第14話 非日常でも続く日々
信じられない、信じられない、信じられない。
何度その言葉を脳内で繰り返しても、とても充分とは思えない理真である。
社の目の前で大泣きすると言う大失態を犯してしまった。
しかも可愛らしく、気をひくようにしくしくと泣いたのであればまだしも、まるで子供のように大口を空けて、空に向かって、うわーんときたものだ。
自分はいったい今年でいくつになったのか、自分自身に問いただしたくなる。
だが同じ状況にもう一度なったとしても、自分は同じように泣くだろうという妙な自信がある。
今の記憶を失うわけではなく、もう一度同じ事が目の前で展開されたら、自分はなぞった様に同じように泣くだろう。
それほど悲しかったのだ。
社とも距離をとり、斎女家のお嬢様らしく振舞うことに腐心していた自分が、何を取り繕う事もできず、ただ泣く事しかできないほどに。
社が本気で助けを求めている事がなぜかわかった瞬間、理真はまるで躊躇しなかった。
幼い頃に夏祭りで社のお小遣いで買ってもらったおもちゃの宝石を中心にはめ込んだネックレスに仕込んだ社の血を飲み、あれだけ怖がっていた「
そこにどんな危険なものがあるのか。
そんなことは一切構わなかった。
社が助けを求めているから駆けつける。
そのために子供のころから憧れ続けたマリアの力が自分に宿っている事がものすごく嬉しかった。
自分の知らないところで社が危険にさらされるくらいなら、自分の力も合わせて一緒に危険に相対した方がずっといい。
万が一自分の知らない間に社が大変な目にあって、後日それを知ったとき。
社が大変な目にあっているそのときに、自分がそれを知ることなくのほほんと過ごしていた事を知ったら、自分は多分狂うと思う。
そんなことになるくらいなら、その大変な目に一緒にあうほうがずっとマシだ。
しょうがないから宗一郎も混ぜてやってもいいわ。
子供のころからの腐れ縁だししょうがない。
そんなことを言えば、めったに怒らない社が本気で起こるだろうというのは、理真も宗一郎も理解している。
社に本気で怒られることは、実は理真にとっても宗一郎にとってもかなり怖いのだ。
最終的には社の言う通りに従う事になるのは、子供のころからずっと変わらない。
社には自覚なんか無いのだろうが。
だけど社に譲れないものがあるように、理真や宗一郎にとってもどうしても譲れないものはある。
それが二人にとっては、社という存在なのだ。
理由を聞かれてもよくわからない。
好きっていうのはそういうものだと思う。
いや違うか。
箇条書きなんてしたくないだけで、出逢ってから好きになるまでのすべての関係に好きになる理由が溢れているのだ。それが「好きになる人」というモノだろう。
男の宗一郎も、自分と似たような感じなのが理真は正直、ちょっと怖くはある。
だけど社は、宗一郎が居ないとどこか寂しそうだし、理真が初恋を拗らせて空回りしていた頃もずっと社の側にいたという簡単には覆せない、追いつけない実績が宗一郎にはある。
社から聞く、ヘクセンヴァール世界におけるマリアとジンの関係を鏡写しにしたようで悔しいが、己の招いた事なのでしょうがない。
とはいえ、もしも宗一郎が女の子だったら、不倶戴天の敵になる事には確信がある理真である。昨今は男同士でも
敵と言えば最近転校してきた、
まさかの現役トップアイドル「RIO」本人である。
社に矢印を向ける女の子としては正に
なんといっても綾乃が転校してきてくれたからこそ、停滞していた三人の時間が、綾乃を加えた四人で再び動き出したのだ。
どうしても感謝してしまう。
自分だけではどうしようもなく、あのままであれば宗一郎に呆れられながらも、再び社と今のようになれないまま、高校生活が過ぎていった可能性もある。
いやその可能性のほうがずっと高かっただろう。
綾乃というとびっきりの女の子が社の近くに現れて、くだらないプライドや照れなどで距離を取っている場合では無いと思い知らせてくれた。
自分が好きになる社なのだ、他の女の子が好きになっても不思議じゃないという、当たり前のことを思い出させてくれた。
それだけではなく、ずっと三人だけは大事にしてきた物語である「黒の王ブレドと仲間達」が、本当であると証明するきっかけをくれたのも綾乃だ。
その上、ヘクセンヴァール世界ではブレド様の側室であったにも関わらず、登美ヶ丘高校では幼馴染である理真を常に立ててくれている。
なんだか正面から嫌うとか、争うとか、奪い合いという感じではないのだ。
