第8話 疾風のラベンダー



 コンバット部の一年次は、序列順で上位の一類から十二類まで分けられていたが、二年次からはクラス別となり、序列の枠が外されるらしい 。

 もっとも、原則として、序列一〇〇位以内で定められたサイ発動量の基準を超えない限り、入部が認められない。本人の安全のためだ。


 訓練場では、すでに部活動が始まっている様子だった。


 ――おいおい、最下位のお出ましかよ。

 ――入部資格は、序列一〇〇位までだぜ。

 ――お前なんかお呼びじゃねえんだよ。帰れや。


 L組でもうるさ型の三人組が、瞬をはやした 。


「瞬、気にすんなよ。あいつら、単なるアホやし」

 

「今、三年次が西ノ島合宿で出払っているから、出ているのは二Lだけ。筋トレも含めて、練習メニューが幾つか決まっているんだけど、今は新人戦に向けて、自主練の時間が多くとってあるわ」


 四月は例年、三年次生が西ノ島研修のため、学校を不在にしている。一年次生はまだ入部していないから、今は二年次生しかいなかった。


 クラス分け後のコンバット部では、序列順に役職に就く決まりだから、十六期の部長が不在の今、部活動の指揮は、十七期では鏡子が取ることになるそうだ。


 現在は、五月の連休に行われる二年次の≪TSコンバット新人戦≫に照準を合わせた実戦形式の訓練を行っている。顧問のボギーが指導に当たるはずだが、例によっていい加減な教官だから、姿はない。


「TSコンバットの予選は、いつも私たちが使っている訓練場で行われます。本選はもっと豪華なコロッセオを使うけどね。構造の違いは、天井がないのと、訓練スペースの代わりに観客席があるくらいかな。どちらも高いコンクリート壁で円形に囲まれているのが、特徴ね。直径は、四四メートル。広いでしょ?」


 鏡子が説明してくれるように、豪華な訓練場は、サッカーコートの半分ほどの直径があった。高さ三・五メートル、厚さ一メートルもあるコンクリート壁は、競技者によるサイ発動を想定したものだという。観客に誤ってサイが放たれたりすると、危ないためだ。

 

 直太が、中心に描かれた円の縁に立って、円を示した。


「試合は、このサークルで立ち会って、始めるんや」


 ≪太極≫と呼ばれる直径五メートルほどの円には、立ち位置が白線で示されていた。

 鏡子が細かな部活動の説明を始めた時、三人組が、瞬らを取り囲んだ。


「おいおい、宇多川。何のための説明だよ。まさか、その最下位の落ちこぼれを、入部させるつもりじゃねえだろうな」


 瞬が見ると、出っ歯の少年が口を尖らせている。


「オブリだっけか? 忘れついでに、自分が弱いことまで、忘れたんじゃねえの? 序列上げてから、おととい出直して来いや。ま、予科終了まで無理っぽいし、本科には行けねえだろうけどよ」


 やってきた小太りの少年が、二重顎を揺らしながら、笑った。そういえば、教室で瞬の右斜め後ろに座っている少年だ。


「太村君。失礼な言い草ね」


 鏡子の言葉に反応した、痩せぎすのひょろ長い少年が囃した。


「へへ、怒ってやがるせ。この二人、アツイんじゃねえの?」

「お前ら、ええ加減にせえよ」


 直太が両手を広げて、三人と鏡子の間に割って入った。


「おい、直太。級長だからって、資格のない奴を入部はさせられないよな?」


 瞬は、直太の肩に手をやりながら、前へ出た。


「君たちに入部資格があると言うのなら、僕が君たちを倒せば、入部できるわけだね?」


 三人組が腹を抱えて笑い出した。


「はん? コイツ、寝惚けたこと、ほざいとるのう」

「最下位に、俺らが負けるわけ、ないやろが」

「こう見えても、俺らは圏内だぜ。圏外、論外、別紙扱いとは、格が違うんだよ」


 直太の説明によると、佐田光次、太村純史、仲藤憲治という三人で、いずれも序列は九十位台らしい。名前を覚える気も湧かないが、いつもつるんでいる三人は、下の名前が「ジ」で終わるため、まとめて「サンジ」と呼ばれていた。ちなみに、序列一〇〇位以内を「圏内」と呼ぶそうだ。


