第13話 天国の感覚


 突然、赤銅あかがね色の光が二人を包んだ。タバコのような匂いがする。

 二人は抱きしめ合ったまま、枯葉の布団に倒れこんだ。

 朝香瞬は、天城明日乃の下にいた。罪なほどに整った明日乃の顔が、目の前にあった。


「よっ、お二人さん。ちょっと見ないうちに、ずいぶん仲良くなったもんだな」


 街灯でもわかるプリン頭をした長身の男が、片手にはタバコ、片手は尻ポケットに突っこんで、立っていた。


「そ、そんなんじゃ、ありませんよ。何か、変な奴らが襲ってきて……。ご、ごめん、天城さん……」


 瞬が勢いでまだ抱きしめていた明日乃から、腕を離した。

 明日乃は何もなかったように身を起こし、ゆっくりと瞬から離れた。表情に始終、変化はない。

 瞬はふらつきながら立ち上がった。


 あたりを見まわしても、黒服たちの姿はなかった。ボギーの姿を見て退散したのだろう。やれやれ安心だと思うと、体中の傷がいっせいに痛み始めた。


「この前みたいに、預言者に言われて、お前たちがヤバイって、わかったもんでな。助けに来てやったんだ。礼くらい、言ったらどうなんだ?」


 瞬は頭を下げた。が、すぐに上げた。


「ありがとうございました。でも、なぜもっと早く助けに来てくれないんですか? ボギー先生は、逆行もできるんでしょう?」


 時間操作で襲われる前に逆行すれば、難なく助けられたはずだ。


「お前、もっと勉強しろよな。逆行するには内務省の許可が要るんだぜ。お前が、緊急逆行の許可が出るほどのVIPかよ? 俺は今、軍人の身分じゃねえからな。好き放題できねえんだ。それに、奴らは時間士だった。それなりの奴が動いているとなれば、何かと面倒でな」


 瞬も、時間操作制度については勉強していた。現在の政府体制で、最も力を持っている勢力は、≪第四軍≫と呼ばれる時空間防衛軍だった。「軍事機密」とされれば、時間操作は容易に許可されるらしいが。


 ボギーは、タバコをくゆらせている。


「でも、預言だったら、あらかじめわかっているわけでしょう?」

「預言者だって、神様じゃねえんだ。未来は、ちょっとした切っかけで、コロコロ変わっちまうものさ。だから、預言も未来も、常に流動的だ。それで、時流解釈士もメシが食えるんだよ。さて……」


 ボギーは再び、赤銅光を発して、三人を光で包んだ。また、タバコの匂いがした。


「その恰好じゃ、街も歩けねえだろ。俺の離れに来るといい」


 赤銅光がフェードアウトすると、三人は、清潔に片付いているリビングにいた。リゾート・ホテルの一室のようだ。

 瞬は慌てて、濡れた靴を脱いだ。棒立ちしている明日乃にも脱がせて、玄関に置きに行った。


「ボギー先生って、けっこう、きれい好きなんですね」


 瞬たちは今、教員寮を兼ねた宿泊施設にいるそうだった。兵学校に隣接する敷地に建てられていて、フロアは十三階らしい。


「キレイな女は好きだけど、掃除のほうはどうかな。ここは、あんまし使わないだけだよ」


「先生、お暇だったら、僕のケガ、治してくださいませんか?」


 身体中の無数の傷が、ヒリヒリ痛んだ。


「甘えるなよ。それくらいの怪我、大したことねえじゃんか。俺レベルのサイを使うと、そのぶん俺の寿命が減っていくんだぜ。それくらい自力で直せ」


 ボギーは片手を上げると、また赤銅光に包まれ始めた。


「じゃ、俺は、酒と飯を買って来っから、シャワーでも浴びとけよ」


 残された瞬は、明日乃と向き合った。

 たがいに身体が濡れて、汚れている。瞬に至っては傷だらけで、血まみれだ。風呂で清潔にしてから、傷の手当てをしたほうがよかった。だが世は、レディー・ファーストと決まっている。