正直に言えば理真は、社を誰かと共有するなんて真っ平ごめんだと思っている。
だけど綾乃は、そんな理真を立てながらも側に入れるだけでいいというような空気を持っている。
そこになぜか負い目に似たものを感じてしまう理真である。
だけどどうやらヘクセンヴァール世界での褥の夢は、なぜか社とリンクするらしい。
それだけは悔しくて、羨ましくて地団駄を踏みそうになる。
とはいえ無いものねだりをしてもしょうがない。
自分もそういう経験をしたければ、己の身を使ってそれを望めばいいだけの話だ。
流石にまだ思い切れてはいないのではあるが。
小学舎四年生の時に、眠っている社に勝手に勝手にファーストキスを捧げ、社のファーストキスを奪ったからには他も譲る気は無い。
宗一郎に見られるという失態も、流石にステージがすすめば状況的にありえないだろうし、もう一度仲良く慣れた今の状況を大切にしながら、少しづつ進めればいいと思っていたのだ。
思っていたのだが。
そんな悠長な事を言っている場合ではなくなった、というのが現状だ。
三年生の先輩、霧島はるかさん。
社に半裸で迫り、それが原因で理真を大泣きさせた張本人だ。
例の一件の後、流石に社も本気で怒ったので、あれ以降そういう方面での無茶な迫り方はしていない――はずだ。
もしもう一度同じことをしたら、二度と側に来ないでください、とまでいわれていたので、まず大丈夫だろう。
口惜しいが、あの痴女のようなことを社にしていた先輩も、社の事が本気だというのは伝わってきてしまうのだ。
嘘でも偽りでもなく、理真と綾乃の次でもいいと思っていることがわかる。
理真とは全く違う価値観だが、それだけに本気というのは間違いないだろう。
まあだからこそ、社が真剣に禁じた事をすることは無いだろうとも思える。
理真から見ても綺麗な女の子が、半裸で社に迫っており、その社の顔が真っ赤になっているのを見たとき、理真の世界は真っ暗になった。
全く自覚することなくマリアの力を全開し、教室中の硝子を吹き飛ばしたらしいが覚えていない。
後始末が大変だったと宗一郎が笑っていたが、それについては完全に借り一だ。
何らかの形で返さねばならないと思っている。
おろおろと説明し、泣く自分を慰める社の声に耳を傾ける事ができたのは、そもそもその場に理真が駆けつけることになった理由、社が本気で助けを求めていたからだという事があったからだ。
そうでなければ、自分はたかがあんな事で絶望してしまっていたかもしれない。
それに思い至って、理真はぞっとした。
自分が万一社を失うことがあれば、自分は壊れてしまうだろうと言う事を思い知ったのだ。
恥ずかしいし、どうしていいかなんて知らない。
だけどはるか先輩や綾乃という
欲しいものは欲しいと言わなければ手になんか入らない。
そのために手段を選んでいる場合でもない。
どうしても欲しいのなら、自分のありったけをつぎ込んで、なんとしても手に入れるしかないのだ。
建前や綺麗ごとは、この際横においておけばいい。
まずは手に入れてから考える事にした。
もう二度と、「
今も自分の脳内をぐるぐるしている、信じられないという言葉を繰り返す事ももう飽きた。
女は度胸。
行動あるのみ。
なぜかこの手のことには協力的な宗一郎にも合わせてもらい、今日この部室代わりのマンションにいるのは自分だけだ。
そんなことを知らずに、今社はロックを解除されるのを待っている姿を、セキュリティカメラに映している。
『おーい、空けてくれー。今いるの理真だけ?』
「そ、そうよ。すぐ空けるね」
コントロールパネルに触れれば、ドアロックは瞬時に解除される。
すぐにいつものように社は入って来る。
覚悟を決めたといっても、いきなり獣のように襲い掛かるつもりは流石に無い。
今日はもうこれ以上誰も来ないこのマンションで、社がいつも家に帰るまでの時間はまだ数時間ある。
しかも今日は金曜日で、明日は休みだ。
それだけの覚悟もしてきた。
見られても恥ずかしくない下着も身に付けている。
今日は勝負なのである。
「おつかれー。宗一郎が遅いの珍しいね」
「そ、そうね。まあすぐ来るんじゃないかな?」
心にも無いことをいいながら、社の好きな飲物を甲斐甲斐しく用意する理真である。
「今日どうする? とりあえず宗一郎たちが来るまで待っとく?」
「えっと、社がよければ大型の召喚獣の呼び出し訓練しておきたいかな? この前みたいに暴走させかけるの、正直に言うと怖いから」