「直太、ルールを教えてくれないかな?」

「おいおい、瞬。せやかて、お前、まだ何も――」


 せせら笑う三人組を見ながら、直太が瞬を止めようとした時、鏡子が前に出た。


「面白そうね。サンジだって、まだろくにサイを発動できないんだから、ルールは特に必要ないわ。得物は何でもいい。降参したほうが負けよ」


「でも、鏡子ちゃん。それって、別名、喧嘩って、言わへんか?」

「そうとも言うわね。でも、競技用APの殺傷能力は低いから、大けがはしないと思う。それにたぶん決着はすぐに付くと、思うから」


 AP(アタック・プロモーター)は、見た目は本物の刀だが、特殊なシリコン加工を施すなど、怪我をしないように作ってあるらしい。


「決まりだな。遠慮なく叩きのめして、世の中の厳しさをコイツに教えてやろうぜ」


 小太りの二重顎が、さも愉しそうな笑みを浮かべた。


「序列二位に言われりゃ、返す言葉もねえけどな。いくら何でも最下位には負けねえわ」


 出っ歯が腰に差していた鞘から、刀を抜いた。

 ひょろ長と小太りが、次々に抜いた。瞬にとってはまだ、顔と名前が一致しないが。

 

汎用はんよう型のAPだけど、朝香君は、この中から選んで」


 直太が持ってきた、意外に古風な竹籠から、瞬は何本かを手に取ってみた。

 時空間防壁を展開する相手には通常兵器が通用しないため、APを用いて防壁を破る。競技であるTSコンバットでは、APにシリコン加工が施され、通常兵器としての殺傷能力は弱められている。様々な種類があるが、最も多用されているのは刀剣型、中でも日本刀型だという。


 選ぶうちに、強い既視感が瞬を襲った。

 以前にも瞬は、同じようにして武器を選んだはずだ。軽すぎず、重すぎず、細身でやや長めの太刀を選んだ。


 鞘から抜いて、構えてみた。瞬は制服のままだ。

 青眼……だ。構えの名前を、瞬は知っている。


 なぜか、懐かしかった。忘却の日以前に、瞬は太刀を操っていたのではないか。柄を握り締める手に、自信がみなぎって来た。


「佐田から行くか? 仲藤か?」

「俺にやらせろよ」


 三人組が、一番手を競い合っていた。


 太極に立った瞬は、出っ歯に向かって、刀を構えた。眼を閉じて、精神を集中していく。勝てる、と確信した。

 眼を開くと、鏡子の視線を感じた。


「いいえ。三人とも、一度にかかればいいわ」

「ちょう待ちや、鏡子ちゃん。なんぼ何でも――」

 