「天城さん。病気だし、お先にごゆっくり、どうぞ」


 明日乃は小さくうなずき、風呂場に行ったが、すぐに戻ってきた。スイッチパネルを見つけて、ボタンを押す。


「……身体が冷えたから、お湯に浸かりたいの。浴槽に溜(た)めている間に、朝香君がシャワーを使って。傷の手当てとか、早めにしたほうがいいと、思うから」


 瞬は明日乃の言葉に甘えて、浴室に向かった。

 当然だろうが、予科生の寮の浴室より広めで、ちょっとした別荘の浴室くらいの豪華さだった。

 すぐに半袖半ズボンを脱ぐと、バスチェアに座って、シャワーを浴び始めた。


 だが、浴槽にもお湯を入れているせいで、シャワーの水圧がひどく弱い。髪から洗っていくが、右手首も痛めたらしく、うまく洗えなかった。仕方なく、左手で洗う。体中の擦過傷に水がみて、痛い。


 ――そうだ、忘れていた。


 直太と長介に、連絡しなければいけない。戻りが遅いと心配しているだろう。

 シャワーが余り出ないかわりに、浴槽にお湯が溜まったようだ。


 ――お風呂が、沸きました。


 ボギーを思わせる、チャランポランな音楽が鳴った。

 明日乃も早く入りたいだろう。急がなければ。


 何とか、片手で頭を洗い終えた。

 次に、身体を洗おうと思ったが、ボディタオルが見当たらない。

 探しているうち、後方で浴室の扉が開く音がした。


 見ると、明日乃が立っていた。瞬と同じ姿をしている。

 瞬は思わず、悲鳴を上げた。

 対する明日乃は、何食わぬ顔で立っている。


「……あ、あの……」


 梔子のような香りがする。明日乃が服を着ていないせいだろうか、さっきよりもはっきりと感じた。


 とにかく浴室から出ようと、瞬はあわてて立ち上がった。だが、くじいていた右足に、体重を乗せてしまう。痛みのせいで、バランスを崩した。

 明日乃が身体を支えようとしてくれた。だが、濡れてシャンプーの泡の残った床に、足がすべる。


 瞬が明日乃を押し倒すかたちで、二人は床に倒れこんだ。


 何も着ていない二人の身体は、濡れたまま、密着している。

 瞬の眼の前で、プラチナ色の瞳が輝いていた。


「……朝香君。まだ、洗っていたのね」

「ご、ごめん」


 あわてて身を離そうと、利き腕の右手を床に突いた。だが、負傷している右手首は痛いだけで、支えにならない。また、明日乃の上へ瞬の身体が落ちる。

 防ぐために左手で身体を支えようとした。


 罪深い左手は、極楽のように柔らかく温かいものを鷲づかみにしていた。

 瞬は自分の左手を、恐る恐る、見た。

 己の行為に気づくと、瞬はあわてて明日乃の胸から手を放した。


 身体も離し、瞬は良心と理性に従い、視線をそらした。


「天城さん、本当にごめん……」


 明日乃が身体を起こす様子が、眼の端に見えた。

 

