技者の綽名(あだな)だ。序列が高く、人気があれば、いつの間にか誰かが付けてくれるが、そうでなければ、自分で付けるしかない。


「知らなかったんだよ。まあ、知ってても、付けなかったろうけど」


 予選敗退が危惧(きぐ)されるレベルで、ものものしいネーミングも恥ずかしいから、序列下位は二つ名を付けない者のほうが多かった。無論、予科生たちが勝手にやっている話で、公式な制度ではない。

 ちなみに、ミッキーの二つ名は≪Made in USA≫だった。ミッキーのアメリカ人としての誇りを表しているのだろう。


 ミッキーは、全ての丼を平らげると、愉快そうにウィンクして見せた。

「それはそうと、シュン。ゼンゼン別の話で、オリイッテ、キミに頼みがあるんだ」



 瞬が、教室に戻ると、鏡子が心配そうに待っていた。


「遅かったわね、瞬君。ミッキーと、何を話しこんでいたの?」

「彼が、来日した理由さ。外国人の選抜は、本当に大変なんだね。いろいろ考えさせられたよ」


「話って、それだけだったの?」

「まあ、そうだね。ああ、あと一つ、あった。ミッキーから、君に、伝言があるんだ」

「え、私に? 何を?」

「ミッキーは、大災禍で、恋人を失くしたらしいんだ。それで、鏡子さんに一目ぼれしたから、交際してくれないかって、さ」


 瞬が肩をすくめながら答えると、鏡子が笑った。



***

 新人戦予選第一回戦の日の明け方。

 朝香瞬は、国立時空間研究所の正門の受付に来ると、足を止めた。


「よう、おはよう、朝香君」


 タコ入道が、元気よく挨拶してきた。

 研究所内の警備のシフトが変わったらしく、近頃はほとんど毎日、タコ入道が受付にいた。タコ入道がここを守っている限り、所内への不審者の侵入はほぼ、不可能だろう。一般人も、入れてくれないのだが。


「おはようございます。これ、お願いします」

「毎朝、ご苦労さん」


 明日乃の欠席は続いていた。このまま退学してしまうのではないかとの心配に、瞬は、頭を悩ませていた。せめて、兵学校生活の匂いを、ノートのコピーを通じて、明日乃に届けてあげたかった。


 だが、授業のない日には、届け物がない。かわりに、要点を整理したノートを作り、コピーしたり、手紙を書いたりした。

 もっとも、明日乃からは、いっさいの返事、連絡も、なかった。


 むろん、タコ入道の職務熱心に、変わりはない。明日乃との面会は認められないし、所属もいまだにわからないが、所長室を通じて書類を届ける点については、了承してくれていた。


 タコ入道以外の守衛だと、いちから面倒な話をしなければならないから、夜勤のタコ入道が交代する前の、夜明け前にノートのコピーを届けるのが、瞬の日課になっていた。


「朝香君、それで学校のほうには、残れそうなのかね?」

「今日からの試合結果で、決まります。簡単じゃなさそうですね」

「朝香君も、天城さんに、会えたらええのにのう」


 瞬にも、わかっていた。タコ入道には、面会を認める何の権限もありはしなかった。タコ入道は、研究所の安全を守る責任を持ち、それを全うしようとする「職人」だった。


「本当に、そうですね。また学校に来てくれれば、タコさんのお手をわずらわせずに、済むんですけど」

「そうじゃ。わしも、またシフトが変わってな。もうすぐ、車両警護に回るんじゃ」


「困りましたね。じゃあ、これから天城さんへの届け物は……」

「心配はいらんぞ、小僧。わしは守衛室では、一番の古株じゃ。わしから、若いもんに、ちゃんと言うておいたわい」


 瞬はタコ入道に、頭を下げた。


「ありがとうございます。気が利きますね。それと、もし勝ったら、試合続きなんで、来られなくなるかも知れません」


 明日乃からの見返りを期待しての行為ではなかった。だが、明日乃が瞬を何とも思っていないことの表れだと、考えるべきなのだろうか。


 近ごろ、瞬の心の中では、別の女性の存在が、次第に大きくなりつつあった。

 瞬の心は、揺れていた。


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■用語説明No.23:競技用AP

TSコンバット用のAP(アタック・プロモーター)。

競技であるTSコンバットの規定では、携行可能な兵器に使用が限定されている。また、競技用APには、シリコン加工が施され、通常兵器としての殺傷能力は大幅に弱められている。

様々な種類があるが、最も多用されているのは、刀剣型、中でも日本刀型のAPである。競技では、しばしば「得物」と呼ばれる。PP(プロテクト・プロモーター)が用いられる場合もある。

汎用型APには、万人に適合する水晶(クオーツ)が用いられるが、各人の属性に応じた霊石を用いたAPも多様されている。

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