 直太の言葉を、瞬がさえぎった。


「宇多川さんの言う通りで、構わないよ。早くケリをつけてしまおう」


 激怒した三人組は、三方から瞬を取り囲んだ。


 鏡子が「始め」の合図をするために太極に近づこうとした時、瞬の後ろの出っ歯が動いた。だが、反則は、想定内だ。


 瞬には、面白いように気配が読めた。振り返りざま、出っ歯の胴を打った。

 うめいて倒れる出っ歯の向こう、左横から、青い光を感じた。

 真上に跳躍する。足元をすくおうと、サイを放ったらしい、瞬の足の下を風が通り抜けた。


 背後に近づいてきた小太りの腹を、廻し蹴りする。

 着地するや、左、眼前に迫っていたひょろ長の刀を叩き落とし、そのままみぞおちを突いた。


 と、右横から立ち上がった出っ歯がサイを放ってくる。

 後ろに身を引いて避けながら、身体を開く。

 一回転して、出っ歯の足を裏から蹴り上げる。ひっくり返る出っ歯の両手と胴を、空中で連打した。うめきながら、床に落ちた。


 三人組で、立っている者は、もういない。


***

 宇多川鏡子は、胸が激しく騒めくのを感じた。

 朝香瞬は三人組を倒し終えると、構えていた汎用型刀剣タイプのAPをゆっくりと下ろした。

 瞬の周りでは、三人組が腹や胸を押さえてうずくまり、あるいは倒れていた。


 鏡子の隣で観戦していた直太が、思わずつぶやいた。


「あいつ……凄いやっちゃな……」

「強い……。予科生のサイとは言っても、兵学校レベルは遊びじゃない。そのサイを生身で軽々とけるなんて、抜群の反射神経ね……。もし朝香君がサイを使えたら、どれくらい強くなるのかしら……」


 鏡子が予想した通り、瞬は非常に高い通常戦闘能力を有していた。

 瞬は、三人組に手を差しのべて、起こしてやろうとしていたが、かえって反発を買っている様子だった。


「和仁君。鹿島君は、まだかしら?」


 序列一〇位の鹿島長介なら、瞬をいとも簡単にあしらえるだろうが。


「図書委員会があるんやと」

「仕方、ないわね」


 クロノスの軍人である父を持ち、特別の英才教育を受けてきた鏡子だから、分かった。

 「六河川」に数えられる宇多川家は、現在の体制下で、最有力家の一つである。他家と同様、子弟一人ひとりに、幼少から特別の個人教育が施されてきた。

 好むと好まざるとにかかわらず、鏡子も、幼少から当たり前のように、TSコンバットを通じてサイ発動の鍛錬をしてきた。


 本人は記憶を奪われているが、瞬はかなり幼少のころから、クロノス用に身体を鍛え上げてきたはずだ。

 瞬の動きは、美しいまでにサイ発動と連動していた。サイの発動量がなぜか極めて小さいために、生かされていないだけの話だ。この動きは、一朝一夕に身につく代物ではない。


 朝香瞬は、空間操作士になるための特別の養成を、それも、六河川の子弟に施されるレベルに匹敵する最高度の訓練をしてきたとしか、考えられなかった。

 記憶がないだけで、身体はしっかりと鍛えられ、かつ、憶えている。年齢的にサイの発動能力が未発達の予科生にあっては、通常戦闘能力が「強さ」の過半を占めるといっていい。


 鏡子は入学前の父の言葉を、心の中で反芻した。


 ――もし、兵学校で、鏡子の結婚したい人が現れたら、家の格とかしきたりなんて気にしないでいい。パパは鏡子の味方だから。パパもそうやって、ママと結婚したんだからね。ただし相手は、鏡子より強くなければだめだ。もしそんな男子がいたら、いろいろ障害はあるだろうが、今ある婚約の話は解消してもいい。パパは鏡子の幸せを願っているんだからね……


 宇多川家は、他の六河川と違い、積極的に外の血を入れてきた。それが今日の興隆を支える要因だと、軍の要職にある父は、考えているようだった。


 鏡子は立ち上がった。


「朝香君、剣道用の防具を付けてくれるかしら?」

「ちょう待ちや、鏡子ちゃん。なんぼ何でも……」

「あら、和仁君。私が負ける、とでも?」

「ちゃうわい。瞬が可哀想や、ゆうとんねん。わざわざ『疾風のラベンダー』が出んでも、ワシが、相手したるさかい」


 鏡子は小さく首を振った。


「和仁君でも、彼には勝てないかも知れない。今いる部員で、朝香君に確実に勝てるのは、私しか、いないから」


 鏡子は、瞬に向って、優雅に微笑みかけた。



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■用語説明No.8:六河川

現在の「体制」確立に功のあった軍人、資産家や技術者の家系。姓に「川(河)」の字が入るため、「六歌仙」をもじって、「六河川」と俗称される。子弟にはクロノスが多く、「体制」の要職を押さえている。

現在の体制のトップである天川家を筆頭に、現在は一強四弱、一無と呼ばれる。四弱は宇多川家、大河内家、糸魚川家、川神家であり、他に政争ですでに没落した川野辺家がある。

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