「……身体は、洗い終わったの?」

「その……ボディタオルが、見つからなくてね……」

「……手で、洗えばいいわ。あっちを向いて」


 言われるままに、とりあえず明日乃に背を向けた。まだそのほうが、視線のやり場があるだろう。


 が、曇り止めがほどこされた鏡には、二人の身体が鮮明に映っていた。


「……洗いにくいから、バスチェアに座って」

「え? で、でも……」


 腕をつかまれた。打ち身のせいか、腕に力が入らない。

 明日乃に言われるがままに、下半身のほうに差し出されたプラスチックの椅子に座った。


 背後で、ボディーソープのポンプを何度か押す音がした。

 石けんの泡とともに、柔らかい掌が瞬の首筋に当てられると、瞬の身体をすべり始めた。


 背中を洗い終わると、明日乃が瞬の身体を動かして、向かい合った。瞬の喉元から胸、脇を洗い終えると、明日乃は瞬の右前腕を取った。


「……傷口に、砂が入っているみたいね。ていねいに洗っておいたほうが、いいわ」


 明日乃がシャワーのレバーを動かして、傷口に当ててくれた。

 瞬の胸はさっきから、早鐘のように打ちっ放しだった。本当は傷が痛むはずだが、何も感じられなかった。


 天国とは、このような状況を指すのかも知れない。


「あ、あの……天城さん。今の僕たちの状況って、この上なく、まずいんじゃないのかな……」


 向かい合い、互いの身体が見えているだけでなく、隠すべきたがいの要部が時々、触れあってさえ、いた。


「……どうして?」

「だ、だ、だって、未婚の予科生二人が、一緒に浴室にいるってだけでも、非日常的な話、だよね?」


 明日乃は、瞬の身体と傷口を手で洗いながら、たずねる。


「……嫌なの?」

「……ぜ、絶対そうじゃないけど……でも、だけど……その……あまりこれは、一般的な状態ではないのかな、と……」

「……だから?」

 

 明日乃に気にした様子はなく、瞬の身体をプラチナ色の瞳で確認しては、傷口を洗っていく。ベルトコンベヤーに並ぶ部品を処理していく、熟練工のようだ。


「……でも、朝香君、右手首を痛めていて、うまく、洗えないでしょ?」


 小さい傷も入れれば、傷口はおそらく二十個所近くは、あるだろう。


 いつできていたのか、明日乃は、腹にあった傷も見つけて、洗ってくれた。明日乃の乳房が、瞬の身体に触れる。制服で着やせしているだけらしく、きちんとした大きさがあった。


 後ろにいる時も、曇り止めの鏡には、いちいち明日乃の身体が映った。眼をつむればいい話だが、瞬もせっかくの機会に、そこまで自制できるほど強力な理性を持ち合わせてはいないようだった。


「天城さんは、左利きなんだね」

「……そうよ」


 無難で一般的な話題を出してみたところで、今の際どい状況に何か変化が生まれるわけでも、ない。


「……他に痛い所ないかしら。ばい菌が入るといけないから」


 実は一か所、折れた枝が刺さったのか、ズキズキ痛む個所があった。だが、そこは……。

 明日乃は遠慮会釈なく、瞬の裸体を探すように、丹念に見ている。


「ちょ、ちょっと、天城さん?」


 プラチナ色の視線が、瞬の足と足の間にある、下半身の要部に行った時、陰になって見づらかったのか、明日乃はかがんで、のぞき込んだ。


「……この、股のあたり、血が出ているわね。まだ、洗ってないわ」

「で、でも、そこは……」


 明日乃が身体を乗り出すと、柔らかい胸が、幸せな膝頭に容赦なく押しつけられた。


 瞬はごくりと唾を飲み込んだ。


 明日乃が、傷口を丁寧に洗ってくれている。

 正常なら、相当痛いはずだが、全く感じないのは、瞬が今、一時的に天国にいるせいだろう。

 瞬の身体の芯が、沸騰している。


「……これで、洗い終わったようね。身体が冷えているでしょうから、浴槽に浸かって、身体を温めたら?」


 瞬が立ち上がると、明日乃はバスチェアに座り、身体にシャワーをかけ始めた。


「あ、あの……やっぱり、傷が滲みるから、僕、もう出るよ」

「……そう」


 明日乃は、まるで気にする様子もなく、ショートボブの髪を洗い始めた。


 瞬は逃げるように、浴室を出た。

 バスタオルで身体をふく。


(本当は、もっと一緒に入っていたかったけど、さすがに、うまくないよな……。

 明日乃さんは、恥ずかしいと思わないのかな……。非常識っていうか、ずいぶん変わってるよな……)


 瞬は心の中で、恋する女性を、下の名前で呼ぶ習慣があるらしかった。忘却の日以前からそうだったに、違いない。


(でも、身体や傷口を洗ってくれるなんて、優しいところもあるんだ……。

 さっきは、黒服から、僕を守ってくれた……

 それでもまだ、僕を殺すなんて変なこと、言うのかな……。

 それにしても、ギリシャの彫刻か何かにありそうな、真っ白できれいな身体だったな……)