「ああ、そりゃそうか……じゃ、じゃあやる?」
社が俄かに赤面するのはいつも通りだ。
大規模な魔法を使おうと思えば、社の体液を多く摂取する必要があるのはすでにこれまでの実証実験で判明している事実である。
最近は慣れたとはいえ、社の左手(なぜか左手は理真の、右手は宗一郎の、という暗黙の了解が出来上がってしまっている)を丹念に舐めるという作業は、互いに照れるには充分だ。
「うん……でも二人きりだとちょっと恥ずかしいから、暗くして目を閉じてもらってていい?」
「い、いいけど、宗一郎達来たらびっくりしないかな?」
「そのときは電気つけて説明すればいいわ」
「まあ、それもそうか」
基本的に社は理真の言う事は何でも素直に聞く。
それが理真も嬉しいのだが、これでも決行を躊躇う理由はなくなった。
馬鹿正直に、社はそっこうで目を閉じ、左腕の袖をまくっていつものようにリビングのソファに座っている。
我知らず、生唾を飲み込む理真である。
夕暮れ。
カーテンを引いているので、電気を消せばほぼ暗闇となる。
目を閉じている社は、そのことに気付かないだろう。
こういうときの社は、理真が言うまで今の行動を維持する。
勝手に目をあけることは無いと言っていいだろう。
カーテンが引かれ、暗闇に覆われた部屋で、理真は意を決して登美ヶ丘高校の制服をそっと脱ぎ始める。
――これじゃはるか先輩を痴女だなんていえないわね。
そう自嘲しつつ、衣擦れの音などで社が不審に思わないように、慎重に下着姿になる。
多分今電気をつけられれば、自分は飛び上がってしまうだろうと思う。
顔も間違いなく真っ赤だし、心臓が苦しいくらいに動悸をはやめている。
「理真? どしたの?」
「ちょ、ちょっと待って」
思いのほか至近距離から聴こえた理真の声に社はびっくりしたようだが、目をあけることもなく素直に待ってくれている。
覚悟を決めて、理真は社の体に倒れこんだ。
声にならない声をあげて社が驚いているが、倒れこんだ身体を支えてくれる。
社の手が触れた素肌の部分が、自分でもびっくりするくらい熱くなる。
流石の社も、自分の手が触れた部分が素肌である事には気づいただろう。
そうなれば目を閉じたままではいまい。
目をあけて見られることは構わない。
だけどここで社に慌てられてしまえば、振り出しに戻る事にもなりかねない。
もう一度これをしろと言われてもとてもじゃなけど無理な理真は、この一回で押し切っていうことを決意する。
小学舎四年生以来、5年の月日を置いて、再び理真と社の唇が触れ合う。
五年前はそこでお仕舞いであったが、今回はぎこちなくも、社の唇を割って、理真の舌が社の口内に侵入を果たす。
流石にびっくりして目をあけた社と理真が、至近距離で見つめあう。
舌の自由が利かない状況で、無理やり言葉を紡ぐ。
「唾液なら……もっと効果が高いでしょう?」
目を見開いた社が抵抗しようとするが、覆いかぶさるようにしてその動きを封じる。
「私が、こうして欲しいの。だから……いいの」
驚いた社の目と、どっちのものだかわからない激しい動悸が苦しいが、社の舌も自分の口内に入ってくるのを確認して、理真は嬉しくて泣きそうになった。
「でもこのやり方を、他の女の子にはしたらだめだからね。私だけなんだからね」
そういう理真の頭を社はかき抱き、押し倒されているようになってる身体を入れ替える。
真っ暗であっても、至近距離であればある程度互いが見える。
その状態で長い事重なっていた二人が、ゆっくりと一つになる。
非日常が日常になってしまっても日々は続く。
そうであれば。
出来るだけ二人一緒で、近くにいる人も一緒で、仲良く常にありたいと思う。
この後どうなっていくかなんて、理真にも社にもわからない。
だから今、自分を偽るようなことをせずに居たいと思う。
もしも後悔するとしても、それを二人でできるのであれば後悔すらもも素敵だと信じることができる。
非日常でも続く日々。
それが愉しい日々となるように、ただ祈っている場合じゃない。
本当にそれを望むのであれば、己の力でそうなるように努力するのみだ。
その為にすることのすべてを、躊躇ったりはしないのだ。
社のヘタレさが、理真の想定以上であったことは特に秘す。
記憶明晰 ~異世界を統べた魔王の夢を見る普通の高校生~ Sin Guilty @SinGuilty
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