 瞬の胸の鼓動は高鳴ったままだ。甘い体験を愉しく反芻するうち、浴室のシャワー音は、すでに止んでいた。


 身体をふき終えてから、瞬は、着替えがない事実に気づいた。明日乃も持っていないはずだ。

 男などはさしあたり、腰にバスタオルでも巻いておけばいいが、明日乃はうら若い乙女だ。どうしたものか。ボギーが女物の服を持っているはずがない。


 鏡子に頼んでみたら、どうだろうか。

 いや、そのためには、相当際どい事情を説明する必要が生じるだろう。下手をすれば、軽蔑されかねない。


 直太はまずそうだ。長介に頼めば、どうか。

 いや、長介はどうやって、女性用の下着から何からを、用意するんだ。寮にいる女子の予科生に頼めば、ひと悶着起こるに違いなかった。それに、すでに直太と一緒にいるだろうから、二人を分離するのは、無理だ。


 とりあえず無難な男物を着ておき、ボギーに研究所へテレポートさせてもらうのが現実的だろうか。


 思案するうち、浴室のドアが開いた。意外に、早い。

 瞬は飛び上がった。瞬も裸のままだ。


「……朝香君。バスタオル、取ってくれない?」


 視線はそらしたままで、急いで白いバスタオルを手渡した。

 瞬はあわてて、腰にバスタオルを巻いた。もう充分すぎるほど、互いの裸身を見てはいる。


 だが、将来はともかく二人はまだ、要所を隠し合うべき関係だった。明日乃はきっと今も、隠そうとはしていないのだろうが。


「……ねえ、天城さん。よく考えるとさ、着替えがないんだよね。濡れて汚れたのを、もう一回着るのって、厳しいよね?」


 髪をふき終えた明日乃は、バスタオルで身体を拭いている様子だった。洗面室の鏡は曇っていて、良く見えなかった。残念ながら。


「……そうね」

「とりあえず、ボギー先生に、男物を借りる?」

「……そうするわ」

「じゃ、僕、先生のタンスか何か、物色してくるね」


 瞬は洗面室を出て、勝手に衣装戸棚を開けて行った。男物はすぐに見つかった。あまり数がなく、選択の余地はそれほど、なかった。

 サイズが大きいが、とりあえずブリーフを履かせてもらうと、多少、気持ちが落ち着いた。


 できるだけ派手でない服を選ぼうとしたが、一番地味といえる服が「黄色のアロハシャツと、真っ赤な半ズボン」の取り合わせだった。借りるのだから、贅沢も言っていられないが。

 どうせ傷の手当てが必要だし血も付くから、まだ、着ない。


 問題は、明日乃だった。大人の男物しか見つからないが、露出が少なく、落ち着いた服装はないだろうか。

 空き巣泥棒か何かのように手あたり次第に引き出しをあさっていると、洗面室のドアが開く音がした。


「天城さん、女性物はないだろうけど――」


 話しかけようとして、後ろを振り返った瞬は、また息を呑んだ。

 明日乃が身を隠しもせず、一糸まとわぬ姿で現れたからだ。


「あ、天城さん。せめてバスタオルで……」

「……朝香君だって、ほとんど裸じゃないの」


 明日乃は瞬を気にせず、そのままの姿で、瞬の見た隣の引き出しを開け始めた。


「どうかな。あまり大きすぎないで、無難なやつを……」

 

 明日乃は一番下の引き出しから、一枚の真っ白なドレスらしき服を取り出した。


「……これなんて、どうかしら……」

「に、似合うと思うよ」


 ボギーの部屋に、なぜ女性用のドレスがあるのか、瞬は知らない。


 だが、とにかく瞬は、明日乃に一刻も早く、服を着て欲しかった。

 ボギーは出たきりで遅いが、そろそろ帰宅する頃だろう。彼は突然、姿を現すはずだ。

 明日乃の裸身を、他の誰かに見られたくないと瞬は思った。


 瞬は明日乃に背を向け、自分もとりあえず、真っ赤な半ズボンをはき、黄色いアロハシャツの袖に手を通した。


 衣ずれの音がやみ、引き出しを戻す音がした。

 恐る恐るふり向いた瞬は、しばしあっ気に取られて、明日乃を見た。

 明日乃の選んだドレスは、ベアトップというのだろうか、胸だけを隠し、肩も、二の腕も、背も、すっかり露出したドレスだった。しかも丈が短いから、素足がかなり上まで、そのまま露出している。おまけに明日乃は今、下着を身に着けていないはずだった。


 すっかり大人の女の人に変身した姿に、瞬はごくりと唾を飲みこんだ。


「……靴下、なかったかしら?」


 明日乃は別の引き出しを開けて、女性物の下着をつまみ出した。

 ボギーの恋人の所有物だろうか。およそ予科生が身に着けるようなタイプの下着類ではない。

 

「……これ、どうやって、着るのかしら?」


 確か、ガーターという名前の下着だったと思う。


「し、知らないよ」


 次に、明日乃は、白いレースの網タイツをつまみ出した。あまり考える様子もなく、履き始めた。

 瞬は見ていられず、また、目を背けた。


 引き出しを閉じる音がした。

 見ると、明日乃は、白いロンググローブまで、手にはめていた。

 結果として、これから舞踏会にでも出席するような、優雅ないでたちになった。瞬はあぜんとして、明日乃の姿を見つめていた。


「……朝香君……どうしたの?」


 明日乃がけげんそうな表情で、小首を傾げて、問うた。


「……いや、とても、君に似合っているなって、思って……」


 過去を奪われた瞬は、まだ数か月ほどしか、ろくに生きていない。だがそれでも、瞬がこれからの生涯で見る、すべての事物の中で、最も美しい姿ではないかと思った。


(僕は、明日乃さんのためなら、死んでもいい……。

 ハードルはむちゃくちゃ高そうだけど、明日乃さんと、恋人になりたいな……。

 僕は、このひとに逢えただけでも、生きていて良かったって、はっきりと言える……

 片思いだとは、分かっているけど……)


「……朝香君、座っていて。手当、するから」


 明日乃は、片っ端から棚を開けて、救急箱を探し出してきた。

 戻ってくると、瞬の前に膝を突き、真剣な表情で傷を一つずつ、手当てをしてくれた。


 目のやり場に困るグラマーな出で立ちだが、浴室内の状況よりは、まだしもマシだった。


「あいたたた……」


 瞬が顔をしかめると、明日乃がちらりと見た。


「……意外に、痛がりなのね……」


 明日乃は器用なほうでもないようだが、一生懸命にやってくれる姿に、強い好感を持った。


「天城さんって、看護師さんに向いているかもね……」


 明日乃はちらりと、瞬を見ただけで何も言わなかった。


「ごめん、余計なこと、言って」


 明日乃は、瞬のアロハシャツをまくり上げて、腹の傷の処置に取りかかった。柔らかい胸が、膝小僧に押しつけられた。

 瞬の位置からは、胸元がきわどい部分まで、見えた。明日乃には少し大きめのドレスだったらしく、ゆったりとしすぎていた。


「……朝香君。股のあたりにも、怪我をしていたでしょ?」


 瞬はあわてて身を引いた。


「そ、そこは、自分でやるよ、さすがに……」

「……そう」


 簡単に引きさがった明日乃の態度が、残念な気がしたが、瞬は明日乃に背を向け、患部にガーゼをあてて、テープでとめた。


 瞬が身体を戻した。

 明日乃は窓に向かって、立っていた。


 夜空に浮かぶ雲を見ているのだろうか。いや、もしかしたら明日乃は、窓の外でなく、窓ガラスに映る、自分の姿を見ているのかも知れなかった。。

 明日乃はまだ、自分の美しさに、気づいていないに違いない。

 瞬は改めて、明日乃を守りたいと思った。


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■用語説明No.13:第四軍

日本国の時空間防衛軍。陸、海、空の三軍に続くため、≪第四軍≫と呼ばれる。時空間操作能力(TSCA)を持つクロノスたちが所属するため、軍事的には、史上最強の軍隊とされている。

クロノスの大部分を擁する第四軍の当面の敵は、同じくクロノスを持つ反政府組織「昴」である。

第四軍の司令官は、天川あまかわ時雄ときおであり、≪終末≫の回避を名目とする戦略≪アルマゲドン計画≫を提唱し、次第に強力な権限を持ち始めている。

時雄による独裁体制の確立後は、≪救世軍≫とも呼ばれた。

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